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宿舎側の入り口が見えて来たところで、ブスッとした表情で待ち構えているコルステアくんが見えて、思わず方向転換したくなってしまいました。
「お帰り。」
これまた不機嫌そうに、ですが律儀に挨拶してくるコルステアくんが何を考えているのやら、不明ですね。
「えっと、おはよう?」
こちらも微妙に噛み合っていない挨拶を返したところで、ぎんと睨み返されました。
「あんたさ、自分の首絞めるの、趣味なの?」
冷たいお小言が降って来ますが、嫌味調ながらこれは心配してるってことだと思います。
本当、可愛い弟ですよ。
「ん? 何のことかなぁ?」
惚けてみることにしましたが、途端に返ってきた氷点下な視線に、肩を縮めました。
「あーはい。ごめんなさい。お姉ちゃんのつまらない冗談ですー。昨日のあれですよねぇ、あはは。」
この弟、強いですね。
「・・・王子様と口裏合わせたの?」
「うん、重複期間に開拓したものは引き継がれたって事にしようかって。」
聖なる魔法じゃない魔法を昨日使った件についてですね。
「ふーん。まあ、大騒ぎになってるからね。自覚あるよね? で?取り敢えず王子様と婚約して守って貰うの?」
このコルステアくんの発言にはむっとしてしまいますね。
何で当事者が知らない情報、当たり前みたいにこの子が知ってるんでしょうか。
「父、締め上げる。」
怒気の篭った口調でボソッと溢してしまうと、コルステアくんの眉がぴくりと上がりました。
「あんたの周り、過保護だからね。独自の情報網、持った方が良いよ。」
「うん、コルステアくん、宜しくね。」
可愛く微笑んで言ってみせると、途端に溜息を吐かれました。
「面倒くさ。何で僕が?」
「え? だって、他に誰かいる? 超有能で家一常識人な弟が近くにいるんだから、そりゃ、そこを頼らずして誰を頼るのよ?」
真っ直ぐ絶賛してみせると、コルステアくんがぷいと横を向きました。
その頰が実は赤い事、知ってますからね。
「あっそ。」
素っ気無いフリのお返事が可愛いですね。
「その代わり、あんたの結界魔法の解析と、新しい結界魔法の開発、・・・付き合っ、付き合えよ!」
ツンっぷりが発揮された照れ隠しの命令口調が、これまた可愛いですが、口元が緩まないように注意ですよ。
「い、いーわよ?」
何でもないように答えたつもりですが、何かじっとりした目を向けられた気もします。
というわけで、誤魔化しに掛かっておきますか。
「あ、そう言えば。ヒヨコちゃんのお母さん、飛行訓練始めたんだよ。巣立ちが見えて来たね。」
「ふうん。マニメイラさんがまた騒ぎそうだな。」
乗って来たコルステアくんも、その話題から離れたかったようです。
「マユリさんがね、ヒヨコちゃんの餌やりに付き合ってくれるつもりだったみたい。さっき王太子と一緒に来ててね。」
「・・・焦ったんだろうな。」
じいっとコルステアくんを見返してみると、肩を竦められました。
「これから朝食なんだろ? 食べながら父上から聞いた話しするから。」
成る程、今日のコルステアくん、父からの伝言係だったんですね。
という訳で、部屋に戻って朝食にすることになりました。
今日の担当メイドさんのカドラさんが給仕してくれて、部屋で向かい合わせで食べ始めた朝食ですが、コルステアくんのあまりにあまりな話しに、思わず吹き出しそうになりました。
「はあ?」
「だから、“神々の寵児”が降臨して聖女になったランバスティス伯爵の子供は、国にとって絶対確保が必要な存在だってこと。伯爵家の娘ということにするにしても、それだけじゃ弱いから、王家に縛りたいんだろうね。」
それが、王子との婚姻という話しに繋がるらしいです。
が、その方法が中々にエグいんですよ。
「あのさ、だからってちょっとないよね? まだシルヴェイン王子と結婚しろって言うなら百万歩譲ってありかもしれないけど、何で王太子の2人目の奥さんとか、マユリさんとの婚約は破棄するとかいう話しになる?」
その三択に絞られつつあるという話しを聞いての反論です。
じっとり苦い口調で返すと、コルステアくんには半眼を向けられました。
「それが、昨日のあんたのやらかしの所為だって言ってるの。神殿の高位治療師が治せないような怪我人さくっと治して、しかも聖なる魔法以外も使えるらしいって。その上、魔獣も手懐けたり、聖獣化したり? そんな規格外な聖女様、何処を探してもいないからね? それで尚且つ外がわの血筋としては間違いなくランバスティス伯爵家の者って事で、将来の王妃としてもあんたの方が相応しいんじゃないかって意見がで始めてるらしい。」
それで、王太子とマユリさんが焦って朝から突撃ヒヨコちゃんの餌やり、とか始めようとしたんですね?
本当に迷惑な話しです。
「いやいや、王太子に絡む件は瞬時に却下の方向で。2人目の奥さんとかにされそうになったら、全力で国外逃走図るからね! 大体、王家も欲張り過ぎ! そんなことしてるとマユリさんにまで逃げられるよ? 思い詰めた王太子と2人で駆け落ちでもしたらどうするつもりなんだろうね?」
「王太子殿下が駆け落ちって、それはないでしょ。」
呆れたように言うコルステアくんですが、王太子の人となりが分からないので、何とも判断出来ないとこですね。
「うーん、だからってシルヴェイン王子にっていうのも何か違うよね?」
「まあ、ウチのおねーさまがシルヴェイン王子と結婚ってことになるのも、色々難しい問題があるみたいなんだよね? マユリ様よりあんた明らか聖女としての能力高いし。父上の娘だし、でも感覚的にもこの国出身の貴族とは言えないでしょ? 知識も思想や思考とかも。それじゃ王太子殿下やマユリ様を支える第二王子の奥さんにはちょっとね、となる訳だね。」
成る程、それで一番無難そうなシルヴェイン王子との話しも進まなかったんですね。
「うーん、じゃどうなるの?」
「だから、連日議論されてるみたいだけど話しが決まらないみたいだね。」
誰からも処遇の話しが降りて来なかったのは、そういう事情があったんですね。
「それって本当はさ、2人目の聖女とか、国としてはありがた迷惑だったんじゃないかな?」
保身の為にも色々考えてしまいますね。
「それこそ、そこは考えても不毛でしょ? だけどね、あんたを手放すつもりはさらさら無いだろうから、王太子殿下が嫌なら、早いとこシルヴェイン王子殿下と話し付けた方が良いんじゃない?」
「・・・・・・」
こればっかりは、即答したくないですね。
シルヴェイン王子自体は、ちょっとドSでパワハラ気味ですが、人は悪くないと思ってますし、レイカと発覚してからは特に丁寧に女子扱いしてくれてますが。
だから政略的結婚に納得出来るかと言うと、かなり微妙です。
恋愛結婚が主流のあちらから来た身としては、抵抗感がかなりありますね。
そして、今ちょっと恋愛したい気分でもないので、恋愛的な意味で誰かと歩み寄りたい気持ちにもならないんですよね。
「はあ、面倒臭いなぁ。」
不貞腐れ気味に溜息混じりに漏らすと、コルステアくんが肩を竦めました。
「でも、国家は敵に回すものじゃないでしょ? 何処かで諦めた方が良いんじゃない?」
「・・・まあ、考えときます。」
結局、無難に返事をしてコルステアくんとの話しは終わりました。




