103
「お早うございます! 貴女の従者ハイドナーがただいま参りました!」
朝食後、元気な声と共に現れたハイドナーに、つい胡乱な目を向けてしまいました。
一体何のキャッチコピーでしょうか。
とはいえ、ブラック企業にお勤めのハイドナーさんには少しくらい優しくしてあげないといけないですよね?
「ええとおはよ、ハイドナー。お兄様のお守りは終わったの?」
「へ?」
つい本音を漏らしてしまったところ、ハイドナーが困って固まってしまいましたね。
「ええ? ええと、常に主人の真意を正確に推しはかり主人の求める正しい返答を・・・」
ブツブツと呟き出すハイドナー、兄の教育でノイローゼ気味なんじゃないでしょうか。
「あー、もういいわ。ハイドナー、これから騎士団の朝の訓練自主見学がてら、ヒヨコちゃんの羽ばたき練習に付き合うからついて来てくれる?」
ヒヨコちゃんが偶に羽ばたき練習を始めるようになったのですが、部屋の中では流石に狭くてやりにくそうな上、羽が落ちるんですよね。
メイドさん達のお掃除が大変なので。
「あ、はい! 勿論でございます! その様なご用がございましたら、このハイドナーいつでも馳せ参じますので、お呼び付け下さい!」
それは嬉しそうに返ってきた返事に、兄のイジメ的教育から救い出せそうでこちらも一安心です。
図書館から借りていた本の一つを片手に、早速ヒヨコちゃんとコルちゃんに声を掛けてから、出る準備を始めますよ。
「ヒヨコちゃん、抱っこしていく?」
腕を広げて問い掛けてみると、羽を少しバタバタ広げながらトテトテ自分で扉の方に向かって行くので、抱っこはよさそうですね。
「じゃ行こうか!」
ハイドナーが開けてくれた扉からヒヨコちゃんとコルちゃんと一緒に出て行きます。
ゆっくりと歩き始めるこちらの歩調に合わせてヒヨコちゃんも頑張って付いてきますが、それを後ろから付いて見守るように追い掛けるコルちゃんが可愛いです。
階段に差し掛かると翼をバタバタしながら飛び降りるヒヨコちゃんですが、これも中々良い羽ばたき練習になってるんじゃないでしょうか。
これは、一番下まで降りてから腕を広げて、さあここまで降りておいでってやってみたいですよね?
という訳で少し駆け足で階段下まで降りて振り返ると、いつの間にかヒヨコちゃんの下の段にコルちゃんが後ろを向いて待機しています。
あれは、振り返ってヒヨコちゃんに乗ってと促しているように見えますね。
駆け降りてしまったので、置いて行かれるとコルちゃんが焦ったのかもしれません。
うーん、ちょっとこれはミスった感じですね。
見守る内に、大人しくコルちゃんの背中に乗ったヒヨコちゃんが階下まで運ばれて来ます。
「ありがとね、コルちゃん。優しいね。」
ここは、ちょっと残念ですが、コルちゃんをなでなでして褒めてあげるべきところですね。
コルちゃんの背中から降りたヒヨコちゃんもじっとこちらを見上げて来るので、コルちゃんの後にヒヨコちゃんもたっぷり撫でてあげることにしました。
そんなこんなで向かった演習場ですが、入って片隅のベンチ席に座りに行きます。
途端に訓練中の騎士さん達の視線が集まって来るのを感じた気もしますが、きっと気の所為です。
カルシファー隊長の怒声が響いて、騎士さん達の訓練が滞りなく再開されたところで、コルちゃんに鼻面をツンツンされて促されたヒヨコちゃんが羽をバタバタ、羽ばたき練習を始めます。
最近、コルちゃんとヒヨコちゃんの間には、何かよくわかりませんが関係構築がされているような気がしますね。
それを演習場入り口でハラハラと見守るハイドナーを他所目に、本をパラパラめくりつつ、騎士さん達の訓練に目を向けます。
丁度素振りや剣の型をなぞる訓練を始めている騎士さん達を一人一人見ながら本の中身と見比べて。
