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「それは、どうして分かったんだ?」
シルヴェイン王子が慎重に問い返して来ます。
「ファーバー公の背後に、靄みたいなものが見えて、低い声で呪文のようなものが聞こえてきたんです。」
この返しを受けて、集まった皆の視線に、ファーバー公が眉を寄せて不快そうな顔になります。
「私は知らないぞ!」
声を荒げるファーバー公に、こくりと頷き返します。
「そうですね。ファーバー公は、意図せずに運ぶ役割を担ってしまっただけかもしれません。以前から、ヒヨコちゃんは狙われていたようですし。」
そう答えたところ、ファーバー公は安心したような反発するような複雑な表情になりました。
「呪詛、か。確かに普通の魔法ではないから、魔法を使える者にも感知は難しい。レイカが聖なる魔法を使える者だから、感知出来たのかもしれないな。」
そう取りなすように口を挟んでくれたのは、シルヴェイン王子です。
「しかし、となると呪詛を掛けようとした者の特定は神殿から人を呼ぶしかありませんね。」
トイトニー隊長がシルヴェイン王子に向けてそう話し掛けていて、それを耳にしたファーバー公の表情が不快そうに歪んでいきます。
それも無理のない状況でしょうか。
皆の視線が躊躇いがちにファーバー公に集まっています。
「な、私は知らんぞ! そんなものは連れて来ておらんからな! シルヴェイン!言い掛かりは許さんぞ!」
「公、落ち着いて下さい。レイカも故意にではなく着いてきてしまったものである可能性があると言いました。」
興奮気味に言い募るファーバー公に、宥めつつもこちらの言い分を通そうとするシルヴェイン王子ですが、ファーバー公は更に酷いお怒り顔になっています。
これは収拾が付かない方向で拗れそうな予感がしますね。
「大体その娘以外誰にも感知出来なかったものを、本当にそんな事があったと証明出来るのか? こんな事は言いたくないが、お前の入れ知恵で自作自演という可能性もあるのではないか?」
険しい顔でシルヴェイン王子を睨むファーバー公、攻撃先は微塵もブレませんね。
そして、そう来ましたか。
「公、まずはこの部屋とハザインバースの雛やレイカの周辺で呪詛の気配がなかったか、神殿から人を呼んで調べて貰う事にしようと思います。その上で何かあれば、公にもご協力頂くということで。」
無難にこの場を収めようとするシルヴェイン王子に、ファーバー公は怒り心頭で、ふんと鼻を鳴らしました。
「せっかくハザインバースの雛鶏がいるというから、何か支援出来る事はないかと来てみたが、呪詛を持ち込んだなどと言い掛かりを付けられる事になるとは。不愉快千万だ。この私にそのような態度を取ったこと、覚えておくがいい!」
絵に描いたような悪役的捨て台詞を残して、ファーバー公は鼻息も荒く会議室を出て行きました。
そのファーバー公を追い掛けて出て行くマニメイラさんは、チラッと振り返ってシルヴェイン王子に向けて申し訳無さそうに頭を下げていました。
二人の足音が完全に聞こえなくなったところで、室内には誰からともなく深い溜息が漏れ聞こえて来ました。
そして、クイズナー隊長がパッと動いて扉を閉めに行きます。
それを見届けるように、トイトニー隊長が懐から魔石を取り出しました。
チラッと目をやると、いつかシルヴェイン王子が使っていた盗聴防止魔法結界を刻んだもののようです。
発動されるのを待って、シルヴェイン王子が椅子に座り直しました。
隣の椅子をこちらにくっ付けて、まだ落ち着かない様子のヒヨコちゃんを乗せて宥めるように撫でつつ隣に座ります。
「済まなかった。」
まず始めに謝罪から入ったシルヴェイン王子の声音は沈んだように元気のないものでした。
「いえ、思った以上に酷くて驚きましたけど、殿下が悪い訳じゃないので。」
ただ、面倒な事になったのは間違い無さそうです。
「公の事はともかく、まずは何があったのかレイカくんから聞きませんか? 至急で神殿から人を呼ぶ必要がありますし。それは状況把握が出来たところで私が引き受けます。」
