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「こんばんは! レイカお姉様、お支度済みました?」


 開いた扉から響いてきた元気な呼び掛けは、ロザリーナさんのものです。


 ドンと重くなっていた室内の空気は祓うように、こちらもにっこり笑顔で元気に返す事にします。


「いらっしゃいロザリーナさん。」


「わあ、レイカお姉様、綺麗な色のドレス! 瞳の色に合わせた鮮やかな青と清楚な白? 凄く似合ってます! 今日のお姉様を見た人達、皆メロメロになるわ!」


 いつも通り夢見る乙女の瞳になるロザリーナさんに苦笑が浮かびます。


「いつも有難う。そんな事言ってくれるのロザリーナさんだけだから。私としては、ささっと顔出したら悪目立ちする前に帰って来たいかな?」


「・・・それは無理だと思うわ。今夜の主役はお姉様っていうくらい、囲まれると思う。ね?」


 コルステアくんに話しを振ったロザリーナさんですが、室内には気まずい空気が漂っています。


「うん、まあ。あの人、社交界では認知度高かったし。中身と性別が変わったおねー様のことは、今社交界中を賑わせている話題だからね。」


「そのレイカお姉様がシルヴェイン王子にエスコートされてくるんだから、それはもう! 氷炎の貴公子と名高い第二王子殿下がほんの少しでもお姉様に優しげな目でも向けようものなら、会場中の女性達から悲鳴が上がる事間違いなしですわ。」


 あ、それは何となく想像出来ます。


 そして、その女性達から漏れなく敵視される未来まで見えましたね。


「成る程。それじゃ殿下、目指せ離婚間際の夫婦的空気感でお願いします。」


 真顔でそう頼んでみると、シルヴェイン王子の顔が少しだけムッとしたように見えました。


「任せておくと良い。悲鳴も嫉妬も飛び越える程、誰にも文句を言わせない魅惑空間を作り上げてみせよう。」


 ちょっと待て、一体何を企んでいるんでしょうかこの王子様。


「裸足で逃げ出して良いですか?」


「何故そうなる?」


「いえ、それこっちの台詞ですから。」


 むっと黙り込んだシルヴェイン王子とこちらを見比べて、ロザリーナさんの目が嫌な輝きを放ちました。


「あれぇ? わたくしったら、もう、余計な事言いました? お姉様ったら照れ屋さんなんですから! そうなんですね? そうだったんですのね? コルステア様、わたくしお腹いっぱいで困りますわ。」


「そう? 良かったねロザリーナ。いつも会場隅のデザートコーナーで美味しそうだけど我慢って言ってるけど、今日は我慢しなくて済むんじゃない?」


「・・・それは、別腹なんですの! 今日も我慢ですのよ!」


 不毛な会話が繰り広げられるコルステアくんとロザリーナさんですが、中々良いコンビに見えて来ました。


 それより目の前で熱い視線を遠慮なく注いでくれるシルヴェイン王子をどうしてくれようか、それが大問題ですね。


「殿下、ここは妥協点として普通で行きましょう。特殊な背景のあるランバスティス伯爵家のレイカの社交界デビューを、職場の上司として案じてエスコートしてくれた第二王子殿下。それ以上でもそれ以下でもない関係を演出しましょう。」


 目力を込めてそう提案してみたところ、シルヴェイン王子には目を眇められました。


「それ程、私が嫌なのか?」


 感情的な言葉が返って来て、こちらとしても困ってしまいます。


「嫌とかそういうことじゃなくて、いきなり過ぎるのは、周りの状況的にも私個人としても良くないって言ってるんですよ。ちょっと冷静になって下さい。楽な方に全力傾けないで下さいよ。殿下だって本当はそこまで私の事好きな訳じゃない筈です。そういう事にしようって決めてその為にはこうだろうって行動取ってますよね? そういうの、絶対後で後悔しますから! だから、じっくり行きましょう。どっちに転ぶにしても!」


 精一杯訴えてみると、シルヴェイン王子が一瞬だけ固まりました。


 ほら、少しくらいは図星だって思ったって事じゃないですか。


「・・・分かった、今回は君の意見に従おう。だが、中途半端が一番面倒を引き起こすという事も覚えておきなさい。」


 結局は苦い口調でそう言ってくれたシルヴェイン王子ですが、納得した風ではありませんでしたね。


「では、行きましょうか?」


 やはり微妙な空気になってしまった室内で、セイナーダさんが号令して、部屋を出る事になりました。


 一番に出て行くコルステアくんとロザリーナさん、それをセイナーダさんが追って行って、イオラートお兄さんは心配するような目をこちらにチラッと向けつつも先に出ました。


「えっと、それじゃ。コルちゃんはヒヨコちゃんを宜しくね。モレナさんとカドラさんはお疲れ様。今日はもう先に上がって貰って良いです。ケインズさんは本当にハイドナーと一緒にヒヨコちゃんとコルちゃんの様子見てて貰って良いんですか?」


「ああ、勿論だ。万が一何かがあった時に、ハイドナー一人よりはマシだろう。」


 ケインズさんからは、夜会に出掛けている間にこの部屋に待機していてくれると申し出があって、有り難くお願いしようと思っています。


「何故、ケインズが?」


 シルヴェイン王子が怪訝そうに眉を寄せながらケインズさんに問い掛けています。


「少し用がありまして、ついでにそのような話しになりました。」


 そう返したケインズさんの口調が少し強過ぎるような気がして、ヒヤッとします。


「・・・そうか。ならば私からも頼む。」


 何故かシルヴェイン王子の方も硬い口調になっていて、二人の間に妙な空気が流れているような気がします。


「・・・殿下、差し出がましいかと思いますが、一言だけお許し下さい。どうか、レイカさんの気持ちも大事にしてあげて下さい。」


 ここでこれを口にしたケインズさんに、ギョッとして目を向けますが、シルヴェイン王子に真っ直ぐ強い視線を向けるケインズさんはこちらには気付いてくれません。


 慌ててシルヴェイン王子の方に目を向けると、何かを見極めるようにこれまたケインズさんに目を向けて眇めています。


「・・・勿論言われる間でもなくそのつもりだが? そうかお前は、レイカ嬢が中にいたレイナードのことを兄のように面倒を見ていたのだったな? ならば、レイカ嬢の兄代わりとしての言葉と受け取っておこう。」


 低い声になったシルヴェイン王子の言葉に、ケインズさんは気を悪くしたのか、顔を紅潮させて唇を噛む仕草をしました。


「レイカさんは、殿下には言いづらい内実を抱えてるんです。だから、強引に迫るのはやめてあげて下さい。レイカさんが傷付く事になる。」


 言い直したケインズさんの言葉に、こちらも居た堪れない気持ちになりますが、ケインズさんとしてはある程度まで話さないとシルヴェイン王子に察して貰えないと思ってくれたのでしょう。


 そのまま重い沈黙に入った二人にチラッと目をやると、睨み合いの様相を呈していて驚きました。


「あ、あの。そろそろ行かないといけないですよね?」


 何とか言葉を挟むと、ハッとしたように空気が緩みました。


「そうだな。では、行こうか。」


 シルヴェイン王子が言って、さっと手を取られます。


 そのまま手を引かれて扉に向かう事になりましたが、部屋を出る前に何とか口を開きました。


「それじゃお願いします!」


 そこから、無言で手を引くシルヴェイン王子の少し後ろを歩くことになりましたが、不機嫌が隠し切れていない様子のシルヴェイン王子に話し掛けるに掛けられずで、何とも居た堪れない気分を味わうことになりました。

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