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「こんにちは〜。」


 病室の扉を開けて入って行くと、奥のベッドで身を起こしているケインズさんと側に座っているオンサーさんとリムニィ医師の姿が見えました。


 ケインズさんはあの後順調に回復していて、あと数日で病室を出られると聞いていました。


 そもそもあの日、予想外の魔獣の襲撃に遭って、毒持ちの魔獣の鉤爪を受けたケインズさんは、現場の治療師に傷口だけ修復魔法の促進を掛けられて騎士団まで運ばれて来たそうです。


 それから毒抜きと臓器側からの促進魔法の重ね掛けが効き過ぎたのか、丸2日高熱が続きました。


 その後は丸1日昏睡状態になって、しっかり目を覚ましたのは昨日の事でした。


 昨日の段階で、身体は疲労感があるそうでしたが、食欲もあり、痛いところもなく、状態も安定しているとリムニィ医師に診断されていました。


「あ、レイカちゃん。いらっしゃい。」


 リムニィ医師に言われて中に踏み込む事にします。


「オンサーさんもお見舞いですか?」


 座ってこちらをにこにこ見ているオンサーさんに話し掛けると、笑顔で頷き返してくれました。


「ああ、俺も元の怪我が実は酷かった判定で、今日まで休みだったんだ。」


「それはそうですよ。鉤爪こそ喰らわなかったけど、オンサーさんには尻尾の薙ぎ払い攻撃から庇って貰いましたから、酷かった筈です。」


 ケインズさんのじっとりしつつも申し訳なさそうな言葉に、オンサーさんはからっと笑いました。


「いーんだよ、そんなの。お陰で俺ら2人共助かったんだからな。何にしても、レイカちゃん様様だ。」


「えっと、でもちょっとやり過ぎちゃったみたいで、本当ごめんなさい。」


 ここは素直に謝っておきます。


 聖なる魔法の作用が強過ぎたようで、オンサーさんも空回りした促進魔法で熱を出したと聞いています。


 恐らくケインズさんの二日間の熱も一日分くらいはその可能性が高いんじゃないかとリムニィ医師には言われていました。


「そーよねぇ、本当。でも、あの場にレイカちゃんが来なかったら、ケインズくんは助からなかった可能性が高かったものねぇ。ケインズくんは感謝なさい。そして、レイカちゃんは反省なさいなぁ。」


「はあい!」


 元気よくお返事したところで、ケインズさんの視線を感じます。


 ケインズさんのベッドの側の席をオンサーさんが立って代わってくれます。


 腰を下ろしたところで、視線の合ったケインズさんが深々と頭を下げて、病み上がりなのにと慌ててしまいます。


「レイカさん、この度は本当にありがとうございました!」


「ちょ、ケインズさん、怪我人がお腹折り曲げないでくださいよ! あちこち臓器がヤバかったんですよ? またおかしくなったらどうするんですか!」


 こちらの静止に、ケインズさんは目を瞬かせてから、上体を戻してくれました。


「え? でも、腹には怪我してないよ?」


「いえいえ、内臓ですよ! 痙攣したり色おかしくなってましたからね! 本当、ゾッとしたんですから!」


 これにも、ケインズさんは困り顔になっています。


「うーん、でも今はどこも傷まないし悪くないんだよなぁ。何ならこれから走りに行っても大丈夫だろうって思えるくらいなんだけどなぁ。」


「いいえ、3日も寝込んでたんですから、ご飯もちゃんと食べれてない筈ですし、絶対ダメですからね!」


 ちょっと怖い顔を作って胸を逸らしてみせると、ふふっとケインズさんが笑いました。


 側でオンサーさんとリムニィ医師もにやにやしているのが目に入りました。


「そんなケインズさんには、レイカ特製の栄養価満点な筈の、ぷち病人食的おやつの差し入れです。」


 言ってカゴから例の焼き菓子とミルクを取り出します。


「あ、リムニィ医師せんせいスプーンってあります?」


 深みのある小鉢に入れて来たのは良かったですが、スプーン忘れてましたね。


「えーっとぉ、薬さじならあるわよ? 洗って持って来てあげるわねぇ。」


 何処かウキウキと歩いて行くリムニィ医師を他所目に、小鉢の中の焼き菓子を適当に手で割って、ミルクをかけていきます。


 フルグラ風シリアルの完成ですが、バターが入ってるので、少し油が浮くのが気になるかもしれません。


「ちょっと食べてみて、胃もたれしそうだったら残して下さいね。」


 リムニィ医師から受け取った匙を添えて手渡すと、ケインズさんが照れ臭そうな少しだけ崩れた顔で何処か嬉しそうにミルクに浸った焼き菓子を掬っていて、こちらもくすぐったい気持ちになります。


