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思考の海に沈むように考え込んでいるシルヴェイン王子に手を引かれるまま向かった先は、兵舎の会議室の一つでした。
因みに、何処へ行くにもヒヨコちゃんとコルちゃんも一緒にトテトテ付いて来ています。
その姿にすれ違った第二騎士団の皆さんの目尻が下がっているのに和みつつ、閉まった会議室の扉にひっそりと溜息を漏らしました。
「済まない、少し込み入った話しになるのでこれを使わせて貰う。」
宣言するなりシルヴェイン王子がコロンと石を取り出して会議テーブルに置きました。
途端にふわりと広がり出す結界には、いつか見たヒヨコちゃんの卵に掛けられていた目眩しの魔法のように文字が外周に絡み付いています。
「あの、その石ってどういう仕組みですか? 魔法を予め仕込んでおく魔石みたいなものですか?」
「ああ、魔石の仕組みは知らなかったか?」
キョトンとしたように言われて素直に頷き返します。
「魔力を含んだ魔石は、結界魔法を張る時などの補助媒体として使う他、魔石に予め魔法の言葉で呪文を刻んでおいて、魔力を流すことで発動させる事が出来る。」
シルヴェイン王子の説明を聞きながら刻まれた文字に目を凝らしてみると、防音と刻まれているのが見えました。
盗聴防止ってことでしょう。
シルヴェイン王子は石から広がった結界が室内を包んだ事を見渡して確認してから、こちらに目を向けました。
「座って話しをしよう。」
隣の椅子を指して言われて、反対隣にヒヨコちゃんとコルちゃんを乗せてから、座ることにします。
その間、隣の椅子に座ったシルヴェイン王子は難しい顔のままです。
「先程、兄上とマユリ殿が見えたそうだな。その時、何か聞いただろうか?」
慎重に問い掛けて来るシルヴェイン王子に、思わず苦笑いしてしまいます。
「ええと、シルヴェイン王子の事をどう思ってるかとか、将来を考えてどうとか言われましたね。物凄く余裕の無さそうな様子で。」
ここは事実を包み隠さず話しておく事にします。
「・・・そうか。」
瞳を揺らして言うシルヴェイン王子が少し気の毒になったので、コルステアくん情報も明かしておく事にします。
「因みに、その後コルステアくんから私の処遇について、今どんな話しになってるか、お父さん情報を聞きました。」
「・・・そうか。」
今度は深々と溜息付きでした。
「済まない、君にとっては不快な話しだっただろうな。」
そう本当に済まなさそうに言ってくれたシルヴェイン王子には、頷き返しつつもちょっと好感度が上がりました。
「よくも碌でもない上から目線の三択を用意してくれたものだと思いますよ?」
深い溜息と共に視線を下げたシルヴェイン王子がちょっと可哀想になりますね。
「えっと、取り敢えず王太子殿下にはマユリさんと幸せになって欲しいですし。そういう意味でシルヴェイン王子にご迷惑をお掛けするのはちょっと申し訳ないですし。」
ここは言葉を選んで否定しておくことにしますよ?
「兄上とマユリ殿の事を今更蒸し返してあんな案が出されるとは思わなかった。せっかく纏まったと思っていたのに。」
苦いシルヴェイン王子の口調に、2人が婚約するまでには色々苦労があったのだろうと察しが付きました。
「あちらの世界では、婚姻とは自由恋愛の末に結ばれるものなのだそうだな。」
言い出したシルヴェイン王子を驚いて見返してしまいます。
よくご存知で。
「マユリ殿が兄上と婚約する前に、散々そんな話しをしておられるのを聞いた。」
成る程です。
それを覚えていてこちらに当てはめて考えてくれるとは、やっぱり根は良い人なんですよね、シルヴェイン王子。
「殿下にとっては、結婚は仕事と務めの一種ですか?」
なので、ついそう問い掛けてしまいました。
「まあ、そうだな。兄上とマユリ殿のことを支持した以上、私には選択肢はなくても良いと思っていた。せめて私くらいは国の為に必要な女性と結婚して兄上達を支えていこうと。」
少しこちらの反応を伺うような言いにくそうな返事でした。
「立派ですね、殿下は。まあ実際そういうことって、正解を見つけるのが難しい問題だと思います。」
恋愛結婚だからずっとうまく行くとも、政略結婚だから全ての夫婦が冷め切っているとも、先の事は言い切れないと思うんですよね。
特に国を背負っていく人達ですから、感情論とは別のところも存在しなきゃいけないでしょうし。
大変ですね、正直そういうのには巻き込まれたくないです。
とはいえ、もしもどうしようもなく身動きが取れなくなったら、お願いするならシルヴェイン王子にでしょうね。
「あのですね。失礼は承知の上なんですけど、殿下がそんな風に割り切っておられるのなら。もしも、進退窮まったら一時凌ぎでも、婚約とかして貰えたりとかしますか?」
自分でもかなり失礼なお願いをしているとは思うんですが、他に頼れる先がなければやっぱり命綱様に縋りたいじゃないですか。
「・・・勿論だ。だが、レイカ殿は他に憎からず思う者がいるのではないか? そうなれば、その者とのことは諦めて貰わなければならなくなる。それを割り切れるだろうか?」
じっとこちらを窺うような視線を向けられて、きょとんと目を瞬かせてしまいます。
「その、昨日はケインズの為に、隠すと決めていた筈の魔法を躊躇いなく使っただろう? 深夜まで魔法の重ね掛けをして付き添って。」
シルヴェイン王子が何を言いたいのかが分かって来ましたね。
「ああ、えっと。ケインズさんは、第二騎士団でのお兄さんですから、レイナード時代にも散々お世話になってますし。身内的な大事さがあって、だからついやっちゃいましたけど。」
恋愛感情はないですよ、って何でこれ問い詰められているんでしょうか?
確かに、個人的にはケインズさん中身も外身もイケメンだと思ってますけど。
それは、シルヴェイン王子もですけど、これはちょっと言えませんね。
「・・・そうなのか。」
少しだけまだ疑うような視線を向けて来つつ、ホッとしたように表情が解れているのは何故ですかね?
まあ、将来的に結婚の可能性がある相手に他に恋人がいるかもしれないっていうのは、気分の良いものではないのでしょうね。
「えっとまあ、今のところ新たな恋愛の予定はありませんし。まあ、あんまり具体的に色々心配するのやめましょう。もしも殿下とそういう事になったら、私も腹括りますから、ね?」
宥めるようにそう話してこの話題を離れる事にしたいと思います。
そんなこちらの気持ちを察したのか、シルヴェイン王子はふうと溜息を吐きました。
「一先ず、今回の話しを聞いた君は、私との話しを検討中だとそういう事にしておく。それでいいか?」
「はい。王太子殿下とはあまり面識もなく、レイナードとの間の過去の色々を考えても、王太子殿下とのお話しはお受けしづらいとお断りしておいて下さい。」
ここはしっかり言及しておいて貰いましょう。
「分かった。」
シルヴェイン王子の返事で一先ず方向性は決まったという事で、漸く肩の力が抜けました。




