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「おはようございまーす。」
医務室をこそっと覗いて控えめな声で挨拶してみると、処置室にいた皆に一斉に振り返られました。
「レイカちゃん!」
立ち上がって返してくれたのは、オンサーさんでした。
昨日、無理やり聖なる魔法の促進を掛けてから高熱を出して寝込んでしまったと聞きましたが、今朝は元気そうな様子で安心しました。
「オンサーさん、もう大丈夫ですか?」
一先ずそう訊いてみると、笑顔が返って来ました。
「ああ、ありがとうな! ちょいと効果が強過ぎて寝込んだけどな、今朝はもうすっかり全快だ。レイカちゃんの魔法は本当凄いよな、ずっと調子の良くなかった肘の痛みまで完全に良くなったからな。」
絶賛して貰えましたが、ちょっと複雑な気分ですね。
やり過ぎた感は全くなかったんですが、出血に動揺して力が入り過ぎていたのかもしれません。
となると、ケインズさんはどうなってるのか心配になって来ました。
「へぇ、彼女が例の聖女様?」
と、聞き覚えのない声が聞こえて、誰か部屋の奥からこちらに向かって来ます。
途端に咳払いが聞こえて、ひょっこりとその後ろから顔が覗きます。
「あら、レイカちゃん。昨日は大変だったのに、もう大丈夫なのかしら? こっちへいらっしゃいな、診てあげますからねぇ。」
リムニィ医師ですが、激しい目配せ付きで何か訳ありな様子でチラチラこちらに向かって来る人を意識して見ているようです。
「ほら、力加減分からなくて倒れ掛けたでしょう? 本当心配だわぁ。」
心底案じているようにパチパチしながら言ってくるリムニィ医師ですが、ここは合わせろって事だと思います。
あれだけ聖なる魔法やらこっそりその他の魔法やらを行使して、まだ余力有りだと他所で知られるのは良くないのかもしれません。
確かに、体力的には深夜までだったので疲れた感はありましたが、魔力はまだまだ底が見えた感じはありませんでしたね。
「えっと、ご心配お掛けしました。お陰でちょっと怠くて寝坊してしまいました。」
頑張って合わせつつ、近付く人を避けてリムニィ医師の元に向かいますよ。
透かされた昨日の神殿の治療師に似た格好の男が苦笑いするのを他所目に、リムニィ医師のところまで行くと、椅子を勧められた挙句、頭をよしよしと撫でられました。
「昨日は本当にお疲れ様ね。無理させちゃって悪かったわ。お陰で、オンサーくんもすっかり良くなったし、ケインズくんも山は越えたわよ?」
「ケインズさん、どうですか?」
具体的にどうなのか心配で身を乗り出してしまうと、リムニィ医師に苦笑されました。
「まだ熱は高くて病室で寝てるけど、病状は落ち着いてるわ。今朝一度目を開けたし、朦朧としてたけど、あれなら一先ずもう大丈夫よ。」
その言葉にホッとしました。
非常事態だったとはいえ、素人が横から割り込んで無理やり俄か仕込みの魔法を使った状態だったので、本当に大丈夫だったか凄く心配だったんです。
「良かった。」
肩を上げて大きく息を吐きながら零すと、リムニィ医師にはまた苦い笑みを貰いました。
「もう。今度から、いくら心配でもいきなりあんな事始めちゃダメよぉ? 殿下も心配なさってたし。団長としては部下を助けてくれて有難いって気持ちはあったみたいだけど、貴女の事も凄く心配なさってたのよ? 分かってあげて?」
その先程の男を意識しながらの発言に、何やら仕込みの気配を感じますね。
これには、曖昧に笑っておく事にしましょうか。
「あはは、そうですか?」
流したこちらに、リムニィ医師が少しだけジト目を向けて来ましたが、気付かないふりをしておこうと思います。
とここで、処置室の扉が開いて、シルヴェイン王子が慌てた様子で入って来ました。
「リムニィ、レイカ殿。」
2人の姿を確認したシルヴェイン王子は少しだけホッとしたような顔になりました。
「リムニィ、ケインズの様子は?」
こちらに歩いて来ながら無駄なく問い掛けて来るシルヴェイン王子ですが、視線は真っ直ぐこちらに向いていて、目が合うと少しだけ困ったように微かに微笑まれました。
「レイカちゃんにも今話してたところですよ。今朝一度目を覚ましましたし、熱はまだ高くて朦朧としてますけど、山は越えたとみていいかと思います。」
「そうか。では、ケインズの事は引き続き頼む。レイカ殿、これから少し良いだろうか? 場所を変えて話しをしたい。」
何となくそう来るだろうとは思っていたので、立ち上がって頷き返します。
「あ、王子殿下。済みませんが、聖女殿に私も少しだけお話しがありまして、先に少し宜しいでしょうか?」
ここで割り込んで来たのは、先程から避けられ続けていた神殿の関係者っぽい男性です。
途端にシルヴェイン王子が苦々しい顔付きになりました。
「えっと、どなたですか?」
仕方なく問い掛けてみると、男はにこりと微笑み返して来ました。
「私、リデイン神殿の神官フォーラスと申します。神官という肩書きですが、私少しだけ聖なる魔法が使えましてね、治療師としては役に立たない程なんですが、微力ながら聖なる魔法の研究を行っています。聖女殿、貴女の弟君のコルステア殿とも親交があります。」
言われて、あっと気まずい気分になりました。
案の定、シルヴェイン王子の冷たい視線がフォーラスさんに刺さっています。
コルステアくん、早速この人に連絡を取ってくれたのかもしれません。
ですが、その事をシルヴェイン王子のいる前で話すと、コルステアくんと2人お説教されそうなので、曖昧に笑って誤魔化す作戦でいこうと思います。
「あ、そうなんですね? 聖なる魔法を研究されてる方とか、いらっしゃったんですね? いつかまたお時間ある時にお話しさせて下さい。コルステアくんを通してまたご連絡しますね?」
と、シルヴェイン王子は何か察したのかこちらにもじっとりした目を向けてくれました。
お説教、免れないでしょうか。
「そうですね。膨大な魔力持ちの聖女殿、ですか。何処もかしこも確保に大忙しでしょうね。まあ、私には関係のない事ですが。聖なる魔法についてはそれなりに詳しいと自負しておりますから、何かお困り事がありましたらご相談に乗りますよ?」
食えない口調で締め括ったフォーラスさん、喧嘩でも売りたいんでしょうか?
シルヴェイン王子の凄い睨みが行きましたが涼しい顔ですね。
「はいはい、何だか勝手に色々期待して下さってるみたいですけど。憶測で物事測ってると、いつか予想外の痛い目見るかもしれませんよ?」
これはフォーラスさんに限らずですけどね。
と、フォーラスさんがそれに目元を緩めてふふふと笑いました。
「成る程、これは面白くなりそうですね。では聖女殿、また改めて。」
芝居がかった仕草で頭を下げたフォーラスさんに、シルヴェイン王子は口元を苦くして睨み付けたまま、そっとこちらの手を取って退室を促して来ます。
それには大人しく従う事にして、フォーラスさんに頭を下げ返して扉に向いました。