 つい食い入るように見つめてしまいましたが、ケインズさんはザクっとした食感に少し驚いた目になりながらも、黙って咀嚼してくれます。


 一口二口食べたところで、ふと目を上げました。


「何と言うか、甘くて美味しいけどザクザクもしていて、・・・粥みたいなものしか食べさせて貰ってなかったから、凄く美味しい。」


 そう感想を述べてから食べ続けてくれるのに、ホッとしました。


 これが美味しく食べられるという事は、本当に体調も回復して来ているということでしょう。


「それにしても、不思議な食感だな。こんなの食べた事がない。」


 そう言い出すケインズさんに、ふふっと笑ってみせます。


「レイカさんの故郷の食べ物?」


「に、近いかな? サラッと食べたい時の朝食とか、ミルクとザクっと粗挽き麦とか数種の穀物が入ってて栄養価が高くて、ドライフルーツと合わせると、熱変換され易い、つまり素早く元気が出る軽食みたいな感じかな?」


「へぇ、そうなのねぇ。レイカちゃんの差し入れはちゃんとケインズくんの事が考えられていたのねぇ。素敵ねぇ。」


 何故かリムニィ医師からのうっとりコメントが来て、乾いた笑いが浮かびました。


 ちょっと思い付いた試作だとは言えなくなってしまいましたね。


「ええと、気に入って貰えて良かったです。ケインズさんオンサーさん、実は正式発表はまだかと思うんですけど、第二騎士団ナイザリークで働かせて貰う事になりそうなんです。」


 2人は驚いたように身を乗り出して来ました。


「本当か? それは、今回の治療魔法の事で?」


 ケインズさんが気遣わしそうな顔になりました。


「まあ、それもあるって感じでしょうか。長く話し合われてた私の処遇に関わる事で、選択の幅を確保する為にも第二騎士団ナイザリークに在籍する事になって。でも、私としてはそれ以上に、第二騎士団ナイザリークで皆の役に立ちつつ、一緒に働きたいなとはずっと思ってたんですよね。」


 オンサーさんとケインズさんは何とも言えない懸念の滲む顔になっています。


「まあな、殿下が承諾されての事なら、色々考えて下さっているとは思うが、何て言うか、心配だな。」


 オンサーさんの深刻そうな台詞に、こちらも少しだけ顔が強張ってしまいます。


 やはり歓迎よりも心配なんでしょうか。


 と思ったところで、オンサーさんの難しい顔付きが崩れました。


「ま、でも。レイカちゃんも第二騎士団ナイザリークの一員になって、一緒に働けるのは悪くないよな?」


 優しい言葉でケインズさんに同意を求めたオンサーさんは、やはり良い人です。


「有難いし、俺は、嬉しいと思う。ただ、レイカさんが大変じゃないかとは思うけど。」


 ケインズさんからも優しい言葉を貰って、少しホッとするような気がしました。


 第二騎士団ナイザリークに残りたいと思うのは、かなり私利私欲に傾いた希望なので、せめて精一杯役に立つ仕事が出来たらと思っています。


「まあ、女の子が第二騎士団ナイザリークに入るのは初めてだものねぇ。ここは、2人がしっかり気に掛けてあげれば良いんじゃなあい? それが、今回の魔法治療のお礼代わりにもなるんじゃないかしら?」


 リムニィ医師からも肯定的な言葉を貰えて、前に向かう勇気が出たような気がします。


 消去法じゃなく、純粋に第二騎士団ナイザリークに残りたい気持ちが許されたようで、じんわりと心が温かくなりました。

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