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 会場の空気が和んだところで、続いて王太子が王弟殿下に挨拶を済ませてマユリさんとダンスフロアに向かって行きました。


 割と近くにいたこちらには目もくれず、仲良さそうに去っていった王太子とマユリさんは、夜会臨戦態勢なのかもしれません。


「レイカはダンスは?」


 そっと訊かれましたが、ブンブンと首を振っておきます。


「全然、全く出来ないですよ。」


 セイナーダさんからもいずれは覚えなければいけないと言われていますが、まだ基本を習ってさえもいません。


「そうか残念だ。が、覚える気があるのなら、練習に付き合おう。」


 とこう口にしたシルヴェイン王子ですが、段々発言と表情に甘みが加わっているのは、無自覚なのか、計算なのか、ちょっと読めないところですね。


「必要に迫られたら覚えるしかないですけど、お忙しい殿下を練習に付き合わせるなど恐れ多い。」


 ここはにこやかにお断りを入れておく事にします。


 練習台にはコルステアくんがきっと付き合ってくれそうな気がしますから。


 とそんな会話をコソコソと交わしている間に、王太子とマユリさんのダンスが始まって、その息の合った様子には感心してしまいます。


 途中から二人の世界に入っているようで、見つめ合う二人の甘い空間にちょっと胸焼けしそうになりつつ、微笑ましくなりますね。


「あれに割り込ませようとか、何考えてるんでしょうね、発案者。」


 思わず呟いた言葉に、シルヴェイン王子の気遣わしげな視線が返って来ました。


「だからこそ、君の事は眼中になく、私達に挨拶もせずにダンスフロアに向かったということなのだろうな。」


 成る程、王太子の演出でしたか。


 まあ、そのくらいしてあちらも自衛してて欲しいところですね。


「じゃ、こちらからも近寄らずに離れてましょうか?」


「そうだな。では、飲み物と軽食でも貰いに行こうか?」


 と足を向け掛けたところで、視界の端に広間を移動するファーバー公と、来場者読み上げ係が慌てて王弟殿下の元に向かう様子が映りました。


 気にせず足を踏み出したところで、くいっと袖を引かれた気がして振り返ると、ダンスフロアを挟んで対角線上に立つファーバー公の背後からまた黒い靄のようなものが立ち昇っているのが見えました。


「殿下!」


 掴まっていた腕を引いて引き止めるとシルヴェイン王子が直ぐに振り返ってくれました。


「どうした?」


 そうシルヴェイン王子の問い返す声が聞こえると共に、来場者読み上げ係の声が上がりました。


「国王陛下のおなりです!」


 これに、会場中が大きく騒つくと共に、シルヴェイン王子も会場入り口に向き直りました。


 ダンス曲を奏でていた楽団は、音とスピードを落として踊る者達に国王の入場を知らせつつ、曲の終わりの節に持っていくようです。


 会場中の者達が国王を迎える準備を終えたところで、開いた扉から近衛に囲まれた国王が入場してきました。


 出迎えた王弟殿下とは対照的に動かないファーバー公に目を戻したところで、先程よりも濃い黒い靄が周りを覆っていて、その靄が手を伸ばすようにダンスフロアに伸びて行くのが目に入りました。


「殿下!」


 小声で呼び掛けますが、シルヴェイン王子は国王の入場に合わせて頭を下げています。


 仕方なく同じように頭を下げてからと思いましたが、チラリと目に入った国王の側に立つ男の背後に、黒い人影が見えて、ギクリとしてしまいました。


『レイカ様!』


 途端に聞こえた指人形の声が切羽詰まっています。


「あれ魔人?」


 ぽそりと口から出てしまった呟きに、シルヴェイン王子が身じろぎしました。


『魔人の前に呪詛です!』


 指人形に急かすように言われてファーバー公の方に目を向けると、ニヤリと口元を歪めたファーバー公の後ろから速度を増した靄が真っ直ぐ王太子とマユリさんの方に伸びていくのが見えました。


 これは、このタイミングでの確信犯ですね。


 後の事を考えるとちょっと怖いですが、シルヴェイン王子の袖をギュッと引っ張って注意を引くと、王太子達の方に向き直って、呪詛の先端に向かって還元魔法を発動させます。


 ヒヨコちゃんの時と違って、呪詛の規模が大きいことと人間相手なので、時空断絶結界は展開しない事にします。


 ですが、呪詛の帯が幅広く複雑で編み目が詰まって細かい所為か、還元魔法での分解に手こずってるようです。


 しかも、今回はコルちゃんのお手伝いがないのが痛いですね。


「きっつ!」


 久々の魔力がごそっと抜けていく感に、危機感が募ります。


 このやり方では完全解呪は難しいかもしれません。


「レイカ?」


 シルヴェイン王子の訝しげな少し焦ったような呼び掛けにも答える余裕がありません。


 こうなったら、省エネ解呪に切り替えです!


