139
階段を降りてから主催者の王弟ログハーンさんの元へ向かって来るファーバー公と王太子達ですが、王太子とマユリさんはファーバー公から距離を取ろうとしているように歩みが遅めです。
こちらは王弟殿下から少し離れて待機することにしましたが、しっかりこちらの姿を視界に捉えているファーバー公は睨むような視線をシルヴェイン王子に投げて来ます。
わざわざご苦労様ですと言いたくなるマメさですね。
ランバスティス伯爵家絡みの皆さんは一先ずこちらから少し距離をとって見守る事にしたようです。
よく見ると目に入る場所にいるのですが、近くにいるという印象は与えない場所で、それぞれ他の方々と歓談してらっしゃいますね。
「ログハーン、今宵の夜会は随分と面白い趣向を凝らしたものだと聞いて出て参ったぞ?」
ファーバー公、弟の王弟殿下にも上から目線のようですね。
「ああ、兄上もお元気そうで。私の夜会に顔を出されるのは久しぶりですね?」
返す王弟殿下は、ファーバー公に対しても温度のない対応ですね。
「さあそうだったか? 今日は昼間少々不愉快な事があってな。国王の兄としてこれまで物分かり良く大人しくばかりしてきたが、時には公の場で自らの立場を知らしめる事も大事と思ってな。」
ファーバー公、やはり昼間の事件を引きずったままお冠のようですね。
本当に完全なる被害者なら同情もしますが、真っ黒なファーバー公をどうするのか、シルヴェイン王子のお手並み拝見です。
「兄上、貴方ほど大人しいという言葉が似合わない人はいないと思いますが。」
嫌味でもなく淡々と告げる王弟殿下の言葉については、ファーバー公は聞き流す事にしたようです。
「あーところで、お前の部下のランバスティス伯爵家の令嬢が、この夜会で社交界デビューすると聞いた。年頃の伯爵令嬢ともあろうものが、騎士団に入り浸っているというのは宜しくない。しかも、その娘も聖なる魔法を使えるとなれば、当然王太子であるアーティフォートが纏めて面倒を見るべきであろう。」
聞こえて来たこの言葉で、ファーバー公は完全に敵判定です。
むかっとしながら隣を見上げると、シルヴェイン王子もかなりムッとした表情をしてくれています。
「ファーバー公、滅多な事をこのような場で口にされるものではない。非常に特殊な彼女の処遇は、陛下がお決めになられることです。」
王弟殿下も流石に思うところがあったのか、口調を改めて厳しい口調でファーバー公の言葉を切り捨ててくれました。
「ふん、そんなことは分かっておるわ。」
バツの悪そうな声で返したファーバー公ですが、わざとらしい仕草で周りを見回すと、こちらに今気付いて目を留めたフリでにやりと嫌な笑みを浮かべました。
「おお、噂をすれば。」
そこから聞くに堪えない言葉が続きそうだと身構えたところで、シルヴェイン王子が迎え撃つように前に足を踏み出しました。
「これは伯父上。昼間はハザインバースの雛のことでご協力ありがとうございました。」
いきなり来た予想外の言葉に、ファーバー公も言葉を詰まらせたようです。
「騎士団としても魔法使いの塔としても非常に貴重な観察材料であるハザインバースの雛を狙う企みは、以前からあったものなのです。それが、伯父上のお陰で大きな進展を得る事が出来ました。第二騎士団を代表してお礼を申し上げます。」
にこやかに続けたシルヴェイン王子の言葉に、ファーバー公も反論しづらいようです。
当事者同士には痛烈な嫌味だと分かりますが、周りには美談にしか聞こえませんからね。
普段は絶対に言わないのだろう伯父上呼びも、わざとなのでしょう。
ファーバー公は一瞬だけ悔しそうに顔を歪ませましたが、直ぐに切り替えたようです。
「全くだ。お前は日頃から感謝が足りんからな。魔力の強さに溺れて研鑽を疎かにして驕るのは見苦しいと精々身を引き締める事だ。」
それでも言えるだけの嫌味をしっかり込めて来る辺り、根は非常にマメな人なんじゃないでしょうか。
まあ、こちらにとっては変わらず完全に敵認定ですけどね。
「これは、愛ある厳しいお言葉を、有難うございます。」
にっこり笑顔の癖に、背中からブリザード吹きそうになってるの、怖いですからね。
氷炎の貴公子でしたっけ? 言い得て妙ですね。
火の魔法が得意な癖に、この方心臓が凍ってるんじゃないでしょうか。
さてそこで、ファーバー公がシルヴェイン王子から逸らした目をこちらにロックオンしましたよ。
「ふむ。ランバスティス伯爵家の美貌を被った異世界の娘か。」
来ましたね、失礼発言。
「お褒めに預かりまして、大変恐縮ですわ。異世界転移者特典の聖なる魔法は、王太子殿下に面倒を見て頂かなくとも、ランバスティス伯爵家に身を寄せつつ、需要満点の第二騎士団で役立てますので、ご心配には及びませんわ。」
とにっこり笑顔でしっかり返しますよ?
後は援護射撃お願いしますと目をやった先で、シルヴェイン王子が良い笑顔になっていますね。
「何と殊勝な心掛けか。レイカ嬢は正に第二騎士団の救世主だ。心根まで美しいレイカ嬢には、心惹かれずにはいられない。」
と、熱の籠った視線が隣から降って来て、あれ?約束は?と思ったところで、その熱気は散ってシルヴェイン王子の顔には悪戯っぽい笑みが浮かびました。
「なんてな。レイカ嬢がこの世界で生きて行く心構えが出来るまでは、私が面倒を見ると決めた。レイナードの代わりと思って第二騎士団を居場所にしてくれて構わない。」
真面目な顔付きに変わって告げるシルヴェイン王子は、清廉な爽やかイケメンオーラを纏っています。
何処まで狙った演出かわかりませんが、ここは素直に絆されておこうと思います。
「ご親切に有難うございます!シルヴェイン王子。」
はい、美談の出来上がり。
微笑ましげな空気に包まれ始めた会場で、ファーバー公だけがギリギリと歯軋りしそうな顔でこちらを睨んでいました。




