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「ピヨピ、ピヨピヨピ。」
耳元で聞こえたヒヨコちゃんの鳴き声に飛び起きました。
そして確認する窓の外。
日が高々と上がってますね。
思いっ切り寝坊です。
勤務開始が明日からで本当に良かったです。
そして、ヒヨコちゃんが起こして来たという事は、朝の餌やりの時間が迫っているんでしょうか?
今朝は指人形起こしてくれなかったんですね。
というか、もしかして起こされたのに気付かなかったとか?
恐々周りを窺いますが、指人形の姿はベッドの側には見えませんね。
早くに起き出して何処かへ行っているのかもしれません。
とにかく急いで身支度を整えようとベッドを降りると、今日の当番メイドのカドラさんがお茶の用意をしてくれていました。
「おはようございます、レイカお嬢様。昨晩は遅くまで大変だったのだとコルステア坊ちゃまから伺いました。」
コルステアくん、仕事の前に寄ってカドラさんに伝えてくれたんでしょうか?
自分も夜遅かったのに、何だかんだ良い子ですよね。
「うん。寝坊しちゃって、ごめんなさいね。」
「いいえ。沢山魔法を使って王族の方の危機を救われたとか。流石レイカお嬢様ですわ。今日もヒヨコちゃん様の餌やりさえなければ幾らでもお休み頂いて構わなかったのですけれど。」
そんな事を言い出すカドラさんにはちょっと焦ってしまいます。
「あ、あの。コルステアくんから聞いたの? 王族の何とかとか魔法沢山とか、あんまり他の人には話さない方が良いから、ね?」
どういう話しに落ち着くか分からないのに、コルステアくん喋り過ぎじゃないでしょうか?
「勿論です。レイカお嬢様を始め、ランバスティス伯爵家の事を外で不用意に話したりは致しませんから、お任せ下さい。」
笑顔で言い切ってくれたカドラさん、職業人の意地的なものを感じますね。
良いメイドさんです。
「さあ。ヒヨコちゃん様の餌の前に、お茶だけでも召し上がって行って下さいませ。今朝のコルちゃん様の朝食もいつもお嬢様がなさっているようにご用意してみました。私の用意で召し上がって下さいますでしょうか?」
さっきから気になっていた、ちゃん様、は聞き流すことにして、凄く有難いお話しです。
「ありがとう! 助かるわ!」
大人しく側をついて来るコルちゃんに目を向けてみると、カドラさんの用意した餌にチラチラっと目を向けているようですが、食べに行こうとはしません。
そこで、一緒に餌のトレイのほうまで行って、トレイを持ち上げてコルちゃんの前に改めて置いてあげると、ふわりと尻尾を振って食べ始めました。
その姿にはやっぱり癒されますね。
それを見届けてから、こちらもお茶を頂くことにします。
その贅沢な時間を楽しんでから部屋を出ると、丁度よくお母さんが来た事を告げる騎士さんの声が聞こえて来ました。
いつもの朝の餌やりの時間といそいそと向かった兵舎前広場でしたが、何故かいつもと空気が違います。
集まっていた騎士さんがたが少しだけピリピリしているような感じがします。
その上、広場の方に片足だけでも出ている人が居ません。
あれ? と思いながら近付いて行くと、今日の朝一当番隊長のクイズナー隊長が珍しく真面目な顔付きで手招きしました。
「ハザインバースの親鶏が、今朝はやけにピリピリしてて、玄関から広場に顔を出すだけで威嚇される。気を付けなさい。もしかしたら巣立ちの日なのかもしれない。」
言われて目を見開いてしまいます。
近々来るかもとは言われていましたが、今日がヒヨコちゃんの巣立ちなのでしょうか?
何というか、やっぱりショックかもしれません。
少しだけ気落ち気味に出た広場では、お母さんが確かに少しピリピリした空気を放っています。
広場に一歩踏み出したところでこちらを威嚇し掛けたお母さんですが、気付いて直ぐに広げた翼を畳みました。
ゆっくりと歩み寄って行くと、お母さんが真っ直ぐこちらに目を向けて来ます。
「ピュルルルル。」
明らかにヒヨコちゃんではなくこちらに話し掛けている雰囲気なのですが、これまでのお礼とかでしょうか。
だとしたら、にこりと微笑んでおく事にしますよ?
始めは問答無用で押し付けられたヒヨコちゃんの託児に、勘弁して欲しいと思ったものでしたが、思いの外懐っこいヒヨコちゃんと過ごした数ヶ月、あっという間でしたね。
威嚇し合ってたコルちゃんとも兄弟のように仲良くくっ付いて眠る2匹が可愛くて。
・・・ヤバいです。
ぷっくりと溢れて来た涙で視界が霞みそうになっています。
キュウッと切ない声を小さく上げるコルちゃんも、お別れを予感しているんでしょうか。
こちらを見上げる可愛いお顔が切なげです。
と、お母さんが頭を寄せて来て、これが最後のお母さんの頭すりすりでしょうか?
