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「これは、一体どんな治療を?」
ケインズさんの容態を確認した神殿の治療師さんが、呟くように漏らしました。
その視線の先でケインズさんは荒い息の汗だくでしたが、先程の紙のような白さからは一転、血色は良くなっているように見えます。
「毒素を出来る限りで取り除いて、造血剤を入れて、自己修復促進の魔法をじんわり働きがおかしくなっている臓器から広げるように掛けていきました。」
正直に答えてみると、治療師さんは眉を寄せました。
「色々と聞きたいことはあるが、私がここで出来る事はもう無さそうだ。ここからは彼自身の頑張りを信じるしかない段階だな。」
「状態は悪くないと思っても良いのか?」
シルヴェイン王子が治療師に慎重に問い掛けています。
「・・・まあ。どうやったのか知りませんが、毒素を粗方抜いて尚、ここまで身体が自己修復しようと働いているのは奇跡に近いのです。絶妙の力加減で促進魔法を掛けたとしても、正直毒素を抜き切ることすら難しいのではないかと思っていましたから。」
苦い顔の治療師は、こちらを訝るようにチラチラと見ながらシルヴェイン王子に答えています。
さて、これにはどんな言い訳をしたものか。
ケインズさんの額の汗を拭きながら、忙しいフリをしておきますよ。
「それでは、サムカリア殿にはこれ以上手をお貸しいただく事はないということでしょうか?」
クイズナー隊長の端的な問いに、治療師のサムカリアさんが渋い顔になってから、またこちらを向きました。
「まあそうなりますね。・・・ところで彼女は、一体何者ですか? 王太子殿下と婚約された“神々の寵児”マユリ殿ではありませんね?」
そう突っ込んで問い掛けて来たサムカリアさんに、こそっと盗み見たシルヴェイン王子が渋い顔になっています。
「マユリ殿ではない、が、私の庇護下にある者だ。今はまだ発表の段階ではないが、いずれ陛下よりそちらにも知らせが行く事になるだろう。」
無難にかわしたシルヴェイン王子ですが、庇護下と言ってくれたのは、少し嬉しいかもしれません。
見捨てない宣言だと受け取っておきますよ?
「それと、あの聖なる魔力を纏ったサークマイト、ですか? あんなモノは初めて見ます。」
「・・・それも、同様だ。治療に駆け付けてくれたことは感謝するが、今は要らぬ詮索はせぬ事だ。いいな? サムカリア殿。」
しっかり最後は脅しで締めたシルヴェイン王子は、流石王子様の貫禄ですね。
「サムカリア殿、申し訳ないが他にも怪我の程度が重い者がいる筈なので、その者達も是非診て貰えませんか?」
クイズナー隊長が上手に誘導して、サムカリアさんを外に連れ出してくれました。
リムニィ医師も、他の怪我人を診に行っていて外してしまったので、室内にはシルヴェイン王子と2人きりになってしまいました。
まあ側にはコルちゃんが居て、部屋の隅ではヒヨコちゃんもお昼寝中なんですが。
「魔法不透過結界は、まだ張っておくのか?」
ポツリと問い掛けてきたシルヴェイン王子は、真面目な顔付きです。
「はい。あとは促進魔法だけで良いと思うんですけど、もしかしたらの為に、ケインズさんがもう少し落ち着くまでこのままにしておこうと思います。」
シルヴェイン王子はそこから少しだけ流れた沈黙を破るように、低い声で口を開きました。
「この結界魔法を張ったのは、レイカ殿だと直ぐに知られてしまうだろう。中での治療の細かくは私やクイズナーが口を噤めば詳しく知られる事はないだろうが。どう誤魔化すつもりだ? それとも、もう誤魔化すのは止めるか?」
真剣な口調のシルヴェイン王子に、こちらも苦い笑みが浮かびます。
「本当に、どうしましょうか? ケインズさんが危ないと思ったら、出し惜しみなんてしてられないと思ってしまったんです。」
本音を話してみると、シルヴェイン王子は更に苦い顔になりました。
「考えているようで考えなしだからな、君は。」
ポツリと返ってきたのは呆れたような一言でしたが、その声音は冷たくも怒ってる風でもありませんでした。
「でもまあ、そんな人間だからこそ、放って置けないと手を貸したくなるのかもしれないな。」
貶されているのか褒められているのかよく分からない言葉ですね。
「えーっと、じゃ、こんなのどうですか? レイナードさんとの入れ替わりの齟齬で、中身が入れ替わってから女性化するまでに使ってしまった魔法は、聖なる魔法と別枠で使えるまま残ったみたいだ、とか。」
それなら、真新しい魔法の行使だけ絶対バレないようにしておけば、例えばパン炙る簡易バーナーとかは使えるまま隠さずに済んだりとか出来るのでは?
