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シルヴェイン王子に王家の裏事情の一端を見せてもらったところで、すっかり会議室内は重い空気になってしまいました。
とそこへ、扉を叩く音が聞こえて来ました。
会議室内に残っていたトイトニー隊長が応対に出ますが、開いた扉から顔を覗かせたのは、クイズナー隊長です。
が、敢えて会議室に入って来ずにトイトニー隊長とシルヴェイン王子にささっと目を合わせたクイズナー隊長、何か合図を送ったみたいですね。
チラッと振り返って見たシルヴェイン王子の顔がほんの少し憂鬱そうになっているのが分かりました。
「団長、ファーバー公がお見えです。ハザインバースの雛鶏と、それを託児しているご令嬢に是非ともお会いになりたいとこちらに向かっておられます。」
それは嫌そうな顔を見合わせた3人に、こちらも合わせて苦笑を浮かべておきますよ。
「まあ、予定より早いが仕方ないか。レイカ、ファーバー公に君を第二騎士団の騎士だと紹介して構わないか?」
「はい。大人しくしておきますね。」
へらっと笑ってそう返すと、パッと集まった3つの視線が何故か疑わしそうな色をしていました。
そおっと視線を外したところで、クイズナー隊長が扉をしっかり開け直して、トイトニー隊長もこちらに引き返して来ます。
手招きされて会議テーブルにシルヴェイン王子と共に座ったところで、ざわざわと人の話し声が聞こえて来ました。
ヒヨコちゃんは隣の椅子にヒョイっと飛び乗って毛繕いを始め、コルちゃんは椅子の足元に前足を揃えて座って、背を伸ばしています。
真っ白な細かい毛に覆われたピンと立った耳が、近付いて来る人の声を拾っているようです。
と、開け放たれた扉から無遠慮に入って来たのは、金髪美男の王太子に似た雰囲気の外見のおじ様でした。
目元と口元が皮肉げに少し吊り上がって、年齢を重ねて白髪も混じっているのか、髪色と毛量が薄めになっているように見えます。
「これはファーバー公、ようこそお越しになられました。」
シルヴェイン王子が、座って会議をしていましたがファーバー公が来たのに今初めて気付きました、という態度で椅子から立ち上がりました。
合わせてこちらも慌てて椅子を立って迎えますよ。
「おお、これは可哀想に。前代未聞のハザインバースの雛鶏を育てている程のランバスティス伯爵家の令嬢を、こんなむさ苦しい騎士団の宿舎に住まわせているとは。」
いきなり来たファーバー公の当て擦り発言に軽く引きそうになりながら、表情を変えないように頑張ります。
「公、それはご心配に及びません。本人の希望でつい先程、彼女は第二騎士団の騎士になったところですから。正式にこちらが彼女の所属先となります。」
「ふん。相変わらずの横暴ぶりだな。そのように強要したという訳か。そこまでして塔に渡すことを渋るとは。少々魔力が高いからと、塔の魔法使い達の探究を馬鹿にするその姿勢は見苦しい程だな。」
冷たい言葉の応酬が始まったようですが、取り敢えず黙って大人しくしておくことにします。
「私は特に塔の魔法使い達の研究を妨げるつもりはございません。ですが、探究とは言いますが、対象となる彼女自身の希望が何よりも大事だと考えているだけです。」
「そういう思い込みこそ横暴だと言っておるのだ。」
このやり取りだけで、ファーバー公がシルヴェイン王子を目の敵にしていることが窺えましたね。
どうやらシルヴェイン王子の言う事など、真っ直ぐ受け取るつもりは無さそうです。
シルヴェイン王子と隊長達がファーバー公と聞いただけであの顔になった理由が分かりましたね。
ちょっとこのおじさんウザいですねっていうノリのまま、ここは一つ軽めに引っ掻き回してみようと思います。
「え? 魔法使いの塔で研究材料って、興味ないですね。私それより騎士団で騎士さん達の鍛え上げた筋肉とか、攻撃魔法で華麗に魔物蹴散らしてる姿とか見てる方が萌えますから。」
にっこり笑顔で両手を握り締めてみたりとか。