扉の方から戻って来たクイズナー隊長が、やはり椅子に座りながら口を挟みました。
「そうだな。まずは呪詛のことを片付けよう。」
シルヴェイン王子も同意して、皆の視線がこちらに集まって来ます。
「さっき説明した事が全てなんですが、公の背中から滲み出すみたいに靄が出ていて、呪文みたいなのが聞こえて来たんです。そうしたら、黒い帯みたいなものが組み上がって行って、ヒヨコちゃんに向かって進み出したので、遮断結界を張ってからコルちゃんに手伝って貰いつつ還元魔法で先から分解して行きました。完全に分解出来たところで、呪文を唱える声は聞こえなくなっていました。」
「・・・呪詛を分解、ですか。相変わらずですね。」
クイズナー隊長の呆れたような言葉が返って来ます。
どう相変わらずなのかは聞きたく無いような。
「ますます分からなくなってきたな。呪詛を掛けた主は伯父上ではないとしても、やはり関わりがあるのだろうな。」
「そうですね。公も顔には出されませんでしたが、レイカが呪詛に勘付いた事には恐らく動揺した筈です。」
シルヴェイン王子とトイトニー隊長の会話に、おやと目を向けておきますよ。
「あの、以前後ろに迂闊に触れない黒幕がいるかもしれないって言ってたのは?」
語尾を濁して口を挟んでみると、シルヴェイン王子とトイトニー隊長が苦い表情でこちらに視線を寄越しました。
「まあ、ここまで来ては隠しても仕方がないな。だが、この結界を解除した後は話さないように。」
シルヴェイン王子の念押しには素直にこくこくと頷き返しておきますよ。
「多角的に進めて来た調査の結果、あの人が後ろに見え隠れするようになって来た。だが、今回の呪詛を掛けたのが別の誰かとなると、それが何者かによってどちらが黒幕なのか何処まで裏があるのか探る必要が出て来る。」
そこまで話したシルヴェイン王子が言葉を切ってこちらに視線を合わせて来ました。
「ところで、レイナードを陥れようとした賢者らしき者だが、それはあの人か今回の呪詛の主か、どちらかだと思うか?」
まさにそれなのですが、小さく首を傾げる事になりました。
「何となく、公じゃないような気がしますね。話し方とか、声の印象とか。エセ賢者はレイナードに対して割と丁寧な話し方だったんですよ。直接話した事がありそうでしたし。レイナードに様を付けて接するような立場の人だと思います。」
「なるほど、では呪詛の主は?」
そう言われると難しいですね。
「呪詛の声なんですけど、低い声でボソボソ呟いてる感じだったので、正直に言ってちょっと分からないです。そうかもしれないとは思うんですけど。」
「そうか・・・。」
そのまま考え込んでしまったシルヴェイン王子ですが、クイズナー隊長が席を立ちました。
「そちらはともかく、これ以上巣立ち間際のハザインバースの雛にちょっかいを出されるのも困りますから、神殿から人を呼んで牽制だけでもする事にしましょうか。」
クイズナー隊長、真面目モードですね。
いつものほわんとした空気を消して、鋭い言動ですね。
「ああ、そうだな。クイズナー、神殿に連絡を。」
シルヴェイン王子の短い指示に、クイズナー隊長が早速動いて会議室を出て行きます。
「それにしても、厄介な事になりましたね。ハザインバースの雛に呪詛を掛けて何らかの問題を起こさせようとしていたとしたら、やはり殿下の失脚を狙ったものでしょうな。」
トイトニー隊長がこちらに視線を投げて来ながらそんな言葉を吐き出していました。
それに対してシルヴェイン王子はただ溜息を吐くだけです。
「殿下が何の為に、第二騎士団の団長に収まって大人しくしていると思っているのか。それでも安心出来ないものでしょうかね。」
続けたトイトニー隊長の言葉に、つい言葉を挟んでしまいました。
「派閥争い、とかですか?」
「・・・そうだな。それに、どうやら君を真っ向から巻き込む事になってしまいそうだ。」
言ってこちらを向いたシルヴェイン王子の表情が複雑そうです。
「トイトニー少し外して欲しい。二人で少し話したい。」
言ったシルヴェイン王子は何か覚悟を決めたような顔付きでした。




