125
「レイカさん、二つ目出来ましたよ!」
焼き窯の前で待機していたエスティルさんから再び声が掛かります。
こんがり香ばしい匂いと共に、先程よりも甘い香りが漂って来て、厨房の反対側で仕込み作業をしていた料理人さん達にもチラチラと見られているようです。
と、食堂の方で作業していた料理長が戻ったようで、こちらに向かってきました。
「さてさて、レイカ様の焼き菓子も良い匂いがしてきてますな。一つ味見などさせていただけませんでしょうかね?」
「勿論、是非お願いしたいですけど、素朴で地味な焼き菓子路線ですよ?」
王宮料理人ならもっと作り方の難しい技術の要る見た目もこだわったお菓子を作れるだろうと思うので、念の為言及しておきました。
あんまりガッカリさせたくないですからね。
と、料理長はふふっと笑いました。
「王族の方々にご提供する食堂ならともかく、こちらは庶民出の方も多い騎士様がたの食堂ですからな、見た目より物量と食感と味重視ですよ。レイカ様の試作菓子なら、思わぬ視点で面白いものが出来上がってるかもしれませんからな。」
「またまた、そんな期待されたら困りますよ。」
冷や汗かきつつ返したところで、料理長が焼き上がった粗麦とドライフルーツ混じりのクッキーもどきを鉄板から取り上げて、一口でパクリと口に放り込みました。
ザクっザクっと中々の咀嚼音が鳴って、料理長の顔付きが微妙になりましたが、それでもモグモグと口を動かし続けた挙句、鉄板からもう一つ取ってパクリ。
「・・・えっと。」
取り敢えず感想が欲しくて促してみると、二つ目をしっかり食べ切った料理長が一つ頷きました。
「うん、何だか食感が微妙? いや面白い? うーん、何とも慣れない感じなんですが。後味がこう、あー美味しかった次が食べたいとなるんですよ、不思議と。」
何とも形容し難い感想が来ましたね。
「え? それって褒めてるんですか? 微妙なんですか?」
エスティルさんが首を傾げつつ突っ込んでますが、同じく首を傾げたままの料理長に、思い切ったようにエスティルさんもクッキーに手を伸ばしました。
そして、料理長に似た食べ方をした挙句、やはり2枚目に手を伸ばして。
「で? 有りなんですか? 無しなんですか?」
ちょっと待てずに声を掛けてしまうと、2人は顔を見合わせました。
「私は、面白いから有りだと思います。」
始めにエスティルさんのジャッジが来てから、料理長も頷いています。
「うん、私も良いんじゃないかと思いますよ。ただ、もしかしたら何か改良の余地があるんじゃないかとか、追求したくなってきましたが。」
「え? 改良版、考えてもらえるんですか?」
粗挽き麦は、多分栄養価が高いんじゃないかと思うんですよね。
それに、便通促進とか、身体に良いイメージがあります。
でも、改良となると、やはり本職の料理人さんにお任せするのが一番でしょう。
「そうですねぇ。甘くない路線で、何か料理に転化してみるのも面白いかもしれません。例えば揚げるとか、カラッと炒って何かに掛けるとか。」
「良いですね!」
と、盛り上がったところで、ロザリーナさんや他の料理人さん達も興味津々の目で見ている事に気付いて、試食を勧めてみます。
ちょっと企んでる事もあるので、この焼き菓子は、騎士さん達へのお礼用とは別で数枚お取り置きしておきました。
「料理長、後でミルクをコップ一杯持ち帰っても良いですか?」
「ああ、構いませんが、ミルク入りの紅茶でもお飲みになるので? お支度しておきましょうか?」
「ううん、そうじゃなくて、ちょっと。」
濁しておきましたが、料理長は少しだけ疑わしそうな顔になっていましたね。
そこは気付かないふりで流しておくとして、最後のしっとりクッキーが出来上がる頃合いでしょうか?
あちらのご家庭用オーブンと比べると、直火焼き窯なので、焼き上がり時間が短いのは素敵です。
ただし、焼き窯に張り付いていてくれるエスティルさんがいて、焼き過ぎないように見張っててくれるからこそですけど。
自分でやったら見事に焦がしそうです。
魔石にタイマー機能効果の魔法付与して簡易タイマー作ってみるとかどうでしょう?
そんな事に使うな勿体無い、とか言われるでしょうか。
色んな分野に活用出来そうな魔石については、相場とか現行の使用用途とか調べてみようと思います。
「三つ目出来ました!」
元気よくお知らせしてくれたエスティルさんに皆が焼き窯を振り返ります。
こんがり狐色の表面滑らかなクッキーもどきは、見た目は三つの内で一番じゃないでしょうか。
調理台に下された鉄板に料理長がノリノリで一番に近付いて行きます。
「ほうほうこれは。綺麗に焼き上がりましたね。」
見た目感想に皆が頷いています。
「では、失礼して。」
言って口に運ぶ料理長に、皆さん真剣な目を向け過ぎです。
それ、普通の焼き菓子ですから。
途端に咀嚼しながら目を瞬かせる料理長。
「うーん、普通に美味しい焼き菓子ですね。」
ええ、ですから普通の焼き菓子だって言ってるじゃないですか。
皆さんがあれ?という当てが外れたような顔になってますよ?
「あー、口当たりが滑らか、かな? これは生地に少しだけミルクを足してましたか? 粉っぽさが抑えられてるような気はしますね。うん、普通に美味しい。」
「そうですね。この普通でちょっと美味しい感じが他の二つと食べるとホッとする要素になりませんか?」
こちらも一つ食べてみながら言うと、料理長がうんうんと頷いています。
「成る程、レイカ様はちゃんと狙って3種作ってたんですな。悪くないバランスだと思いますよ。これを貰った騎士さん方の反応がちょっと気になりますね。」
にこりと微笑ましげに答えてくれた料理長に、こちらもにこりと頷き返します。
「じゃ、ロザリーナさんとコルステアくんの焼き菓子も焼いてしまって、その間に袋詰め進めるね。」
そこから料理人さん達は解散していき、袋詰め作業開始です。
騎士さん達と料理長や料理人さん達の分、ロザリーナさんとコルステアくんの分、メイドさん達とハイドナーの分、余りはざっくりと詰めて持ち帰る事にしました。
そして、別に取り分けておいた焼き菓子を小鉢状の皿を借りて入れると、コップ一杯のミルクと共にカゴに入れて、持ち帰り準備完了です。
やって帰ろうと思っていた片付けは、料理長や料理人さん達に断固拒否されてしまいました。
また何か試作料理を作りたくなった際には、詳細を教えてくれて味見させてくれたらそれで良いとの事でした。
またお願いしますと恐縮されつつ頭を下げて厨房を後にしました。




