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お風呂の送迎を引き受けてくれたコルステアくんが帰ってから、ヒヨコちゃんとコルちゃんの待つベッドに入りに行くと、布団の上にちょこんと正座して座っている指人形がいました。
いつもは布団に潜り込んだところで、何処からともなく現れて、お休みなさいの挨拶をするのですが、今日は何やら改まった様子ですね。
「我が君、お帰りなさいませ。」
指人形が三つ指ついてとは言いませんが、何処で習って来たんだっていう正しい所作で正座の上に手を付いて頭を下げてくれます。
「えーと、ただいま? てゆうか、どうしたの?改まって。」
問い掛けてみると、指人形は途端に胸を逸らした得意げな様子になりました。
「よくぞ聞いて下さいました! 我が君の御為に私めは日中人知れず調査に出ておりましてございます!」
何か面倒くさいことを言い出しそうな予感がしますが、ここは一先ず、指人形の無償奉仕に報いる為にも、話しくらいは聞いてあげることにしようと思います。
「う、うん。それで〜何の調査をして来たの?」
指人形がとてとてと布団の上を移動してきて、ベッド脇に腰掛けたこちらの膝によじ登って来ます。
「我が君が魔力を最適かつ無難に見えるように分化を目指しておられるのを耳にしまして。盗み聞き及び盗み見にて調査を進めて参りました結果! 何と、お望みの無難な振り分けの案が出来上がりましてございます!」
途中、何やら物騒な言葉も聞こえたような気もしますが、主人(予定)の要望を調査してきてくれるとは、ちょっとこれは指人形見直してしまうかもしれません。
「うんうん。それで?」
促してみると、指人形はにこりと良い笑顔になりました。
指人形、小さいですが造作は可愛らしい美少年なので、その笑顔は確かに目の保養になりますね。
ただ、何度も言いますが、やや高めの通る声ですが、成人男性の声音です。
「まず、将来の事を考えますと、今現在我が君が全ての未分化な魔力をどちらかに振り分けるのは得策ではございません。」
「ねぇ、ちょっと待って、そもそも魔力の振り分け? 分化だっけ? これってどうやって総量に対する分け率とか分かるの? 数値が透けて見えますとか、そんな便利機能ないよね?」
「数値?透けて見える?とかは分かりませんが、魔法変換して置き換えた魔力がどんどん分化された事になります。魔力量を大量に使用した魔法を使用するごとに、その系統の魔法の熟練度が上がるという訳です。」
あれ? 更に分からなくなってきましたよ?
「つまり、普通の人間は我が君ほど魔力の総量が多くないので、相性の良い系統の魔力消費の多い魔法を使う事で、その系統専門の魔法使いとなっていきます。」
相性の良い系統っていうのは、理解と想像がマッチした系統ってことですね。
「我が君の身体の持ち主殿のような人達が魔王の魔力持ちと言わるのは、色々な系統の魔法を熟達と言われる程習得しても余りある魔力を組み合わせて新しい魔法を生み出して行ける余力があるからです。」
うーん、総量が多い事が問題なんですね。
「それで? 私なら、レイナードが習得出来なかった聖なる魔法を習得出来るから、そっちに多く振れば、魔王化はないって事だよね?」
「簡単に申し上げると左様でございます。ですから、我が君はとにかく色々な聖なる魔法を使いに使って熟練される事をお勧めします。それから、普通の魔法を色々と浅めに習得しておかれれば宜しいかと。」
あれ? でもそれなら自分の総量ってどうやって分かるものなんでしょうか?
「魔力がどんどん分化されていくとして、残りどれだけあるからこの魔法使えるようにしようとか、どうやって分かるの?」
「普通の魔法使いは、色々な系統の小さな魔法を試していって、相性の良い系統を探します。そこから相性の良い魔法に特化して深く学んでいき、その系統の魔法の魔力消費が多いものを習得していきます。魔力量不足になれば、それ以上の魔法は習得出来なくなりますが、人によって年齢を重ねる毎に魔力量が上がる者もいますので、歳を経て使えるようになる魔法があったり、また成長と共に魔力量が減る者もいるので使えなくなる者も居ますね。」
ん? あれ? また分からなくなってきましたよ?
