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誤魔化せないとか断れないとかいう雰囲気って、どうやって崩したら良いもの、なんでしょうか?
隣と斜め前から来る問い詰めるような視線に、ちょっと困って俯いてしまいました。
「えっとね。ハイドナーには話してなかったよね? 私ね、あっちでちょっと痛い失恋したばっかりで、今恋愛は食傷気味なんだよね。」
ケインズさんには、オンサーさんと共に、もっと踏み込んだ話しをしてしまっていましたが、あれを他の人にまで話す気にはなりませんね。
「なんだけど、とある人に訳あってプロポーズされたんだよね。」
なるべく何でもないように冷静に話したつもりでしたが、溜息が混ざってしまったようです。
聞いていた二人が同時に眉を寄せて難しい顔になっていました。
「それは、殿下から? レイカさんを守る為の後ろ盾として?」
ケインズさんが少し苦味のある口調で問い返して来ました。
「まあ、そういう感じだと思います。」
「それは、騎士団に入るだけでは足りなかったということかな?」
真面目な顔付きで追求されて、少し目を逸らして言葉を選んでしまいました。
「そう、みたいです。でもその、割り切って形ばかりとかじゃなくてって仰るので、逆に困って。」
真剣な面持ちの中で、眉がピクリと動いて、ケインズさんが何か怒っているのではないかという表情になっています。
「・・・レイカさんの気持ちが追い付かないのに、無理矢理口説かれているという事?」
そう口にした声音もいつもよりも低くて、爽やかイケメンケインズさんがちょっと怖いかもしれないです。
「無理矢理というか、口説くとは言われて、ちょっと困るというか。」
しどろもどろになって答えていますが、これ下手するとただの惚気と取られても仕方ない話しですよね?
プロポーズの相手が王子様って、他人が聞けば舞い上がるようなお話しかもしれません。
「贅沢な悩みだって他人には言われるかもしれないんですけど。ちょっと本当にもう、今ダメなんですよね。恋愛アレルギーで、失礼だって分かってるんですけど、怖くて男性の好意だとか愛情とかが信じられないんです。」
好きだの愛してるだの、散々言われて舞い上がって信じていた自分が一番許せなくて悔しくて、小さい人間だと自分でも思うけど、怖くて踏み出せなくなっているんですよね。
痛ましそうな表情に変わった二人に、余計に居た堪れない気持ちになります。
「って、重たい悩みがありまして、ちょっと空気を変えたくなったというか、ぼおっと座ってたかっただけで。」
誤魔化すようにワザと声音を明るくしてそう話しを打ち切ってみると、二人はまた眉を寄せて苦い顔付きになりました。
「あの、だから二人の訓練の邪魔をしてごめんなさいね。どうぞ、続けて下さい。」
慌てて付け足していくと、ケインズさんの顔がまた少し怒ったようになりました。
「殿下に直談判に行こう! 話しにくいなら、俺が言うから。」
険しい表情になって言うケインズさんに、こちらが慌ててしまいます。
「え? 待って、ケインズさん?」
ベンチから立ち上がったケインズさんは、兵舎に険しい目を向けて拳を握り締めています。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。殿下に直談判とか無理です! 色々事情もあるし、殿下は良かれと思って色々手配して下さってるし。」
またしどろもどろに止めに入ると、今度はハイドナーがずいっと前に出て来ました。
「ケインズ様。殿下に直接はおやめ下さい。下手をするとケインズ様の首が飛びます。それよりもランバスティス伯爵家のご家族に事情を話してあちらから牽制して頂いた方が効果的かと。」
そう冷静なハイドナーの突っ込みが入りましたが、何故かそのハイドナーの顔もやや険しくなっていて、目を瞬かせてしまいます。
「そうだな。分かったハイドナー、そうしよう。ところで、ランバスティス伯爵家のどなたかと話す機会は作れるか?」
「はい。本日、奥様がまずこちらにお越しのご予定です。それから、ご兄弟のどちらかも間違いなく夕方までには顔を出される筈ですので、お越しになられましたら私の方から話しを通しておきます。それからケインズ様を呼びに参りますので、それまでご準備の方を。」
「分かった。」
そんな会話が二人の間で少々重苦しい雰囲気と共に交わされていて、こちらは半眼で溜息を吐きたくなりました。
「あの、ね。ハイドナー、私子供じゃないんだから、ケインズさんを巻き込んで話して貰わなくても、自分で説明くらい、きっと出来るから。」
口を挟んでみると、二人に何故か疑わしそうな目で見られました。
「レイカさん、ご家族にはまだ遠慮があるんじゃないか? 本当に言える? 貴族社会っていうのは色々柵があって、そういうことを考え出すと、中々本音を家族であっても言い合えなくなるものだって聞く。それなら、第三者が空気読まずに捩じ込んだ方が話しが早かったりするんだ。だから、俺に任せて貰えないかな?」
真っ直ぐこちらを見ながら言ってくれるケインズさんの言動が、やっぱりイケメンです。
正直に言うと、ケインズさんの言う通りかもしれません。
シルヴェイン王子が本気で求婚に踏み切った原因は、ファーバー公からはっきりと睨まれる事になった所為で、それは呪詛の事を明け透けに言ってしまったことだとか、もっとスマートに誰にも気付かれないように解呪出来なかった所為でもあります。
そういう色々を考えると、我儘は言えないという気持ちになって、結局言い出せないかもしれません。
それに、ランバスティス伯爵家の皆さんには、勿論まだ多分に遠慮があります。
一番言いたい事が言えそうなコルステアくんにでも、この件はやっぱり言い辛いでしょう。
「ケインズさん、ご迷惑じゃないですか?」
もう一つだけ遠慮を口にしてしまうと、ケインズさんには微笑み返されました。
「全然? レイカさんは積極的な人だけど、大事なことの方が遠慮がちだから、損してるんだと思う。だから、ここは是非任せて欲しい。何か理由が必要なら、俺にとってはレイカさんは命の恩人だから、でいいかな?」
そう言われると、もう何も言えませんね。
本当に、良い人過ぎますケインズさん。
「はい。済みませんがお願いします。」
ここは素直に頭を下げてお願いする事にしました。




