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長くなった会議の後は、クイズナー隊長による講義の時間でした。
が、内容は脱線しっぱなしでしたね。
「成る程ねぇ。市井のハンターにハザインバースの生態に詳しい人間がいないかね。確かにそれは良い視点だね。」
「ハンターって、組合とかに属してたりとか、管理する人がいたりとかするんですか?」
「あー、魔物狩りだけを専門職にしてるハンターって実はあんまりいないんだよね。ほら、魔物相手じゃ危険が大き過ぎて割に合わないでしょう? だから、街と街を行き来する行商人なんかの護衛をする傍ら、襲ってきた魔物を狩って素材を持ち帰ったりして、それで収入を上乗せしてたりするんだよ。」
成る程というお話しですね。
あっちの世界でゲームや物語で当たり前のように出て来た冒険者やハンターって、その環境が整ってて需要と供給が見合ってこその職業なんですね。
組合とかギルドとかを設立する資金と運営する手腕がなければそういったものも作られなくて、そうすると職業として成り立たないってことでしょう。
「そうなんですね。ってことは、魔物の巣に踏み込んで退治してきたり、生態に詳しくなったりなんて、偶然が起こらない限りあり得ないってことですよね?」
「まあねぇ。それでも確率は低くてももしかしたらがあるかもしれないからね。探してみるのは悪いことじゃないと思うよ?」
そう優しげに返してくれたクイズナー隊長ですが、現実は厳しいでしょうね。
とそこで、ふと降りて来ましたよ?
「あ、ねぇ、クイズナー隊長。そもそもヒヨコちゃんの卵って、ハザインバースの巣から誰かが盗ってきたんですよね?」
「んー? あー、そうだねぇ。何処から流れて来たのかは分からないけど、誰かがあのハザインバースの巣から持って来たのは間違いないね。第三騎士団に聞いてみる? 商品の入荷先についても出来る限りで調査してる筈だからね。」
急に光明が見えて来た気がしますよ?
「ああ、そう言えばね。この間ふと記憶に引っ掛かった気がして調べてたんだけどね。この国からは随分遠い国になるんだけど、飛行型の鳥魔獣を騎獣として調教している国があるそうだよ。」
竜とかグリフォン的なものじゃなくて、でしょうか?
「いっそ、それを見習って騎獣にしてしまうのは?」
簡単に言ってくれるクイズナー隊長にジト目を向けてあげます。
「あのですね。何度も言ってるんですけど、ヒヨコちゃんのお父さんと意思の疎通出来ませんからね。背中に乗ったが最後、巣まで連れ去られるだけですから。」
「ははは、そうだったねぇ。」
時々天然の入ったクイズナー隊長にキレそうになる人、他にもいるんじゃないでしょうか。
「さて、それじゃそろそろ今日の講義に入ろうか。レイカくん、魔物と魔獣の境界線って何か知ってる?」
これは、コルちゃんを魔法使いの塔から連れ帰った時に軽く教えて貰いましたね。
「戦うことになったとして、人の手に負えるか負えないかじゃなかったですか?」
「うん、まあ。物凄く簡単に言うとそういう事だよね?」
満点ではない答えだったようですね。
「では、具体的に言うと。一個小隊30人で掛かって、簡単に駆除もしくは追い払うことが出来るのが魔物。出来ないのが魔獣。もう少し細かい事を言うと、相手の数だったり人間に対する敵対姿勢だったりも加味される。そういった色々を踏まえた上で、国ごとに分類をしているんだよ。」
これには、ちょっと首を傾げてしまいました。
「陸続きの隣の国では、同じ魔物が魔獣認定されてる可能性もあるってことですか?」
「そうそう。その国家の運営上どうしても邪魔な魔物とかもいるからね。」
成る程、魔物の分類一つとっても奥が深いってことですね。
「ああそれから。国内でも地方領地なんかでは、魔物の繁殖地になっていて被害が大きいから魔獣認定されてる魔物もいたりするね。」
「そっか、貴族の領地にも領地軍がいて魔物討伐をしてたりするんですか?」
「うん。余裕のある領地は自軍を持っててある程度の魔物までは自力で対処してるね。でも、その余力がなかったり、魔獣が出た場合は、国に援助要請が来る。そうしたら、私達の出動だ。」
これを話す為の今日の講義なんでしょう。
「前に団長に聞いたんですけど、魔獣討伐は第二騎士団だけで行う訳じゃないって。」
「そうそう。第二騎士団は、魔法支援が主体だからね。魔法が必要だとか有効な魔獣に対しては、積極的にぶつかって行く事になるかな。討伐の主体は国軍の第四から第六騎士団が担うんだけど、彼等の中にも魔法を使える者は勿論いる訳だ。だが、我々と違って魔法をより効率よく使って連携するような取り組みはしていないからね。純粋に個人の力量が全てになってしまう。でも、魔法を使える者、使えない者も含めて連携を取れる第二騎士団は、戦場でも大いに力を発揮できるという訳だね。」
あれ? シルヴェイン王子が言っていたよりも、やっぱり危険なお仕事なんじゃないでしょうか?