何となく両手を広げて受け入れの体勢に入ったところで、何故か頭の羽は顔の横を素通りして、クイッと背中が引っ張られたと思った途端に天地消失の危機に逢って、気付いたらふわっと羽毛に包まれて飛び立つお母さんの背中の上に居ました。
「え? ちょ、ま?」
呟く声を残して、突然掛かったGに押し潰されそうになりつつ、ふっと身動き出来るようになった途端に、王城が眼下に豆粒という事態に陥っていました。
お母さんとの意思疎通? 測れる訳がなかったですよね?
ええ、始めからそうでしたし。
託児係誘拐事件ですか?
てゆうか、何故連れてかれる?
もう、訳が分かりません。
横を見れば必死な様子で羽ばたくヒヨコちゃんが、こちらと目が合ってピヨっと元気よく鳴きます。
ピュルルっとご機嫌に鳴き返してるお母さん、貴女誘拐犯ですからね?
「ちょっとお母さん? ヒヨコちゃんの巣立ちが嬉しいのは分かります。頑張って育てたもんね? でも、だからって急募託児係を誘拐するのはないよね? つい出来心にしても、早く返しなさいね? 分かった? 今すぐにだよ?」
ピュルルっとまたご機嫌な鳴き声が聞こえて来ます。
「いや、この感じ。絶対分かってないよね?」
また羽ばたきが始まったところで、危機感が増します。
「ホントに待って!! てゆうか、降ろしたらんかい!」
ついザツな口調で突っ込んでしまいました。
冗談はともかく、現状を何とかしましょうか。
ここはやっぱり物理的に叩きのめすべきでしょう!
鍛えてなくても元は非力でも、瞬間的な身体強化なら、身体にもあんまり負担が掛からない筈。
という訳で、振りかぶった拳をお母さんの頭に一撃。
接触のその瞬間を狙って身体強化!
した結果、重力に引かれて落ちて行く身体と、口から漏れるギャーおーちーる〜というセリフ、が息が詰まって途中で口から出なくなりました。
走馬灯が、浮かんでる場合じゃありません!
地面に向かって手を伸ばして、無重力化の魔法を掛けます。
いや潰される!!と思って目を瞑った瞬間、ふわりと身体が浮きました。
窒息やら圧死せずに済んだのは、思ったより上空に上がり切っていなかったからでしょうか?
ドクドクと脈打つ心臓と早くなっている呼吸を荒い息で整えて、お母さんの背中から転がり落ちました。
「レイカちゃん!!」
騎士さん達の叫び声が聞こえて、広場に出て来ています。
お母さんは意識を失っているようなので、そのままにして、這うように玄関の方に向かって行くと、コルちゃんが心配そうに寄って来ました。
「キュウキュウ。」
スリスリしてくるコルちゃんをギュッと抱き締めて、もふもふ毛皮に癒しを求めてしまいますね。
とその内に、ヒヨコちゃんも降りて来て、こちらに寄って来ます。
「あれ? レイカ様、もう夫婦喧嘩ですか? 仲良く飛び立ったばかりかと思ってたら。」
と、この指人形の言葉に、ギギッと音がする勢いでその声のする方を向きます。
「な、に? 夫婦喧嘩? 誰と誰が?」
「え? ハザインバースの雄鶏から求婚されて、応えてたじゃないですか?」
当たり前のように言う指人形に、顔が引きつります。
「いつ? 何処で?」
「え? この間、ハザインバースの求婚行動の頭を相手の顔に擦り寄せる行動に、いつもはされるだけでしたけど、この間レイカ様からも擦り寄せ返していたじゃないですか。ですから僕は、レイカ様何だかんだとこのハザインバースを夫にされる事にしたのだと思っていましたけど? まあ、僕は愛人枠でも問題ないですし。何ならハザインバースからなら、いつでも奪い取れるって分かってますから。」
この指人形、やっぱり一度地殻辺りまで沈めておいた方が良くないでしょうか?
「ふざけんな! 私は卵でも産めば良い訳??」
余りの理不尽さにヤケクソ気味に叫んだところで、ハザインバースのお母さん改め(実はお父さんだった)が、フラフラしながらこちらに歩いて来ます。
頭を低くして、こちらをチラチラ窺う様子は、百万歩譲って可愛くなくはないです。
が、魔獣の離婚事情ってどうなってるんでしょうか?
「とにかく! ヒヨコちゃん連れて一先ずウチに帰んなさい! 離婚調停は後日です!」
ビシッと指差して言い渡すと、しゅんと更に項垂れたお父さんがヒヨコちゃんを促して、2羽は飛び立って行きました。
「レイカくん! 大丈夫かい?」
クイズナー隊長のこれまた真面目な問い掛けが来ますが、それに涙目で必死の訴えをしてしまいました。
「クイズナー隊長! 魔獣に、ハザインバースに一番詳しい研究者紹介して下さい!」
泣きに入るこちらに、クイズナー隊長は目を瞬かせて首を傾げました。




