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第二騎士団の制服に身を包み、団長であるシルヴェイン王子の前に進み出ると、採用通知と辞令を持ったシルヴェイン王子が良い声で読み上げてくれました。
「レイカルディナ・セリダイン。第二騎士団への正式採用を通知する。王国騎士団の一員として、国家の為、王家の為、国民の為に、その能力をもって尽くすように。」
まずは採用通告を受けて、言われていた通り、膝をついて騎士の礼をとって応えます。
「辞令。レイカルディナ・セリダイン。汝を第二騎士団の騎士として叙し、団長付き補助魔法要員とする。辞令の発令は明後日となる。励むように。」
硬い口調で読み上げたシルヴェイン王子に、頭を下げて短く返事をして応えると、この簡易な入団式は終わりのようです。
シルヴェイン王子と隊長達が並ぶ会議室の空気が漸く緩みました。
「いきなりの辞令になってしまったが、何とか間に合って良かった。」
「色々と済みません。何かとご迷惑をお掛けしますが、宜しくお願いします。」
制服の試着が終わってから、隊長達を集めてそのまま即行で行われた入団式でしたが、そこまで急いだのには、色々と事情があるようでした。
恐らくその為に各所を駆け回る羽目になったのではないかと思うシルヴェイン王子には、素直にお詫びとお礼を込めてご挨拶しようと思います。
「まあ、事情が事情だから、いきなり騎士としての採用になったが、一先ず見習いのつもりで色々学ぶように。」
そう言ってくれたシルヴェイン王子が存外優しい顔をしてくれたので、少しだけホッとしてしまいました。
その空気を引き締めるように、トイトニー隊長が前に出て来ました。
「明後日からハザインバースの雛の餌やりの時間以外は、まず朝一番からカルシファーの隊に混ざって基礎訓練に参加。午後からはクイズナーの座学の講義を、クイズナーが手が空かない時は、他の隊長の雑務の手伝いを頼む。夕方からは魔法訓練だが、通常魔法は私トイトニーが、神殿から指導者が来る場合は団長立ち会いの下で聖なる魔法の訓練の時間とする。」
以前言われていた通りの予定組でしたが、秋になるとあると言われていた遠征はどうなるんでしょうか。
「まあ、といってもそんな風にゆっくり指導出来るのも後一月くらいが良いところだろう。」
こちらの疑問に気付いたのか付け足してくれたトイトニー隊長は、そこから一度言葉を切ってじっと何かを見極めるように見つめて来ます。
「秋の遠征時期が始まったら、団長の出る大規模討伐任務の際には、後方支援要員として参加して貰う。」
成る程、そこで遂に実戦投入って訳ですね。
「一先ず神殿から同行する治療師の補助をして貰う。が、まあ最初は現場と怪我人に慣れるのが仕事だと思っておけ。」
言われて小さく首を傾げてしまうと、トイトニー隊長が半眼になりました。
「流血してるオンサーを見て、動揺の余り必要以上の魔法を掛けたんだろう?」
そう言われると痛いですね。
医者でも看護師でも救急隊員でもなかったので、流血してる人には慣れてないです。
でも、自分で聖なる魔法で回復要員になるって宣言した以上、慣れなきゃいけないですよね。
「はい、分かりました。頑張りますので、宜しくお願いします!」
力を込めて返事をしたところで、お開きの雰囲気になりました。
と、部屋の隅で大人しく待機していたヒヨコちゃんとコルちゃんが寄って来ます。
ピヨピと鳴きながらトテトテと駆けてきたヒヨコちゃんの顔付きが、少し変わってきたような気がします。
幼いつぶらな瞳から、少し知性を宿した賢そうな瞳になってきたように見えるのは、親バカ視点でしょうか?
