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「国王陛下にご挨拶申し上げます。」
「よい。直ぐに呪詛の気配の有無を調べるように。」
フォーラスさんの挨拶を遮って、国王が命じています。
それに頭を下げたフォーラスさんが、首から小振りな水晶の結晶が取り付けられた首飾りを引っ張り出しました。
透明な六角柱が中央に一本、小さな結晶がそれを囲むように配された小さな山形の首飾りでした。
その水晶を握りしめて、フォーラスさんは低く呟くように呪文を唱え始めます。
耳覚えがないと思った呪文は直ぐに翻訳され始めて、その中身には目を瞬かせる事になりました。
『唱和せよ。人々の祈りを意思として受け取り給え。重ね重なる数多の想いを是として、奇跡の力を齎し給え。』
そこで一息吐いてから。
『世界の理を乱す邪法をこの目に示せ!』
長い呪文の中で本当に必要な部分は、一息吐いた後の最後のフレーズだけのような気がします。
ですが、初めに発動したフォーラスさんの聖なる魔法は弱々しい輝きでしたが、水晶の中からそれに追従するように力が寄り集まっていって、ダンスフロアからファーバー公と偉そうな騎士へと駆け抜けて行きました。
フォーラスさんは祈るように伏せていた顔を上げて、ファーバー公と騎士に目を凝らすような仕草をしています。
それに、当然顔色を悪くしてたじろぐ二人ですが、ファーバー公はこちらに睨むような視線をチラリと投げて来て、その余裕ぶりに感心してしまいます。
「失礼致します。ファーバー公とリンド騎士団長。その指輪を拝見出来ますでしょうか?」
真剣な表情と少々キツめな口調で言ったフォーラスさんに、二人が顔色を悪くしながらキッと睨み返します。
「お二人は血縁関係でもあるんですか? お揃いの指輪ですよね?」
そっと隣のシルヴェイン王子に問い掛けると、頷き返されました。
「ファーバー公のお母上殿とリンド騎士団長のお母上殿が姉妹だ。つまり従兄弟同士という事になるな。」
だからどうという訳ではありませんが、これ以上は聞いて楽しい話しにはなりそうもありません。
それよりもエセ賢者捜索が先ですね。
「あの、呪詛の気配が察知できたようなら、裏にいる呪術師捜索を優先して宜しいでしょうか?」
声を上げてみると、国王に頷き返されました。
「良かろう。ファーバー公とリンド騎士団長はその場から動かないように。」
重々しい宣言に、騎士達も二人を囲んで待機の態勢に入ります。
「フォーラスさんとマユリさんに、ちょっと思い付いた事があるのでお手伝い頂きたいんですが。」
そう声を掛けてみると、二人とカリアンさんにキョトンとした目で見返されました。
「聖なる魔法で? しかし、その信号は魔法使いである私には拾えないのでは?」
カリアンさんの訝しげな問いには、にこりと微笑み返しておきます。
フォーラスさんの呪文を聴いていて思ったのですが、聖なる魔法はより多くの人々の意思によって世界に働き掛けることで発動が強化されていく蓄積承認型の魔法なのではないかってことです。
だから、人々の祈りを集められる神殿での聖なる魔法の精度は高くなり、結果として独占してきたのではないでしょうか。
同じ法則に則って、コルちゃんが手伝ってくれた聖なる魔法の行使は、一人で掛けた時よりも驚く程精度が上がったんだと思います。
声を掛けられたフォーラスさんとマユリさんが戸惑ったようにこちらに歩み寄って来ます。
フォーラスさんが少し困ったような顔で口を開きました。
「あの、以前も申し上げましたが、私の魔力は余り強くないので、いつも神殿で祈りを込めた水晶の力を借りるのですが、先程呪詛を探るのに力を使ってしまったので、お役に立てるとは思えないのですが?」
マユリさんもそれに同意するようにコクコクと頷いています。
「私も、実はここに来る前にちょっとした事件があって、ギリギリまで魔力を使い切ってるんです。」
そっちの方はその魔力を使わせた事件が黒幕側からの仕込みの可能性があるかもしれないですね。
王太子に掛ける呪詛を阻止させないとか、感知させない為だとか。
その辺りは、取り調べではっきりするだろうと期待して、話しを進めることにしようと思います。
「大きな魔力は必要ないんですけど、少しだけ魔力を流して支援して貰えると精度が上がるんです。」