 呪詛の帯に目を凝らして帯を構成する編み目集合体の集約ポイントだけに絞って還元魔法をかけて行きます。


 前回のヒヨコちゃんに向かっていた呪詛を消した時のようにパッと黒い靄が晴れる訳ではありませんが、結果として呪詛の帯が解れて先から薄れて消えて行きます。


 と、周囲が騒ついている声が聞こえて来ます。


「待て! レイカ? 何がどうなってる?」


 始めの制止は周りに向けたもので、後半はこちらに問い掛けたようです。


「殿下、もうちょっと待って下さい。これ中々大変で。」


「またなのか? 対象は?」


 明言を避けたシルヴェイン王子の言葉に答えずに、一気に呪詛の強制分解を進めて、ファーバー公の背後の靄の塊に突っ込んで行きつつ、靄の発生源を探ってみます。


 と、蜘蛛の糸のように細い線がファーバー公の右手の小指に伸びています。


 更に目を凝らすと、その小指には微かに魔力を宿した石が嵌った古い指輪が付いていて、その石からは更に線が伸びているようです。


 それをザッと辿った先には、こちらに注目しつつ騒つく人々の向こうからこちらを真っ直ぐ見ている国王の斜め前にいる第一騎士団の役職者の服装の男の手に繋がっています。


 そしてその男の後ろには、真っ黒い影で出来た人影が。


 これ、やっぱり他の誰にも見えていないんでしょうね。


 更に辿った線は、この魔人らしきものから男の指に嵌まった指輪の石に繋がってます。


「うーん。指輪の石は単なる媒体で、エセ賢者はここには居ないんだろうな。あれを使って遠隔操作してるのかな?」


「レイカ。それで、終わったのか?」


 硬い口調のシルヴェイン王子にチラッと目を向けると、メラメラと燃え盛る何かを堪えている様子ですね。


 そろそろ爆発しそうなので、何とかした方が良さそうです。


「殿下、今根元まで辿った方が良いと思うんですけど。ダメですか?」


「そうしないと、どうなる?」


「・・・多分、逃げられます。」


 と、シルヴェイン王子から深々と溜息が返って来ます。


「取り敢えず、途中経過だけザッと報告しますね。王太子殿下とマユリさんに向けて呪詛が発動されました。それは、ザッと分解済みですが出所は王弟殿下の指輪ですね。その指輪は国王陛下の前に立ってる第一騎士団の偉い人?の指輪と繋がってて。その人の後ろには魔人らしきものが立ってます。つまり、呪詛はその魔人か契約者が掛けたものですね。」


「・・・魔人の契約者は?」


 シルヴェイン王子の声が微かに震えています。


「この場にはいない、多分エセ賢者。」


「っ! 辿れるのか?契約者を。」


 前のめりになったシルヴェイン王子に、難しい顔を向けておきます。


「色々気にしなくてよければ、居場所くらいまでは探れるかも。」


 眉を寄せたシルヴェイン王子ですが、即決は難しいようですね。


 とは言え、手遅れになるので下準備だけはしておきましょうか。


 魔人に向かってにこりと微笑み掛けてから、握手をするように手を持ち上げて、魔人がギョッとした顔をしたところで、別口で辿っておいた指輪から繋がる線を通して、聖なる魔法派生のちょっとした魔法を魔人に取り付けます。


 ハッと気付いて姿を消した魔人ですが、後で居場所を辿る為の最低限の仕込みは出来た筈です。


 そんな訳で改めて見渡してみた周りには、第一騎士団の人達と魔法使いさん達が囲んでいます。


 シルヴェイン王子、この人達にちょっと待てって制止を掛けてくれてたんですね。


「皆鎮まれ。」


 ここで国王陛下の鶴の一声が。


「シルヴェイン、そちらの女性を連れて来るように。」


 硬い口調で促す国王ですが、囲む騎士さんと魔法使いさん達は、チラッと国王の横にずれた偉い騎士さんに目を向けています。


 シルヴェイン王子との会話が聞こえたんでしょうが、戸惑っている様子ですね。


「はい。畏まりました。」


 シルヴェイン王子は答えてこちらに目を向けて来ます。


「陛下に事情を話して許可が降りれば、続きを頼む。」


 本音を押さえ込んだ苦しいような声音でしたが、まあ仕方がないでしょう。


 一先ず仕込みは済んでいるので、後はゆっくり追っても何とかなると信じましょうか。

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