いや、第四から第六騎士団の方々の方がリスクは高そうですけどね。
「そこで、レイカくんの役割は。はいここ、今日の講義で一番大事なところですよ? 後方で現場を見渡しながら指揮を取る団長の側で、怪我人の治療補助と出来そうな魔法支援があれば行うこと。間違っても、前線に飛び出して来ちゃダメだからね。」
にこりと言い切ったクイズナー隊長、余程シルヴェイン王子に念を押して教育するように言われてたんでしょうね。
まあ、怖くていきなり前線とか出れそうにないですけど。
「はい。大人しくしておきます。」
「あー、レイカくんのその台詞、ちょっと縁起が良くないから、別の言葉用意しようね。」
そんなことまで言ってくれるクイズナー隊長には、何というかムカッと来ますね。
「クイズナー隊長、私のこと揶揄うの好きですよね?」
「うーん。好きというよりね。人の本質って、感情が昂った時ほど見えて来たりするんだよね。」
悪気なく漏らされた言葉にかなりムカツキます。
「人間性最低ですね。」
「うん、これも仕事の内だからね。団長の側に下手な人間近付けられないでしょ?」
言われて思わず顔を顰めてしまいます。
「クイズナー隊長って、前からちょっと思ってたんですけど、シルヴェイン王子の個人的な部下みたいなものですか?」
妙にシルヴェイン王子と行動を共にしていたり、事情を知っていたり、他の隊長よりもシルヴェイン王子に近いような気がすることがあるんですよね。
と、クイズナー隊長がふっと微笑みましたよ。
「正解。君が第二騎士団で本当に困った時に相談するなら、僕にしてくれるかな?」
これを言う為の失礼発言だったんですね。
王子様の側近なんて、本当に一癖も二癖もある人ばっかりなんでしょうね。
思わず溜息が出そうになりました。
「シルヴェイン王子に今度迫られたら、直属の部下の教育がなってない人は嫌だって言ってみようかな。」
つい返してしまった言葉に、クイズナー隊長はにこにこと無害そうに笑みを返してくれました。
つまり、それが何か?ってくらいシルヴェイン王子との間に信頼関係があるって事でしょう。
腹が立つのにぶつけ先がなくてむすっとしていると、クイズナー隊長が眉を下げて宥めるように頭に手を乗せて来ようとしましたが、反射のように身体が動いてそれを避けてしまいました。
空振ったクイズナー隊長が目を瞬かせているのを横目に、視線を窓の外に向けます。
久しぶりに嫌な事を思い出してしまいました。
向こうで恋人だった同い年の彼は、何かあるとよく宥めるように頭を撫でてくる人でした。
「えーと、じゃあ今日の講義はここまでにしようかな? レイカくん、機嫌直してね。」
不誠実そうな言葉と共に立ち上がったクイズナー隊長に、溜息混じりにこちらも立ち上がります。
「ありがとうございました。」
いけすかない先輩にも、必要な挨拶は欠かしてはいけません。
社会人としての常識発動しなきゃですね。
でも、眉を下げて苦笑いのクイズナー隊長をおいて、先に部屋を出てしまいました。




