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荷物の運び出しが完了して、掃除と改めて棚配置が終わったところで、交代で休憩タイムです。
リフレッシュして戻って来た騎士さん達に綺麗にした備品の戻しをお願いして、いよいよ修復魔法のお時間です。
密かにワクワクした目になっているクイズナー隊長に苦笑を返しつつ、備品の構造を目で確認しながら還元魔法を掛けるポイントを絞ります。
還元魔法はいわば時戻しの魔法なので、有機物への部分的な使用は正直かなり難しいのではないかと思いますが、無機物ならば部分行使も恐らく問題ない筈です。
その検証も込めて、やってみようと思います。
始めの対象は草刈り鎌ですが、刃の部分は手入れもされていて新品同様なのですが、持ち手と繋ぐ杭の部分が、何か普通ではない負荷を受けたのか変な風に捻じ曲がっていて、使えない状態になっています。
書物で予習してきた通りに、魔力を鎌の杭部分に当てながら、少しずつ時を巻き戻して行く還元の魔法に置き換えていきます。
恐らく、物理力を加えて無理やり真っ直ぐにする魔法よりも、魔力消費が大きいんじゃないでしょうか。
聖なる魔法は、何となく時を操る魔法なんじゃないかと思っていましたが、どうやら正解のようですね。
還元は時を戻し、促進は時を進める。
起こってしまった事象を歪めるのはより負荷が高い行為なので、魔力消費が多く使いづらくなっていて。
未来に進める行為は、時の前借りになるので、その本人に負荷が掛かる。
そんなところではないでしょうか。
もしそうだとしたら、神殿はその事実を知っていながら、乱用を避ける為に神の御業とか言って使用者を傘下に置いて管理しているんでしょう。
やり過ぎると世界の秩序を乱す行為ってことにされて始末される未来が見えそうなので、やはりこっそり程々に使うのが一番ですね。
保身の為に神殿と秘密協定でも結んでおくことも視野に入れておきましょうか。
そんな事を考えながら還元魔法を掛けている内に、杭が真っ直ぐに戻りました。
魔力を引っ込めて魔法を止めると、鎌が新品に生まれ変わったようになっていました。
「凄いな。想像以上だね、レイカくんの魔法は。」
真面目な顔付きで口にしたクイズナー隊長は、それから少しだけ難しい顔になりました。
「うん。有難うね。でも、疲れただろう? 魔法で修復するのはこれで終わりにしようか。後のは業者に修理に出しておくよ。」
にこやかに言ってくれたクイズナー隊長ですが、これは、これ以上やるなっていう事なのでしょう。
それはもう、空気読んで従っておく事にしますよ?
「そうですね、ちょっと疲れたかなぁ? 聖なる魔法、やっぱり難しいですね〜。」
ちゃんと口裏も合わせておきますからね。
それとなくこちらを見ていた騎士さん達も、疑いなく労ってくれます。
「それじゃ、殿下がお戻りになったら、後でこの事も報告しておこうか。」
これまたにこやかにクイズナー隊長言ってくれましたが、これは後でシルヴェイン王子交えて対策会議って事ですね。
何やっても問題にしかならないって、最早この身体の持ち主の特性か何かじゃないかと思えて来ました。
好きで収まってる訳じゃないんですが、一生ついて回るんでしょうね、これ。
戻す備品と保留分から新たに倉庫に収納が決まった備品を運び込んで、ゴミの廃棄にかかり始めたところで、倉庫に走り寄って来る騎士さんの姿に気付きました。
お手伝いに入っていた人ではないので、何かあったんでしょうか?
「クイズナー隊長! 至急医務室にお願いします!」
そんな声が聞こえて来ましたが、これは本当に良くない知らせですね。
「どうした?」
「第二部隊が帰って来たんですが、予想外の被害が出て、重症者がいます。」
その端的な報告に、クイズナー隊長の顔付きが変わりました。
「神殿から治療師は?」
「緊急出動でしたから、動ける方に駆けつけて貰いましたが、手に負えず。団長がこちらに運び込みました。神殿から高位の治療師を呼び寄せていますが間に合うかどうか。」
「分かった、来るまで何とか保たせろということだね。」
厳しい口調で口にしたクイズナー隊長が突然弾かれたように走り始めました。
倉庫前にいた騎士達も騒ぎ始めています。
何とも重苦しい気持ちになりますね。
第二部隊の人達とは一月一緒に訓練したり任務に当たったりした仲ですし。
話した事のある人かもしれません。
「レイカちゃん!」
と、廊下の向こうから物凄い形相のオンサーさんが走って来ます。
「レイカちゃん! 医務室行ってやってくれ! ケインズなんだ!」
「え?」
胸の奥がざらりと嫌な揺れ方をしました。
「あいつ、レイカちゃんが・・・」
「うそ・・・」
オンサーさんが更に何か言葉を続けようとしたようですが、遮るように呆然と溢してから、身体は反射のように走り出していました。
頭の中はほぼ真っ白ですが、どうにかしなきゃ、とそれだけがぼんやりと頭に浮かびます。
周りから景色と音が消えて、どれくらい時間が経ったのか、目の前に見えて来た扉を躊躇いなく押し開けます。
と、複数のハッとした目がこちらを振り返りました。
「レイカ殿?」
「どうして君が?」
「レイカちゃん、勝手に入って来ちゃダメよ?」
シルヴェイン王子、クイズナー隊長、リムニィ医師が口々に返して来ました。
働かない頭のまま、それでも足は躊躇いなく奥のベッドまで進んで行き、気付けば辺りに漂う暗いもやのようなものを必死で手で払っていました。