「それって、未分化な魔力を分化する話しだよね? 普段の魔力消費はまた別物? 例えば同じ魔法を使い続ければその日の魔力が枯渇したりするよね? 寝ればまた魔力溜まるとか?」
指人形はこれにも良い笑顔で返事をくれましたよ。
「勿論その通りです。魔力総量から1回分ずつ使える魔法しか習得出来ない訳ですが、実際に身に付けた魔法を毎日一回ずつ使う訳ではありません。ですから、その時残っている魔力残量に対する消費が間に合うなら同じ魔法を複数回使うことは可能です。魔力は食事や睡眠、休息などで回復しますが、使用から丸一日で消費した魔力が通常は回復すると言われています。」
「徹夜しちゃったら魔力回復が遅くなる可能性がある?」
これには、にこりと笑われました。
「有り得なくはないかもしれません。我が君の場合は魔力が有り余っておられますから、枯渇する心配はほぼないかと思いますが。魔力の回復は体力の回復程休息を必要とはしませんが、その代わりというように、体力や怪我の回復のように、回復薬や回復魔法というものは存在しません。聖なる魔法をもってしても、魔力の回復や還元は不可能とされています。これは、世界の法則ですね。」
成る程、魔力に対する制限はかなりシビアなようですね。
これも、世界の根幹を揺るがす事になるからっていう理由でしょうか。
指人形のおかげで、魔力については漸く理解が追いついて来た気がします。
「あのね、指人形。貴方との契約は、魔法の分化がある程度進んでからで良いかな?」
これだけ無償奉仕してくれた指人形には悪いですが、彼を野に放つ前に、もう少しこの世界の魔法にこなれておきたいんですよ。
それに、シルヴェイン王子が勝手に魔法の練習をするなとか、訓練場で王子が見ている時以外は訓練禁止とか言う理由も薄ら分かった気がします。
魔法の習得って、手当たり次第じゃ本来ダメなものなんですね。
相性みて、総量考えて、この系統の魔法を中心に習得していこうって計画的に習得を進めるものだったって事ですね。
何だかごめんなさいって気持ちになりました。
「我が君は、私めの事がお嫌いですか?」
おっとここで、涙目の指人形が上目遣いにこちらを見上げて来ますよ?
「ええと、そうじゃないけど。心の準備とか、周りからの理解とか。ほら私以外にも見えるようになったら今みたいに一緒に寝たりとか消えたり現れたりとか、ダメだって言われるかもしれないし。色々失敗しないように慎重にいきたいじゃない?」
その言い訳に、指人形がショックを受けたように固まります。
「・・・そんな。我が君の側で眠るのを禁じられたら・・・、禁じた者全員殺すかもしれません。」
ちょっと待て! 最後のボソボソっと呟いた低い声音の一言、聞こえたからね!
「うん、やっぱり契約やめよう!」
大きく言い切ったこちらに、指人形にっこり良い笑顔を見せて来ます。
「冗談です! そんなことする訳ないではありませんか。それくらい我が君のお側に在りたいという比喩表現です。」
嘘だな。
「もしも我が君に恋人や伴侶が出来て共寝する事になったとしても。ちょっと呪詛くらい耳元で囁くかもしれませんが、我が君の隣に立つ者ですから、そのくらい自己防御出来るに違いありませんし。」
「いやあのね。何で指人形がヤンデレ化してる? そういうの、レイナードさんだけで十分なんですけど。」
つい冷たく突っ込んでしまいましたが、悪びれない笑顔が返ってきました。
指人形問題は、まだまだ慎重に対策を練る必要がありそうですね。




