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背もたれに背を預けてヒヨコちゃんとコルちゃんに手を伸ばそうとしたところで、シルヴェイン王子の咳払いが聞こえました。
見返した先のシルヴェイン王子は、まだ何処か緊張した空気が抜けていないようです。
「ところで、先程の神殿から来た研究者の事だが。どんな思惑で君に近付いて来たか分からないから、極力関わらないで欲しい。」
王家としては、神殿に聖女を取られたくないって事でしょうか?
「それは、お約束出来ません。私は殿下の事は信用してますけど、他の王族の方とか上層部の方達の事は今回の事からも全く信用出来ないと思ってます。」
「だがそれでは、君が気付かぬ内に神殿に取り込まれているという事態にもなりかねない。その上、その事実はなくともそう疑われてこちらの強硬派が強行策に出るかもしれない。」
成る程、本当に面倒臭くなって来ましたよ?
「それじゃ、あの研究者と会う時は、殿下も一緒して下さい。誓って彼をツテに神殿と仲良くなろうとか思ってませんし。ただ、聖なる魔法の開拓の手助けだけして貰うつもりですから。」
途端に、シルヴェイン王子は渋い顔になりましたが、逆にちょっと思い付く事がありました。
「それにですね。この状況を逆手に取って、ちょっと揺さぶり掛けてみましょうか? エセ賢者に。」
「なっ!」
シルヴェイン王子は険しい顔になって唸るような声を上げました。
「ダメだ、危ない。」
かなり低い苦しいような声になったシルヴェイン王子ですが、ということは効果がありそうな作戦ってことじゃないでしょうか?
「あのですね、殿下。エセ賢者の件が片付かないと、私の平和な暮らしはいつまでたっても実現しないんですよ。私、いつまでも怯えて暮らすつもりありませんよ?」
途端に、はあと大きな溜息を吐かれました。
「調査は徐々に進んでいる。だが、進めるにつれて、恐らくと見えて来た黒幕が下手に触れない相手だと分かった。決してそのままにするつもりはないが、慎重に手を回して証拠を掴んで確実に葬るべく動いている。今は下手に刺激しないで欲しい。」
それに、今度はこちらが深々と溜息を吐いて返しました。
「つまり、それだけ私って危険って事じゃないですか。殿下、私こっそり色々保身対策しといて良いですか?」
「保身対策?」
細かくはじっくり考えるとして、まず大きいのだけ許可取っておきましょう。
「契約待ちしてくれてる魔人と、こっそり契約結ぼうと思います。」
言い切り型にしましたが、これはシルヴェイン王子を信じて明かしておくことにしようと思います。
案の定、苦い顔で言葉を無くしたシルヴェイン王子ですが、その間もじっくり検討してくれてるようです。
「ダメだと言っても、止める術はないのだろうな。それに、気は進まないが、確かに君の身を守る事を考えるならば、誰にも知られずに契約をしておけば、切り札に出来るかもしれないな。」
指人形との契約は、こちらにとっても賭けですからね、するとは言ったものの慎重に結論を出すつもりです。
「いざとなった時、今の状態と契約している状態のどっちが有効か、取り敢えず本人に相談してみます。」
「何? 契約待ちの魔人本人に? それ程会話が成立するものなのか?」
このシルヴェイン王子の反応を見る限り、指人形は普通の魔人とはそもそも色々と規格が違いそうですね。
それはもう、魔王の器に入ったレイカ専任ですから、そういうものなんでしょう。
「あの子、私の専属らしいですから。」
それだけ言って、へらっと笑っておく事にします。
シルヴェイン王子は遠い目になって小さな溜息を吐いたようでした。
シルヴェイン王子、お母さんの事件や兄王子達の問題にレイナードやレイカを抱える羽目になったりと、割と苦労性なのかもしれません。
少し気の毒になりましたが、騎士団の訓練での俺様な様子を思い出して、まあ簡単に潰れるキャラでもなさそうなので、これからも縋らせて貰おうと思います。
いつかきちんと恩返ししますので、それまでお世話になりますね。
という訳で、親愛を込めてにこりと微笑み掛けてみました。