それに伴って魔力消費や難易度が下がってるんじゃないかと思いますが、その辺りは今のところは曖昧に流しておく事にします。
「・・・そういうものですか?」
「はい。聖獣扱いのコルちゃんに手伝って貰ってもそうなので。」
聖なる魔法の研究をしているフォーラスさんも気付いていなかったようですね。
「聖女のマユリ様ならともかく、私の貧相な魔力を聖獣様と比べては失礼に当たるかもしれませんが。やってみましょうか。」
半信半疑なフォーラスさんでしたが、一先ずその気になってくれたようで、こちらに手を翳してくれます。
それに、マユリさんも躊躇いがちに頷いて真似たところで、思い切った魔法を展開してみます。
思い描くのは、姿を消す前の魔人。
その腕に絡み付けた魔力は、元はこの身体から切り離したもので、一定の時を刻む毎に魔力の一部を切り離して持ち主に戻って来ようとする作用を利用して、小さくスパークするように設定してあります。
その過去に施した魔法の仕掛けに、プラスで魔法を付加する為に、魔法の仕掛けだけを還元で戻して聖なる魔法ではない魔法を付加して時限発動の条件も付け加えます。
予想通りにごそっと削られた魔力と術行使の抵抗感ですが、フォーラスさんとマユリさんから流れ込んだ魔力で、それが一気に緩みます。
魔人が姿を消してからの時間経過を加味して、発動時限を調整したところで、魔法の仕掛けを元の次元に戻します。
多分、やっちゃいけない類の過去への干渉魔法なんでしょうが、フォーラスさんとマユリさんの同意があったから押し通せたんでしょうね。
冷や汗をかきつつ瞑っていた目を開けて身体の力を抜きます。
「終わりました。」
そう疲れた口調で告げたところで、ばっと視線が集まって来ます。
「還元魔法を使いましたか? 物凄い魔力が動いたように感じましたが?」
フォーラスさんが引きつった顔でそう問い掛けて来るのに、目を逸らしつつ額の汗を拭うフリをしてみます。
「やはり複合魔法ですよね?」
そう突っ込んで来たのは、カリアンさんですね。
「何とか信号に普通の魔法を付加しといたので、カリアンさんにも感知可能になった筈です。そろそろ始めの発動時刻ですから、探知魔法の準備お願いします。」
「え?」
物凄く訝しげな顔になったカリアンさんですが、それが深刻そうな表情に変わっていきます。
そおっと視線を移したフォーラスさんの表情も似たり寄ったりの苦いもので、フォーラスさんの方にはある程度何をしたか気付かれているのではないでしょうか。
と、隣からも圧のある引きつった笑みが向けられているのに気付きました。
「何をしたのかは、後で詳しく訊くとして。カリアンまずは王都内に探知魔法を発動させてくれ。」
シルヴェイン王子には、後でこってりと絞られそうです。
仕方ないので曖昧に笑みを吐きつつやはり目を逸らしてみることにしました。
「具体的にはどんな信号が上がる予定です? 火の魔法を使っていたように見えましたが。」
カリアンさんの質問に答えようとしたところで、外からヒュルヒュルドッカーンと、花火が上がる音が聞こえて来ました。
「えっと、あれですね〜。」
かなり立派にブチ上がった花火に、会場から悲鳴やら大きなざわ付きが起こりましたね。
ちょっと、やり過ぎだったみたいですね。
はっと気付いたらカリアンさんが即行で探知魔法を発動させ始めたようです。
国王も騎士さんに花火の発動場所に捕縛要員を差し向けるよう指示を飛ばしてくれています。
そんな阿鼻叫喚状態の夜会会場をそおっと見渡して、乾いた笑いが浮かびます。
チラッと目に入ったコルステアくんが凪いだ目でこちらを見詰めていて、それにくっ付くロザリーナさんがキラキラした目でこちらを見ています。
その口が、カッコいい、素敵と動いたように見えたのは、きっと気の所為です。
青白い顔になっているファーバー公とリンド騎士団長の側に立つ王弟殿下からは、不出来な子を見るような目を向けられていて、地味に落ち込むかもしれません。
これ、どう収拾を付ければ良いんでしょうか。
二つ目の花火が上がって、これは弾けた後にキラキラカケラが輝いて落ちながら消えていく、後を引くヤツですね。
あ〜綺麗、とか現実逃避したくなりますが、たーまーやー、とか叫んだら本気で殺されそうですね。
はい、ここは一つ自粛したいと思います。