「あのな。何で魔獣様方連れて勝手に来るんだ? しかも魔獣様方ほったらかしで、何見てる?」
いきなり声と共に手元を覗き込んできたカルシファー隊長に、素早く本を閉じようとして、パシッと手を挟まれます。
「あー、なになに? 基本の剣術。対する相手の剣の型を見極めよう? ・・・子供向け、剣術入門書じゃないか。」
「えーっと、語学の勉強です。子供向けですから、ね?」
思いっきり目を逸らしつつ、本をカルシファー隊長から取り上げようと引き寄せてみます。
が、非力な女子の力では残念ながらびくともしませんね。
「お前なぁ。そんなに騎士になりたかったのか?」
「だってですね。自分を守りつつ自立して身を立てるなら、騎士って最適だと思いませんか?」
つい言い訳がましく言ってみると、カルシファー隊長には深々と溜息を吐かれました。
「今のお前なら、無条件で守ってやるって奴くらい幾らでも湧いて来ると思うぞ?」
呆れ混じりに言われますが、問題はそれじゃダメだってことですよ。
「分かってないですね、カルシファー隊長。古今東西、イケメンに必ず守ってやるとか言われてときめいてるヒロインのフラグは、それなのに攫われる、ですよ? 私の場合その相手がシャレにならないって分かってるんで、自衛あるのみ。死にたくないし、閉じ込められたくないし、解剖されたくないし、モルモットちゃんになりたくないんですよ。」
言い募るこちらの言葉が半分くらい理解出来なかった様子のカルシファー隊長ですが、気にせず胸を張っておきます。
「あのなぁ。攫われた時に中途半端な抵抗すると余計に危ないって分かってるか?」
「分かってますよ! レイナード時代、集団暴行に耐えて背中丸めて乗り切った経験ありますから。」
少しだけ悲しくなりつつもごもごと答えると、カルシファー隊長が溜息を吐きつつ頭を撫でてくれました。
「あの時のな。犯人の大体の当たりは付いてるから、いつかとっちめてやるからな。」
何故か宥められていますが、あの時の事、一応ちゃんと調査してくれてたんですね。
ですが、それはともかくですね、主張はブレませんよ。
「第二騎士団に、居たいんですよ。理由は色々あって、全部をすっかり説明するのは難しいんですけど。建前はともかく、魔法を使えてそれを活かせて、誰かの役に立って必要とされてるって、異世界から来た私にとっては大事な事なんですよ。研究材料になりたい訳でも、見せ物になりたい訳でも、お金儲けに使いたい訳でもないんですよ。」
カルシファー隊長が少し眉を寄せて話を聞いてくれています。
「レイナードの都合で呼び寄せられちゃった私ですけど、同情して欲しい訳じゃなくて、生きる場所と生き甲斐が欲しいんですよ。そうじゃないと、怖くなるじゃないですか? 本当はここにいちゃいけない異分子なんじゃないかって。」
精一杯の訴えに、カルシファー隊長が真面目な顔で聞き入ってくれています。
「引きこもって貴族の作法とか学んでても、貴族社会が私を守ってくれる訳じゃないんですよ。だから、レイナードは結果として逃げ出したんだから。」
「・・・あのな。お前は何から自分を守りたいんだ? ちょっと見ない間に、随分追い詰められた気持ちになってるみたいだけどな。」
カルシファー隊長の言う事はもっともで、レイナードを追い詰めたエセ賢者のことは、シルヴェイン王子としか知らない話で、その王子とも中々その話を出来る機会がなくて、不安を感じているのかもしれません。
答えられずに俯いていると、カルシファー隊長がまた小さく溜息を吐いてから、ポンポンと頭を撫でてくれました。
「分かった。これは緊急事態だな。団長と伯爵に時間作って貰うから、ちょっと落ちついて待ってろ、な?」
宥める様なカルシファー隊長の言葉に、渋々と頷き返しました。




