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サクッとヒヨコちゃんの餌やり済ませて、面倒な臭いのする王太子の話しを聞こうと思っていたんですが、今朝に限ってお母さんの動きがいつもと違います。
低空を旋回しながら、中々広場に降りて来ず、ヒヨコちゃんが焦れてピヨピヨ鳴いています。
見覚えのないマユリさんの存在に警戒しているのかとも思いましたが、最近は交代で付いてくれてた隊長さん達が玄関から半身乗り出している状態も許していたので、そうではないような気がします。
これはもしかして、遂に始まったんでしょうか?
と思ってたところで、隣からコルちゃんがヒヨコちゃんに寄って行って、いつもの飛行訓練を促す仕草を始めます。
「キュキュッ」
「ピヨピ?」
というわけで、ヒヨコちゃんが不本意そうに羽をバタバタし始めました。
それが正解だったのか、お母さんが側にタッと降り立ちました。
駆け寄るヒヨコちゃんに背を向けて、バタバタと羽ばたき見本を見せているようです。
それを見ながら真似するヒヨコちゃん。
羽ばたいて少しだけ飛び上がってを繰り返しつつ、時折ヒヨコちゃんの口に餌を入れてあげるお母さんには、和みます。
チラッと覗った玄関先では、熱い視線で見守る第二騎士団の騎士さん達がいて、これにも和みますね。
ほんと、皆様絆されてますよね。
完全に巣立ったら、ペットロス状態になるんじゃないでしょうか、自分含め。
あ、隣でさり気なくこちらにスリスリして来ているコルちゃんもですね、これは。
可愛いので真っ白ふわふわなモフ毛を撫で撫でしてあげますよ?
と、いつ間にやらこちらに来ていたお母さんの頭がずいっとこちらに伸びていて、ちょっといつもより乱暴に後ろ頭を擦り擦りして、離れていきました。
何だか焼きもち妬いてるみたいですよね。
託児係卒業がちょっと見えて来たところで、朝の餌やりタイムは終了です。
振り返った先で、何処か思い詰めたような表情のマユリさんが目に入りました。
そして、それを気遣うような顔の王太子。
最早、嫌な予感しかしませんね。
どこ行った無敵ハッピーエンドが約束されたゲームの主人公とヒーロー。
これは原作改変シナリオに突入ってところでしょうか?
いやいや、これリアルに生きてる世界ですからね、こちらも頑張って真面目に生きていきますよ?
さて、仕方ないので現実と向き合う時間にしようと思います。
そんなマユリさん達にすたこらと近付いていきますよ。
相変わらずの硬い表情の第一騎士団の騎士さん達に囲まれた2人のところまで辿り着くと、外野からトイトニー隊長の視線を感じました。
困ったように微笑み返しておくと、苦い顔で頷き返してくれました。
多分これからシルヴェイン王子に状況報告しといてくれるんじゃないでしょうか。
何が飛び出すか分からないので、命綱手繰り寄せときたいですからね。
「それじゃ、お話し伺いましょうか。」
声を掛けてみると、王太子とマユリさんがハッとしたようにこちらを見ました。
周りの第一騎士団の人達はやや険しい顔付きになりましたが、不本意なお話しが降って来そうな状況で、あまり下手に出過ぎるつもりはありません。
「・・・いや、その。レイカ殿は、シルヴェインの事をどう思っている?」
躊躇った挙句出て来たその唐突な問いに、やはりと嫌な気持ちになります。
「えっと、いのちづ、いえ保護者2ですかね。因みに保護者1はお父さん伯爵なので。」
分かっていて混ぜっ返しておく事にします。
「は?保護者? ・・・まあ、そうか。」
微妙な顔ながら一応納得してくれた王太子に、にこにこと無害そうに微笑んでおきます。
「だが、将来的な事を考えると、君も19歳だ、他に思うところはないのか?」
玄関で始めるような話しじゃないでしょうと思いますが、王太子的には切羽詰まった状況なのでしょう。
「はい? 19歳、マユリさんあっちなら結婚とかまだ考える年じゃないですよね?」
敢えてマユリさんに同意を取ると、何処か気まずい顔で、そっと頷き返してくれました。
「私、第二騎士団でしばらく働いて蓄財しつつ、結婚したいと思える相手と出会えたらそうしてもいいかと思いますけど、そうじゃないなら生涯独身でも全く問題ないですよ?」
この返しに王太子は目を見開いて絶句しています。
「そもそもですね。元から培った価値観とか常識が根本から違うんですから。一緒に一生暮らすなら、それを覆してでも歩み寄りたいと思えるような相手じゃなきゃ上手く行く筈ないじゃないですか。」
つまりお二人はそうなんでしょう、とにっこりと2人に微笑み返しておきますよ。
途端に何か脱力した王太子がふうと溜息を吐いたようです。
「・・・君には、環境の変化で不安になるとか、そういった繊細な心持ちはないのか?」
呆れたように溢された一言ですが、ちょっと失礼じゃないでしょうか。
「何言ってるんですか、不安に決まってるでしょう? でも、こちらも年端もいかない子供じゃないんで、譲るべきじゃないところは譲るべきじゃないって知ってるだけですよ。」
はっきりとそう返してみると、王太子は深々と溜息を吐きました。
「一言だけ忠告しておこう。君は誰にでもそんな風に噛み付かないように、下手をすると余計な警戒をされて不本意な枷を付けられるぞ。」
これは本気の忠告だと分かったので、渋々ながら頷き返しておくことにしました。
何はともあれ、肝心なところはやはり何も話してくれませんが、レイカの処遇は王太子やマユリさん、シルヴェイン王子も巻き込んで、不本意な方向に滑り出しているようです。
これは早いところ父を捕まえて締め上げるか、王様と面会させて貰った方がいいかもしれません。
ここでのレイカ節を王様に認めさせたらこの勝負は勝ちですが、そうできなかった場合は、こちらの意思は尊重して貰えないと見たほうが良いでしょう。
権力者怖いとか言ってる場合じゃありませんね。
じゃないと最悪、この国から逃げ出すことも視野に入れないといけません。
どうやら、手っ取り早く結婚でこの国の王家に縛り付ける案が上がっているようですから。
それが、王太子やマユリさんにも関わっているという事は、ざっと3つくらいは道筋が見えて来ます。
但し、どれも微妙に良案とは言えないから話しが纏まらないのでしょう。
「お話しはそれだけですか? 私、これから朝食で、昨日怪我した騎士さんのお見舞いにもいきたいので、良かったら失礼しても宜しいですか?」
「ああ、そうだな。引き止めて悪かった。」
結局、そこで話しを終わらせた王太子でしたが、マユリさんと2人、沈んだ表情は変わらずでしたね。
「上手く行かなくて足踏みしてる時は、初心に返ってみると良いですよ? そうしたら、余計な枝葉が落ちて、自分の進みたいと思ってた道筋が見えて来ますよ、きっと。」
それだけ残して、兵舎の中に進んで行く事にしました。




