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「私の宮で昼食を食べながら少し話そう。」
財務の応接室を出たところでそう誘われて、2人と1匹で良い感じの庭園を横切りながらシルヴェイン王子の宮に向かう事になりました。
「そうか、サークマイトの餌も必要だな。」
そうトコトコついて来るコルちゃんを振り返りながら言うシルヴェイン王子は、やはり気がつく人なんでしょう。
「そうですね。部屋に戻れば届いてるんですけど。」
魔法使いの塔から何処かの厨房に依頼が行っているようで、コルちゃんの餌は毎食きちんと部屋に届けられています。
神殿からも魔法使い達からも神獣もしくは聖獣と認定されているコルちゃんは、何処へ行くにも付いて来るのですが、レイカとして出入りが許されている凡ゆる場所にコルちゃんも出入りが許されています。
「分かった。誰か人をやって取りに行かせよう。」
と、そんな当たり障りのない会話や、昨日の事件の進捗などを教えてもらったりと、業務連絡に毛が生えたような会話が続くのは正直楽で有り難く。
この後の折り入った話しを意識せずに宮まで到着出来ました。
いつかも出迎えてくれた侍従さんに少し興味深げな笑みと共に迎え入れられ、急遽人数の増えた昼食の準備にも嫌な顔一つされず。
王子の宮だけあって使用人さん達の教育も行き届いているようです。
まずは応接室に通されて、シルヴェイン王子が席を外している間にお茶が運ばれて来ました。
「ランバスティス伯爵令嬢、失礼ですがそちらの聖獣様には何か差し上げた方が宜しいでしょうか?」
足元で大人しく座っているコルちゃんを優しげな目で見ながら侍従さんがきいてくれます。
「では、お水だけ頂けますか?」
聖獣と言われるようになってからもヒヨコちゃんが一緒だったこともありますが、餌以外の食べ物をあげたことはありません。
そもそも魔物や魔獣は、食べ物よりも魔力を力の源にしている傾向が高く、摂食も身体の維持と手っ取り早く対象の魔力ごと取り込む為の手段として行っているものが多いのだそうです。
つまり、魔力さえ摂取していれば摂食は必要ないのではないかという学説もあるみたいですね。
コルちゃんの場合、この身体から溢れ出ている余剰魔力が食事代わりなので、三食以外に何かを欲しがったこともありません。
が、動物好きなのではないかと思う侍従さんの優しい目に、ついお水を頼んでしまいました。
「畏まりました。どうぞごゆっくりお過ごし下さい。」
にこにこ笑顔の侍従さんを見送っていると、シルヴェイン王子が事務官っぽい人を1人伴って戻って来ました。
「レイカ済まないな、私の秘書官がどうしても紹介して欲しいというから連れて来た。これから何かあって関わる事になるかもしれないから、紹介しておいても構わないだろうか?」
丁寧に許可を取って来たシルヴェイン王子に苦笑い気味に頷き返しました。
立ち上がってそちらを向くと、シルヴェイン王子と年齢の近そうな男性がこちらに笑顔を向けてくれました。
「ランバスティス伯爵令嬢、シルヴェイン王子殿下の秘書官を務めておりますランフォード・クラインです。殿下からは常々お話しを伺っておりました。お会い出来て光栄です。どうぞ宜しくお願い致します。」
丁寧過ぎるご挨拶に、ちょっと緊張してしまいますね。
「シルヴェイン王子殿下には第二騎士団でお世話になっています。レイカルディナ・セリダインです。」
それ以上の自己紹介はシルヴェイン王子から色々聞いていそうなので必要ないでしょう。
「いや、お噂以上のお美しさで。」
という見栄すいたお世辞には顔が引きつりそうになるので、にっこり笑顔で遮っておきますよ。
「あー、レイナードさんそのままでしょう? ランバスティス伯爵家の血ですねこれは。よくまあ揃ってみんな美人さんな家系ですよねぇ。」
と返した結果、笑顔のままで言葉を詰まらせましたね、秘書官殿。
そして、シルヴェイン王子が吐き出す溜息。
「だから言っただろう? その辺のご令嬢のつもりでいくと撃沈させられると。」
「・・・いや本当。侮れませんね、流石は殿下。これは手強いですね。」
何故か冷や汗滲む苦めな顔になっている秘書官ランフォードさんに、こちらも苦めの笑みを返しておきました。
「ランフォード、という訳で気が済んだだろう? お前はもう下がれ。」
「はーい。今日のところは大人しく失礼させて頂きます。ランバスティス伯爵令嬢、また是非お会いしましょう。」
そんな言葉を残してランフォードさんは応接室を出て行きました。
それと入れ替わるように侍従さんがコルちゃん用のお水を持ってきてくれて、シルヴェイン王子にもお茶出ししてくれます。