「・・・取り敢えず君は、その可愛い作り笑顔を色んなところで振り撒くのを止めるんだ。」
少しブスッとした口調で言われて、えっと見返してみると、少し横向けた顔の頰が僅かに赤くなっているようないないような。
「えっと? 作り笑顔って・・・、まあ作ってますけど? 受け側の印象良くするの、大事じゃないですか? 接する相手に嫌われるより好かれる方が良くないですか?」
こちらもちょっとムッとして返すと、シルヴェイン王子がギョッとしたようにこちらを振り向きました。
「あ、いやそうじゃなくてだ。その、君がレイナードだった頃もそうだが、無闇やたらと笑顔を振り撒くと、誤解する者もいる。」
「作り笑顔が良くないってことですか? 無愛想にしているよりは、良いかと思いますけど?」
これまた意味が分からなくて不満そうに首を傾げていると、シルヴェイン王子は手の平で顔を覆ってしまいました。
「そうじゃない。ランバスティス伯爵家の者達は、美形揃いだ。だから、自衛の為に、彼らは滅多に笑顔を見せない。」
「えっと? それは好意があるって誤解されるからですよね? でも作り笑顔って分かってるなら、問題なくないですか?」
更に首を傾げていると、深々と溜息を吐かれました。
「人は、自分に都合良く解釈する生き物だ。」
「えーと、じゃあ誤解されそうな人には笑い掛けないんですか? それって自意識過剰じゃありません? かなり感じ悪いですよ? 円滑なコミュニケーションの為にはにっこりよそ行き作り笑顔って大事だと思います。」
やはり納得出来ずに返してみると、シルヴェイン王子も口元をムスッとさせたまま、こちらを真っ直ぐ見返して来ました。
「とにかく、私の為にも極力やめて欲しい。」
「はい? 殿下は作り笑顔だって分かってて誤解しないでしょうから問題ないでしょう?」
本当に訳が分からなくて問い返すと、また何かを我慢するような咎めるような目が返って来ました。
「誤解したくなるから止めろと言っている。他の奴に誤解されてる君も見たくない。」
言いながら少し顔を寄せて圧のある視線を向けてくるシルヴェイン王子に、ちょっとびっくりしてしまいました。
「え? 殿下の神経散々逆撫でしたレイナードが女性化したこの顔ですよ? 基本ベースは変わってないと思うんですけど、意外と好みでした?」
途端にガクッと頭を落としたシルヴェイン王子に目を瞬かせていると、疲れた顔付きで顔が上がってきました。
「美醜の価値観が違うのか? いや、問題はそこじゃない。お前は、一度じっくり鏡を覗き込んで来い!」
あれ、久々に肩を怒らせた鬼モードのシルヴェイン王子ですね。
「はあ。レイナードさんになってから女性化する前から毎朝、今日も無駄に綺麗ですねーって眺めてましたけど?」
「ああ、本当に中身は変わってないんだな? あのレイナードのままなんだな?」
何か打ちのめされたようなシルヴェイン王子の言葉には、複雑な気分になってしまいますね。
だから、一月前から中身はレイカだって言ってある筈なんですけどね。
「逆に、何を期待してたんですか?」
つい口にしてしまうと、シルヴェイン王子はぐっと言葉に詰まったように苦い顔で黙ってしまいました。
何だろ、失礼な人ですよね?
「とにかく、私の前以外では愛想笑い振り撒き禁止だ! いざ仮にも婚約して守ってやろうとしても、君の方に良からぬ噂でもあっては面倒だ。」
語気荒く言い切ったシルヴェイン王子ですが、本音と建前がよく分からない混ざり方になっているようで、解析不能ですね。
ここは大人しく言う事聞いておこうと思います。
「はーい。いのちづ、保護者様の言う通りにしまーす。ノーモア誤解、隠し玉の婚約資格死守ってことで。」
口にした途端に、シルヴェイン王子は眉を寄せてふいと横を向いてしまいました。
やっぱり、いざという時の仮初のものでもレイカとの婚約は嫌なんでしょうか。
王家とお兄さん王太子の為にと割り切っていただけに、ちょっと抵抗があるのかもしれませんね。
なるべくご迷惑掛けないように解決出来れば良いんですが。
明日からはもう少しシルヴェイン王子の胃に優しく、大人しくしていようと思います!