「だからこそ、第二騎士団残留で様子を見つつ、シルヴェイン王子の監督下に置くとかいう言い訳で、乗り切れませんか?」
言ってみたところ、シルヴェイン王子が何か疲れたような顔付きになって額に手を当てています。
「ものは言いようだな。だが確かに、言い張れば通るかもしれない言い訳だな。」
渋々納得するような口調で返してくるシルヴェイン王子ですが、ふうと一つ息を吐くと、真っ直ぐ改まった目をこちらに向けて来ます。
「レイカ殿は、本当にこの第二騎士団に引き続き所属を望んでいるのか? それは、居場所を確保したくて結論を急いでいるだけではなくて、本心からそう望んでいるのか?」
その問い掛けには、正直迷うところもあるかもしれません。
消去法で、今一番無難な居場所を求めているのは確かです。
「ええと、本音を言えば。今話し合われてる宮廷での結論が不本意なものだった時の為の保険の意味もあるかもしれないんですけど。でも、一月過ごしてレイナードとして居場所が出来始めた第二騎士団から出るのは勿体無い気がして。」
「・・・だが、今の君はレイナードではなくレイカ殿だ。第二騎士団の者達も皆、君のことをレイナードではなく、レイカ殿として扱うだろう。」
少し複雑そうに返したシルヴェイン王子の発言に、考えてしまいますね。
「それじゃ、レイカとして第二騎士団に居場所を作りたいと言ったら許して下さいますか?」
「・・・君が本当にそう望むのなら。第二騎士団にとっては、聖なる魔法持ちの君が所属してくれる事は、実際有難い事だと今回の事でもはっきりした。だが、君個人の立場は父上や伯爵が用意しようとしているものよりも、難しいものになるだろうし、周りからの風当たりも強くなるかもしれない。」
懸念の滲む口調で告げられた言葉には、またしても首を傾げるしかないです。
「うーん、殿下のお話しって、結局肝心な部分がないんですよね? 陛下やランバスティス伯爵が用意してくれようとしている立場って? ・・・あの、言えないのは分かってるんですけど、本人としてはある程度のところで教えて欲しいなって思うんですよね? じゃないと、断れないところまで持って行ってから、無理やり押し付けようとしてるんじゃないかって警戒しなければいけなくなるから。」
「・・・一度、父上と会う時間を設けた方が、互いの為かもしれないな。だが、そうなるとやはり、ハザインバースの雛鶏の問題が出て来る訳だが。」
成る程、本当ならば問題の異世界人を国王の前に連れて来いって言いたいところを、ヒヨコちゃんの所為で出来なかったって事ですね。
確かに、幾らこれまで何事も無かったからと言って、国王陛下にヒヨコちゃんを連れて会いに行くのは無理でしょう。
こちらとしてもお勧め出来ません。
そして、ここで八方塞がりになるんですよね。
「それじゃ、退屈を理由に、やっぱり第二騎士団の仕事になし崩しに関わって行く方向で。それが良くないって話しになれば、辞めるしかないですよね?」
「・・・まあ、そうだな。ここまで来たら、そうするしかないだろうな。」
渋々というようにそう答えたシルヴェイン王子ですが、そんな話しに纏まりそうな雰囲気ですね。