コルちゃんは側に置かれた水入りの深皿にチラッと目を向けつつこちらを窺う体勢に入ったので、その皿を一度手に取って目の前に置き直してあげます。
すると、コルちゃんも少しずつ水を飲み始めました。
「結局、ハザインバースの雛も聖獣になったサークマイトもレイカにしか懐かなかったな。」
そんな言葉が向かいから聞こえて目を上げると、シルヴェイン王子と目が合いました。
「そうですね。レイナード譲りの魔力の所為なのか、異世界転移者特典なのか。有難いのか迷惑なのかも分かりませんけど。」
そんな曖昧な返事をしてしまうと、シルヴェイン王子にはふっと微かに笑われました。
「前向きだな、君は。」
こう空気が緩んだところで、イケメンがこういう台詞を言うのは反則だと思います。
しかも、普段ドS俺様王子様が、気の緩んだ笑みを少しだけ浮かべながらとか、目の毒以外の何ものでもありませんね。
是非、他所のお嬢さんの前でやってあげて下さい。
「色々無かった事にして前向いとかなきゃいけない時もあるじゃないですか。出来た大人演じるなら必須事項ですよ。」
絆される訳にもいかないので、皮肉げにそう返しておくと、シルヴェイン王子の笑みが苦くなりました。
「色々無かった事にして、か。その中に、私が本気だと伝えた言葉も入っているんだろうな。道理で何度言っても伝わらない筈だ。」
ボソリと溢された言葉に、少しだけギクリとしてしまいますが、そんなはずはないと首を振ります。
「まあ良い。それが、この見知らぬ場所へ放り込まれた君の自己防衛ならば仕方がない。信じられるようになるまで、待つことにしよう。ただ、無かった事に出来なくなるまで、手を緩めるつもりはないから、覚悟しなさい。」
何か不穏な宣言をされたような気がしますが、意味が分からないので目を逸らしておく事にしようと思います。
そのまま気を取り直したように優雅にお茶を飲むシルヴェイン王子に、こちらも負けじとお茶のカップを手に取ります。
王子の宮のお茶だけあって、香り豊かで喉を通った後に残る後味もスッキリとした良いお茶ですね。
「気に入ったか?」
不意にそう訊かれて目を上げると、少し目を細めて優しい顔になっているシルヴェイン王子がいて、心臓に悪いです。
「ええと、王子様の宮のお茶は流石の高品質ですね。」
言及を避けてそう返すと、にやりと笑われました。
「そうか、気に入ったなら常備しておくように伝えておこう。またいつでも飲みに来ると良い。」
「・・・いえ、王子様の宮に気軽にお邪魔とか出来ませんから。恐れ多い。」
これにもふっと失笑のように笑われます。
「恐れ多い? 言葉の意味は分かってるか? 君には似つかわしくない言葉だな。」
いや、これは幾ら何でも失礼でしょう。
「ちょっと、失礼ですよ? 私だって一応空気読んで使い分けてますよ?」
ブスッとして返すと、何故か嬉しそうに微笑み返されました。
「冗談はともかく、明日からは私直下の所属になる。夕方その日の業務報告を兼ねて、毎日こちらに顔を出すように。そして、ついでに晩餐を食べて行くように。」
「はい??」
目の前の満足気な笑みのシルヴェイン王子を思い切り睨み返してやります。
「業務報告はともかく! 夕食は食堂で結構です。」
「ふむ。夕食を共にしながら聞けば良い業務報告の時間を、君は別に取れというのかな?」
この王子!
「それじゃ、殿下のお食事中に報告に伺います。私はこちらでは食べません!」
精一杯の苦し紛れの抵抗は、シルヴェイン王子のわざとらしい溜息に遮られます。
「この宮の料理人の腕も悪くないと思うのだが、気に入らないのならば、変えるしかないな。いずれは私達2人の食事を毎日担って貰わなければならないのだから、今の内に好みを把握させておけば良いと思ったのだが?」
何故ここでこの宮の料理人の進退問題に発展しているんでしょうか。
その上何でしょう、いつもさり気なく色んな場面で挟まれる、いずれは私達2人云々の台詞って、最早暴言ですよね。
知ってましたけど! この人が俺様パワハラキャラだってこと!
「殿下、私本気で裸足で逃げ出しますよ? その辺で冗談は自粛して下さい。じゃないと、本気で国外逃亡ルートの検索始めますからね!」
命からがら逃げに入ったこちらに、シルヴェイン王子の愉快そうな笑いが聞こえて来ました。
「分かった分かった。まだ、流石に早いな。もう少し心の準備をする時間をあげよう。ただ、夕方の業務報告は絶対にするように。騎士団の方に顔を出せる時や魔法訓練が私担当の時は騎士団の方で構わないが、宮にいる日は君がこちらに報告に来るように。」
結果的には折れてくれたシルヴェイン王子ですが、ただ単に猶予期間が出来ただけということのようですね。




