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魔力を注ぎ過ぎないように、少しずつ慎重に撫でて宥めるように自己修復を促して行きますよ。
薄らと魔力を流して一旦手を止めると、そっと口を開きます。
「ケインズさんみたいな良い人が薄命って、世界の損失ですからね。やめて下さいよ。これからも引き続きお世話になるつもりなんですから、頑張って齧り付いてでも戻って来てくれないと。」
言いながら、投げ出されていた青白い手を握ってそっと身体の横に添えるように置きました。
「どうなの? 自己修復促進魔法は効いた?」
「分かりませんけど、少しずつ様子を見ながら重ね掛けしていきます。」
ここからは長丁場ですね。
と覚悟したところで、指人形が腕を揺すって来ます。
「我が君、ハザインバースの餌やりの時間です。サークマイトを置いて、一度そちらへお向かい下さい。」
そうでしたね、こちらはその事情もあったんでした。
「ええと、コルちゃんを置いておくと、もしかして遠隔操作可能とか?」
「いずれはそれも可能でしょうが、今はサークマイトがこの場に残る事で、促進魔法の継続が安定します。」
へぇ、促進魔法って掛けて終わりじゃなくて、効果継続中って扱いなんですね。
「分かったわ。じゃ、コルちゃんはここに残ってて。」
寄り添うように側に居てくれた聖獣姿のコルちゃんの頭を撫でながら言うと、コルちゃんは小さくキュウッと鳴いて返事してくれました。
それから踵を返して扉の方に向き直ると、これまで無言を貫いてくれていたシルヴェイン王子とクイズナー隊長の視線が来ます。
「殿下、クイズナー隊長、ヒヨコちゃんの餌の時間みたいなので、ちょっと席外しますけど、終わったら直ぐに戻ります。」
そう言った途端に、2人はそれは渋い顔になりました。
「分かった。戻ったらしっかり詳しい事を説明してもらう。」
低めのシルヴェイン王子の声は、この後お説教の時間確定ですね。
「えー、はーい。」
仕方なくこちらも苦笑いで返しましたよ。
「クイズナー隊長、離れず付き添って終わったら直ぐに連れ戻すように。」
「勿論です。お任せ下さい。」
そう返したクイズナー隊長も、いつになく渋い声です。
そういえばこの部屋に入ってからのクイズナー隊長、いつもは見られないようなかなり余裕のない珍しい様子でしたからね。
気を取り直したところで、部屋の隅で大人しくしていてくれたヒヨコちゃんの頭を撫でてから抱え上げます。
クイズナー隊長が開けてくれた扉から出ると、部屋の外には隊長達と第二部隊の人達が中心で詰めかけていたようです。
「ケインズは?」
カルシファー隊長からの問いに、クイズナー隊長が前に出てくれました。
「まだ治療の最中だね。開けてくれ、レイカくんはハザインバースの餌の時間で一時抜けるからね。」
「レイカ殿が治療を?」
トイトニー隊長が眉を顰めて口を挟みますが、クイズナー隊長はトイトニー隊長に何かアイコンタクトを取ったようで、トイトニー隊長は身を引きました。
「まあ良い。皆通してやれ。」
その一声で割れた人垣からクイズナー隊長の先導で抜け出す事が出来ました。
医務室を出て廊下を歩き始めると、廊下の先からお母さんが来た事を知らせる騎士さん達がちょうどこちらに向かって来るのに行き合いました。
「ああ、今から向かうところだ。」
クイズナー隊長の冷静な受け答えに、気を揉むような表情だった騎士さん達もホッとした顔になりました。
医務室付近は、恐らく一番重症だったケインズさんの他にも怪我人が運び込まれたり治療を受けに来ていたりして、すれ違うたび腕の中のヒヨコちゃんが居心地悪そうに身じろぎしています。
「レイカちゃん。」
後ろからオンサーさんの声が聞こえた気がして振り返ってみます。
と、少し足を引きずりながらオンサーさんがこちらを追って来るのが見えました。
「オンサーさんも、何処か怪我してるんですか?」
立ち止まって近付いてくるオンサーさんを待ちながらマジマジと見返したところで、背筋がザッと寒くなるような気がしました。
