117
「我が君、我が君、起きて下さい。」
耳元で囁かれた声に、生返事を返そうとして、ハッと目が覚めました。
「あ、れ?」
視界がぐるんと回るようなこの感覚は、寝不足気味ですね。
昨晩は遅くまで残業だったか、ウチに仕事持って帰ったんでしたっけ?
え?
と寝ぼけ眼を擦ったところで、視界に小さな指人形の姿が入りました。
おっと、こちらに来て初めて寝ぼけてしまいましたね。
「おはよ、指人形。あれ? 寝過ごした?」
ふと窓から漏れるお日様を見ると、最早朝一番の高さではありません。
「あー、ヒヨコちゃんは?」
と見渡したところで、ピヨピとヒヨコちゃんが鳴いて答えてくれます。
隣でむくりと身を起こしたコルちゃんは、今の今まで眠っていた様子ですね。
昨日は夜半までケインズさんの側で促進魔法の重ね掛けをしていたので、コルちゃん共々ちょっと疲れていたのかもしれません。
「我が君、お疲れのところ申し訳ございませんが、ハザインバースの餌の時間でございます。誰ぞが呼びに来る前にお支度下さい。」
そこでもう一つ思い出しましたよ?
「あー、もうザッと顔洗ったら出られる無敵美貌男子じゃ無くなったんだった。スキンケアに気を使って維持を心掛けつつ相応に着飾らないといけない美少女になったんでしたねー。」
気だるさの所為でそんな言葉を吐き散らしつつ、ベッドから仕方なく降り立ちました。
ぼんやりした頭で適当に身支度を整えて、部屋を出ようとしたところで、開いた扉からメイドさんのカドラさんが入って来るのに行き合って、丁度起こしに来てくれたところだったようです。
「おはようございます、レイカお嬢様。朝一度ご様子を伺いに来ましたが、お疲れのようでよくお休みでしたから。お支度、ご自分で済ませてしまわれたんですね?」
成る程、朝一は熟睡に入っていたようです。
カドラさんには一手間掛けさせてしまったようですね。
「ごめんなさい、寝過ごしちゃったみたいで。」
いつ何かをしなければいけないと決まっている身の上ではないですけど、ケインズさんの経過も心配ですし。
「食堂で朝ごはんって、まだ食べられる時間? 朝食食べたらケインズさんの様子を見にいきたいんだけど。」
「朝食は今日はこちらでご用意しておりますよ。この後お運びしますね。今日はレイカお嬢様はお疲れの筈なので、朝はゆっくりとお過ごしになるようにと、隊長様方からもお話しをいただいておりますから。」
労わるような優しい笑顔で言ってくれたカドラさんですが、残念なことにヒヨコちゃんの餌やりは待ってくれないんですよ。
「ええと、じゃ朝ごはんお願いします。が、ヒヨコちゃんの餌やりの時間がそろそろ来そうなので、その後にしますね?」
そうお願いしてから兵舎前広場に向かう事にしました。
とてとてと歩くヒヨコちゃんの歩みに合わせて向かった広場には、ここ最近になく人が多いようです。
よく良く見渡してみたところ、第二騎士団じゃない制服の騎士さん達が居て、その中心にいるのが、何と王太子とマユリさんじゃないでしょうか?
「ああレイカ殿、起きてこられたか。丁度呼びに行かせようと思っていたところだ。」
と、横合いから声を掛けて来たのは、いつにも増して苦い顔のトイトニー隊長です。
「お早うございます、トイトニー隊長。王太子様とマユリさんどうしたんですか? お母さん降りてくるんで、広場から出てって貰った方が良いと思いますけど。」
「・・・そうだな。まあ、あちらにも何か面倒そうな事情がありそうだがな。」
溢したトイトニー隊長、物凄く絡みたくなさそうな声音でしたね。
と、こちらに気付いた様子の王太子さん達がこちらに歩いて来ます。
「おはよう、レイカ殿。」
そう挨拶してくれた王太子ですが、物凄く微妙な顔付きなのは、何故でしょうか。
後ろから来たマユリさんも、この間話した時とは一転、少し涙目な困った顔付きです。
「ええと、お早うございます。」
及び腰で返したところで、2人に着いてきた第一騎士団の騎士さん達も何処か硬い表情です。
とごゆっくりお話し聞きたいところですが、上空でお母さんの滑空が始まっています。
「あの、もしも何かご用なら、少し兵舎の中で待ってて貰えますか? ヒヨコちゃんの餌やりタイムなので。」
チラッと上空を見つつそう促すと、王太子がまた微妙な表情になりました。
「いや、今朝はマユリも餌やりに付き合いたいそうだ。」
言ってマユリさんに視線を送った王太子ですが、その視線の先のマユリさんはやや顔が引きつっています。
「レイカさん、宜しくお願いします。」
それでも語気を強めて言って来たマユリ、何かあったのかもしれません。
そんなマユリさんと王太子を交互にじいっと見返してみると、王太子に気まずそうに目を逸らされました。
「何かありましたか? 言っときますけど、ヒヨコちゃんはともかく、お母さんのほうは何かあったら即行で攻撃態勢とってくるので危ないですからね?」
その忠告に、王太子ははっとこちらを見返してきて、マユリさんの顔は青ざめました。
「どーでも良いですけど、それってもしかして今話し合われてる私の処遇に関係あります? 何慌ててるのか知りませんが、焦りは禁物ですよ?」
何となくピンと来て言ってみると、王太子から反論がない上に、顔が更に引きつりました。
図星のようですね。
「まあどうしてもって言うなら、マユリさんは兵舎玄関から一歩外に出たところで見てて下さい。王太子殿下と騎士さん達は、もれなく玄関の中で待機、何かあったら直ぐにマユリさんを中に入れて下さいね。」
時間がないので有無を言わさずそう返しておきます。
それに渋々従って移動し始めた王太子達を見送って、ヒヨコちゃんとコルちゃんを連れて広場の中央に進みます。
今朝も面倒ごとが降って来た気配を感じますね。
これは、昨日のちょっとやり過ぎちゃった色々を受けてでしょうか?
ここに今シルヴェイン王子がいない事も含めて、ちょっと雲行きが怪しいかもしれません。
遠い目になりそうになりながら、お母さんが降りてくるのを待つことになりました。




