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 薄らと白く霞む視界に、バターとちょっとキツすぎるくらいの甘ったるい匂いが漂う空間で、叫び声と冷たいダメ出しの声が響いています。


「キャー、生地が手から離れませんの!」


「・・・だから、打ち粉って言われただろ? あーもう、ロザリーナ代わって。」


「まあ酷いですわコルステア様! レイカお姉様聞いて下さいまし。コルステア様ったら、わたくし一生懸命やっていますのに、役立たずみたいにやめさせようとするんですのよ!」


 飛び火してきたロザリーナさんとコルステアくんのやり取りに、隣で作業しているエスティルさんが引き気味です。


 厨房の片隅を借りて、先日の倉庫整理を手伝ってくれた騎士さん達にお礼のお菓子を作ることにしたんですが、偶々遊びに来ていたロザリーナさんが手伝うと言い出して、今の惨状に発展しています。


 貴族の女性は料理をしないと言っていたコルステアくんの言葉通り、ロザリーナさんはこれまで厨房に入った事すらなかったそうです。


 なので、物珍しそうにしていたのは良いとして、やってみたいといった生地を作る作業を手伝って貰ったのは、間違いだったかもしれません。


「コルステアくん、生地は親の仇じゃないから、そんな凄い目で睨みながら捏ねないで。呪詛掛かって物凄く不味い焼き菓子が出来上がりそうだから、ね?」


 そう思わず止めたくなるような目付きのコルステアくんは、不本意そうにこちらに睨みをくれました。


「こういう時、異世界転生聖女あるあるで、料理作ると回復魔法付加されてたりとかするじゃない? なのに、コルステアくんの呪詛付きだと、相殺されるかもしれないでしょ?」


「・・・あんたみたいに素直に下心満載な人間が作ったものに、そんな効果が付加されるようには思えないけど?」


 中々辛辣に返してきましたね。


 まあ、こちらも遠慮ない物言いになってますけど。


「はいはい。そういう特殊効果はマユリさんみたいに純粋に神様に招かれた人にお任せしますよー。とはいえ、せっかくお礼で配るのに不味いのはダメでしょ。なので、真面目にせめて食べられるレベルには仕上げたいです。そして、出来たて効果で誤魔化す! という訳で、頑張るよ!」


 気合いの入ったところで、ロザリーナさん達とは別に仕上げた生地を伸ばして行きます。


 生地にはベタベタ触り過ぎず、ささっと伸ばして型を抜きますよ。


 因みに型は無難な花型と片羽を広げた鳥の型を選びました。


 鳥型はヒヨコちゃんのイメージで、騎士さん達にもウケそうです。


 生地は種類の違う麦をブレンドして3種類作っています。


 図書館で借りた料理本を参考に、サクッと食感やしっとり感が出るかもしれないと思った数種の麦を、組み合わせや配合を変えて試作してみています。


 焼け具合、食感、味で満足の行くものを今後の為に模索するのと、こちらの人達の舌に合うものをリサーチするのも目的ですね。


 お礼とか言いつつ、しっかり試食に付き合わせようとしているのは、気の所為です。


「レイカさん、一つ目焼けました!」


 エスティルさんが言いながら焼き窯から鉄板を取り出しています。


 と、甘く香ばしい匂いが漂ってきます。


「まあ、良い匂い! きっと物凄く美味しいですわ!」


 途端にロザリーナさんから夢見るようなうっとり顔で感想が返って来ました。


「コルステア様! わたくし達も頑張りましょう? わたくし達が心を込めて作った美味しいお菓子を早くレイカお姉様に食べて頂きたいですわ! きっと美味しく作りますわね、お姉様!」


 キラキラ笑顔のロザリーナさんにコルステアくんが隣で密やかに溜息を吐いていましたが、何も突っ込まなかったコルステアくん、大人ですね。


 その調子でロザリーナさんと仲良くして欲しいものです。


 と、早速味見してみた所謂クッキーですが、焼き立て効果もあるのか、素朴で香ばしくてほんのり甘い、中々のお味に焼き上がっています。


「お砂糖控えめだなと思いましたけど、あっさりしてて、これはこれで良いですね! 騎士団の男性に差し上げるなら、このくらいの方が喜ばれるかもしれません。」


 頷きながら試食してくれるエスティルさんの掴みも悪くなさそうなので、一つ目は有りの方向で行こうと思います。


「こっちの粗挽き麦混じりの生地はドライフルーツを混ぜてと、咀嚼回数を上げて食べ応えを感じるものにするでしょ。」


 二つ目はというわけで、型抜きをせずスプーンで一口大に掬って鉄板に落として行く作業になるので、焼きに掛かるまでの時間が掛からない利点がありますね。


 エスティルさんに焼き窯に突っ込んで貰って、次に掛かります。


「それで、最後のしっとり滑らか生地は、手触りも最高ですけど、型抜きはコツが要りそうですね。」


 エスティルさんに言われて、にこりと笑みを返しておきます。


「コルステアくん、ボールに氷が欲しいんだけど。」


 生地との戦いを終えた様子のコルステアくんに声を掛けます。


「は? 氷?」


 これをあてにして、コルステアくんのお手伝いの申し出にこっそり拳を握って許可を出したんですが、ここはさり気なく行きますよ?


「うん、小さい氷をボールに半分くらい作ってくれると嬉しいかな。」


「・・・作ってくれると嬉しいかなって、まさか魔法でとか言う?」


 流石の察しの良さですね!


 にこにこと頷いておきますよ?


「あんたさ、笑顔で頼めば何でも叶えられるとか思ってる?」


「え? お姉ちゃんたっての頼みなのに、ケチケチしないよ? ウチで一番魔法得意なんでしょ?」


 きちんと持ち上げる事も忘れませんよ。


「・・・言っとくけど、ウチ一番は間違いなくあんただからね?」


「・・・何言ってるんだか、氷魔法はレイナードから引き継いでないから使えないの。」


 再確認するようにそう言及しておくと、コルステアくんがこっそりジト目を向けてきつつ、溜息混じりに手を振り上げました。


「氷の礫。」


 短い呪文と共に、空きボールにガラガラと氷の粒が降り注ぎます。


 何だかんだと、やはり有能な弟ですね。


「ありがと!」


 素直にお礼を言うと、肩を竦められました。


「言っとくけど、訓練場でシルヴェイン王子殿下と魔法対戦した時に、水と氷魔法使ってた事は、塔でも把握されてるからね。」


 そう言われて初めて、レイカ入りのレイナードとして使った魔法が指先バーナーだけじゃなかった事を思い出しました。


 雷雲作るのに氷の塊、確かに出してましたね。


「あ、そうか。うーんと、意外と広分野モーラしちゃってた? でも、調子に乗って使ってると、どこまで出来るのって調べられそうだよね?」


「そーですね。まあ、その気がないなら、極力使わない事だね。」


 コルステアくんの言う通りですね。


 これは、なるべく聖なる魔法中心で極めたいからとか言って、他の魔法の使用は控えてますってスタンスを取った方が良いかもしれません。


 というわけで、せっかく出して貰った氷を有効活用する事にしようと思います。


 最後の滑らか生地は氷で冷やしつつ、素早く型抜きを済ませていきますよ。


 大量調理用の大きな鉄板なので、作った一つの生地分が一度で焼けてしまうのは嬉しいですね。


 3種とロザリーナさん達の作ったものを焼いて終了です。


 二つ目が焼き上がる前に、一つ目の焼き菓子を鉄板から外して冷ましておくことにしました。

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