「オンサーさんも、大怪我してるんじゃないですか!」
赤黒い血に染まった制服が重たそうに身体に張り付いています。
「いや違う、これは殆どケインズのだ。」
少し言葉を濁したオンサーさんですが、引きずった足と腕の辺りのまだ乾き切ってない赤い血が、それだけではないと語っています。
「だってケインズさんは、大きな外傷は無かった筈です。」
だからこそ、血液の中の毒素を取り除くのを第一優先にしたんです。
「治療師が外傷だけは癒してから運んで来たんだろう?」
クイズナー隊長の問いに、オンサーさんが頷いています。
「外傷だけは治してくれたんですけど、毒を抜くにはかなりの魔力と技術がいるからって、治療師には無理だって匙を投げられたんです。」
「まあ、急遽派遣されてきた治療師なら、そんなところだろうね。」
そんな会話が交わされている間に、ヒヨコちゃんを下ろしてオンサーさんの腕を掴みます。
途端に見たいと思った出血の多い怪我の場所が見えました。
右腕に抉るように付いた3本線の怪我からはまだジワジワと出血が続いているようです。
それと、足首の上の方に出血があって、少し腫れているようです。
そのかなり痛そうな怪我を見ているだけで、軽くふらりとしてしまいました。
「おい、レイカちゃんこそ大丈夫か? 顔色真っ青だぞ?」
オンサーさんが心配そうに覗き込んで来ます。
「いえ、あのちょっと。てゆうか痛くないんですか? 見てるだけで痛過ぎて。」
少し涙目になって問い返すと、オンサーさんがふっと笑いました。
「痛い、けどな。ケインズのが痛いだろ? こんなの大した事ない。俺がちゃんと見ててやれば、あいつがまともに食らうことなかったんだ。」
悔しそうな声音で言ってオンサーさんはギュッと唇を噛み締めています。
「そんなこと言わないで下さい。ケインズさんは私が何とか頑張りますから。オンサーさんもちょっとだけ手当てして良いですか?」
許可を取る言葉を掛けつつ、自己修復促進の魔法を少しずつ腕と足に掛けて行きます。
「レイカくん、大丈夫なのか?」
途端に案じるようなクイズナー隊長の言葉が来ます。
「ちょ、おい。俺の怪我なんかに貴重な魔法使わなくても! ケインズに取っといてやってくれ!」
慌てて言い募るオンサーさんを手を上げて制すと、丁寧に撫でるように魔力を乗せて促進魔法を広げていきます。
それに応えるように血の滲む傷口が乾いていくのを見届けて、魔法を止めて手を下ろしました。
「何だかな。レイカちゃんの癒しの魔法は、温かくて優しいな。」
何かしみじみと口にしたオンサーさんですが、張り詰めていた表情が解れて、それと共に気怠そうな顔が覗き、少し顔が赤いような気がしてきました。
「あれ? オンサーさん、熱あるんじゃ?」
さっと手を伸ばした先で、額がやはりかなり熱く感じます。
「誰か!オンサーが倒れる。連れてって寝かして来てくれ。」
「いや、大丈夫ですから!」
言い募るオンサーさんですが、その辺りにいた騎士さんが駆け付けてくれてふらつき始めた身体を支えてくれました。
「オンサー、レイカくんは加減がまだ分からないようだから。多分、物凄く強く掛かってる。まあこれからちょっと辛いかもしれないけど、大人しく寝て起きたら、明日の朝にはすっかり良くなってるよ。」
クイズナー隊長の言葉にギョッとしてオンサーさんを見返してしまいました。
「え?うそ。そんなに強かったですか?」
「ん? まあね、鎌相手にあれじゃね。今回の非常事態はともかく、しばらく人に使うの禁止だからね。」
クイズナー隊長に諭すように言われて、顔が引きつってしまいました。
そんなに魔力をたっぷり使った気はしなかったのですが、聖なる魔法の力加減って難しいですね。
オンサーさんが両脇を担ぎ上げられて連行されるように連れて行かれるのを見届けて、ヒヨコちゃんを抱え上げました。
「さて、急ぐぞ。ハザインバースの親が暴れ出したら、それこそ事だ。」
その通りですね。
そこからは、かなりの早歩きで玄関に真っ直ぐ向かいました。