この外見と年齢だからギリギリ許される暴挙ですね。
あちらの自分がやったら周りから寒風吹き荒ぶ扱いを受けてたでしょうが。
「は? ・・・筋肉?」
絶句してしまったファーバー公ですが、徐々に顔色が赤黒くなって来ます。
シルヴェイン王子と隊長お二人は、薄笑いで凪いだ目になっていますが、その裏側で激怒か呆れ果てているかドン引いているか、とにかく後からお説教食らいそうですね。
「とにかく、念願の騎士団入りなので凄く嬉しいです! ファーバー公はヒヨコちゃんを見にいらっしゃったんですよね? どうぞ? ただ、私以外には触らせてくれないので、見ているだけでお願いしますね。」
にっこり笑顔でヒヨコちゃんを指し示すと、ファーバー公は睨むような目をこちらに一瞬だけ見せて、直ぐにその表情を引っ込めて薄ら笑いに変えました。
「ほう? それがハザインバースの雛鶏かね。」
これまた無遠慮に近付いて来るファーバー公の後ろから慌てたようにマニメイラさんが追い掛けて来ます。
あら居たんですねという存在感のなさは、ファーバー公とシルヴェイン王子がやり合ってる間は意図的に存在感消してたようですね。
椅子の上で毛繕いしていたヒヨコちゃんが、覗き込んで来るファーバー公に目を上げてそちらを見たところで、くいっと袖を引かれました。
『我が君!レイカ様!』
慌てた呼び掛けながらきちんと言い直した指人形の声に気付いて袖の辺りに目を向けると、ファーバー公を真っ直ぐ指差しています。
その指を視線が辿った途端に、ファーバー公の背中から何か靄のようなものが漂っているのが見えて、低いお経を唱えるようなくぐもった声が切れ切れに聞こえて来ます。
そして、黒い帯のようなものが形作られてゆっくりとヒヨコちゃんに向かっていくのが見えました。
『呪詛です! 直ぐに遮って下さい!』
指人形の切羽詰まったような声に、チラッと周りを見渡しますが、誰もこの低いお経声には気付いていないようです。
「あの〜、何か副音声で呪詛みたいなのが聞こえるんですけど? 止めて貰えます?」
ファーバー公の背中に向かって言ってみますが、キョトンとした風なファーバー公が振り返っただけでお経読みは止まりません。
ここで複雑な新しい魔法は使えません。
となると聖なる魔法の応用で出来る事をするしかないのですが。
という訳で、呪詛の対象になっていそうなヒヨコちゃんの周りにさっと結界魔法を展開します。
が、その魔法の理論は聖なる魔法からの展開です。
ヒヨコちゃんの周りに時空断絶結界、つまり時間を止めた薄い空間で覆ってみました。
時が止まっているので、当然その薄い空間は何も通しません。
ただ、内側からも何も通さないので、早く根本解決しないと中のヒヨコちゃんが危ないです。
窒息死しちゃいますね。
呪詛は結界に弾かれて宙を漂ってますが、これを還元魔法で分解していきますよ。
「コルちゃん手伝って!」
「キュウ!」
呼ぶまでもなく足元に来ていたコルちゃんが一声鳴くと、純白な光が手に絡み付くように寄り添って来て、掛けていた還元魔法の速度が爆速並みに上がります。
あっという間に呪詛の黒い帯が消えて、低いお経を唱えるような声も聞こえなくなりました。
それを確認してから、ヒヨコちゃんの周りの結界を消します。
と、何かを感じ取っていた様子のヒヨコちゃんが羽を膨らませてプルプルっと身を震わせると、椅子を飛び降りてこちらに駆け寄って来ます。
そのままスリスリと身を擦り付けながらピトリとくっ付いて来ました。
「何が?」
シルヴェイン王子も状況が読めないようで、呆然と呟いています。
「取り敢えず、全員離れて貰えますか?」
説明会の前に、安全確保しておこうと思いますよ。
おずおずと従うシルヴェイン王子と隊長達、マニメイラさんも強張ったような顔でファーバー公を促して扉側に離れてくれます。
「ヒヨコちゃんに、誰かが呪詛みたいなものをかけようとしていたんです。」
そう明かした途端に、皆が険しい顔になりました。