コルちゃんに関しては、聖獣化したところで、品のある佇まいに変わっているので、やんちゃな子供から大人になった雰囲気が既にありました。
「遂に巣立つか。」
そんな事を言いながらこちらに近付いて来たシルヴェイン王子に、ヒヨコちゃんの頭を撫でてあげながら頷き返します。
「そうなんですよね。後は、何事もなくお母さんと飛び去ってくれる事を祈ってますけど。」
始まりが始まりだけに、ヒヨコちゃん親子の事は、最後まで気が抜けないと思っておいた方が良いでしょう。
「・・・そうだな。物怖じしないのも、予想外の思い切った言動を取るのも、君だったからなのだな。結果として私は、レイナードを引き受けながら、救ってやる事は出来なかった訳だな。」
そうポツリと言い出したシルヴェイン王子は、ヒヨコちゃん誕生騒動の時の事を思い出していたのでしょう。
「君にとって第二騎士団の騎士になることは、特別今更改まるような事ではないのかもしれないな。既に一月、第二騎士団のレイナードだったんだからな。」
この改まった言い方に、思わず苦笑しながら頷き返してしまいました。
成る程、シルヴェイン王子や周りの皆からすれば、レイナードのふりをしていた頃のレイカは、レイカのカウントに入っていなかったのでしょう。
「とは言え、完全に女性になったレイカには前以上に過酷な環境に身を置かせる事になってしまう。だから、それに関する配慮はきちんとさせて欲しい。」
そう誠実に言ってくれるシルヴェイン王子は上に立つ者として流石ですね。
「はい。ご配慮感謝致します。」
そんなやり取りをしている間に、会議室からは隊長達が出て行っていたようで、残っているのはトイトニー隊長だけです。
「ところで、入団式を急いだ理由について説明しておこう。」
ここで来たこの話しは、極秘のものなのでしょう。
こくこくと頷くこちらに、シルヴェイン王子が憂い顔になりました。
「ファーバー公が今日にでもこちらに出入りされるようになる可能性があるからだ。」
その聞き覚えのある名前にチラッとトイトニー隊長を盗み見てしまいました。
「少しだけトイトニーが話したと聞いているが、公と私は少々折り合いが良くない。」
慎重に話しを進めるシルヴェイン王子に黙って頷き返すことにします。
「公は、生まれ付き魔力の強い者、つまり魔力を多く持てる体質の者に対して、複雑な感情をお持ちになっておられるように思う。」
声を落として重々しく告げるシルヴェイン王子は、慎重に言葉を選んだようですね。
つまり、魔力量が多いのではないかと言われていたレイナードも、その器を貰ったレイカのこともお気に召す筈がないってことでしょう。
でも、確かマニメイラさんは魔法研究の支援を積極的にされている方だと言ってなかったでしょうか?
それなら魔法が嫌いって訳でもない筈ですよね?
「本当は君を、王家の事情に巻き込みたくは無いのだが、王家が君を婚姻で縛ろうとしている以上、知らせずにはいられない問題になると思う。」
あれ?ドロドロお家騒動とかでしょうか?
王太子とシルヴェイン王子は、仲は悪くなさそうでしたけど。
「王家は、血統の他に魔力の強い王を望む傾向がある。基本的には正妃の長男が王太子になるが、その王太子の魔力が他の王子より劣る場合は、強い魔力を持つ妃を迎えて補うという考えもあって。」
そこでチラリとこちらを見たシルヴェイン王子。
色々と納得してしまいました。
「王太子殿下より、シルヴェイン王子の方が魔力が強かったり?」
これにシルヴェイン王子はこれまた仕方なくというように頷き返してきます。
だから、考えられないような王太子の2人目の妃になんて言う話しが出たんですね。
「最悪ですね。私がシルヴェイン王子と婚約なんて話しになったら、一波乱あります?」
ヒヨコちゃんの餌やりの手伝いに来た王太子とマユリさんの深刻そうな顔の意味がやっとしっかり理解出来た気がしました。
「・・・高確率で、面倒な事になる。」
やっと正直に打ち明けてくれたシルヴェイン王子ですが、出来ればもう少し早く色々知りたかったですね。
やらかし過ぎて今更証拠隠滅も出来ませんし。
「まあ、といった事情もあり、規格外の魔力持ちと予想されるレイカ殿を、私と婚約予定の令嬢ではなく、部下にしておいた方がファーバー公からの横槍がマシだろうと判断した。」
「・・・ファーバー公は、どちらかと言うと、王太子殿下の味方だったり?」
ここまで来たら遠慮なく掘り下げるつもりで口にすると、シルヴェイン王子が小さく息を吐いてから頷き返してくれました。
「味方というよりは、兄上は公に、私のようには敵視されていないだけのようだ。公は非常に複雑で難しい方なのだ。」
そう口にしたシルヴェイン王子の表情も複雑そうで、苦労人ぶりが見えるような気がしました。




