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 演習場の隅でコルちゃんと一緒に待てが出来たヒヨコちゃんを抱き上げると、スリスリと頭を擦り付けて甘えて来ます。


 なんて可愛いのでしょうとほんわかしていると、覗き込んで来たシルヴェイン王子が複雑そうな表情になっています。


「大きくなって来たな。そろそろレイカ殿が抱えて運ぶのも難しくなって来たのではないか?」


「そうなんですよね。最近は自分でも大分歩いてくれるようになって。ただ、夕方の最後の餌やり後だけは眠たくなるみたいで、必ず抱っこで帰るんですけど、その内抱えられなくなったらどうしようかなって。」


 正直に返してみると、シルヴェイン王子も腕を組んで考え込みます。


 そこからそっと手を伸ばして触ろうとするシルヴェイン王子の手を、ヒヨコちゃんは嫌がるようにするりとすり抜けて腕から飛び降りてしまいました。


「やはりレイカ殿以外には懐かない、か。摺り込み現象なのだろうが、親鶏まで懐いているように見えるのは、説明がつかないな。」


 その通りで、お母さんが餌やりの時に頭を擦り付けて来る行動の理由が未だに解明されないようです。


 レイナードの魔王の魔力を宿すことの出来たこの身体の所為なのか、レイカとして持って来た聖なる魔力の所為なのか。


 はっきりとした理由は分かりませんが、この状態もあと数ヶ月と思えば、流しておけば問題なくなる事例なのかもしれません。


「まあ、あと数ヶ月何事もなければそのまま流しておけば良いんじゃないですか?」


 やる気なくそう答えておくと、シルヴェイン王子は難しい顔になりました。


「レイカ殿。聖なる魔法の事や異世界の事など、マユリ殿と改めて話をしてみたいだろうか?」


 唐突に、でも躊躇いがちに切り出したシルヴェイン王子の言葉に目を瞬かせてしまいます。


「マユリさんって、会ったら王太子殿下に殺されるんじゃ?」


 思わず及び腰で言ってしまうと、シルヴェイン王子がふっと笑みを漏らしたようでした。


「女性になったレイカ殿には兄上ももう警戒する理由がない。実は君の話を聞いて、会って本当かどうかを確かめたいと兄上が言って来たんだ。マユリ殿もレイカ殿が異世界から来たと聞いて、是非話してみたいと。・・・どうしたい?」


 わざわざ意思を確かめてくれたシルヴェイン王子ににこりと笑顔を返しておきます。


「正直に言って、王太子殿下はどうでも良いです。でも、マユリさんには会ってちょっと確かめてみたい事があります。」


 かなりの遠慮のなさで返してみると、シルヴェイン王子が目を丸くしてから、またふふっと声を立てて笑いました。


「あの完璧な兄上を、そんな風に言う女性がいるとは。」


 かなりツボに入った様子で涙目になったシルヴェイン王子が溢しました。


「えっとですね。ちょっと思い出して下さいよ? 私と王太子殿下のたった2回の接点で、王太子殿下に向けられた態度とか言葉とか、好印象に繋がりそうなもの、何かありました?」


 返してみた言葉を咀嚼してから、シルヴェイン王子は今度は苦味のある笑みを向けて来ました。


「まあ、そう言わないであげて欲しい。兄上もマユリ殿が大事なのだ。・・・分からなくもない。」


 そう口にしたシルヴェイン王子は優しげな口調になっていました。


「ふうん? 殿下にも婚約者さんとか恋人さんとかいらっしゃるんですよね?」


 つい話題のついでにと訊いてしまうと、シルヴェイン王子は一瞬慌てた顔になりました。


「あー、いや。実は候補は色々と上がってはいるのだが、まだ決まっていない。兄上がマユリ殿と婚約した事で、色々と問題もあって。私の婚約については周りが慎重になっている。」


 成る程、ですね。


 王族の、しかも王太子の結婚といえば、本来なら政略結婚が標準なんじゃないかと思います。


 王太子の奥さんはいずれは王妃様ですからね。


 ある程度の身分の貴族のご令嬢辺りから選ぶ自由があるならまだ良い方なんじゃないでしょうか。


 そんな王太子様が異世界から来た、一般常識も宮廷作法も身に付いていない世界情勢にも疎い女の子と結婚するとなったら、周りが色々言いたくなる気持ちも分かります。


 その辺りをカバーする為に、王太子が不要な負担を強いられる事は間違いないですからね。


 そこは愛の力で乗り越えて、とか言える人間は、自分が率先してお二人に協力してあげて欲しいと思いますよ。


 思う以上に滅茶苦茶大変だと思いますから。


「まあそれじゃ、殿下は手堅いところからお嫁さん貰って、王太子殿下夫妻を手伝って欲しいって思われてるんですね。それは大変ですね。」


 取り敢えず貧乏くじ間違いなしのシルヴェイン王子と未来の奥さんの事は、言葉だけですけど労ってあげたいと思います。


「・・・ああ、そうだな。」


 何故か急に不機嫌に逆戻りしたシルヴェイン王子には首を傾げつつ、演習場を見渡します。


 丁度魔法訓練終わりのケインズさんとオンサーさんを見付けて手を振ります。


 久々に参加した訓練で見掛けたお2人と一緒に兵舎まで帰ろうと誘うつもりでした。


「そろそろ最後の餌やりの時間か?」


 シルヴェイン王子に問い掛けられて目を戻すと頷き返しておきます。


「そうですね。これから兵舎に戻った辺りでちょうどお母さんが来る時間になるんじゃないかと思います。」


 それまでに兵舎の側まで戻っていた方が良いので、そろそろシルヴェイン王子にはお暇の挨拶をしておきましょうか。


「殿下、今日はありがとうございました。」


 しっかり頭を下げてお礼を言っておきます。


「ああ。偶には餌やりまで付き合おう。行くぞ。」


 唐突なその宣言には驚きました。


「え? 良いんですか? お忙しいんじゃ?」


「・・・偶には魔獣の様子を直に見て把握しておくのも務めの内だろう。」


 何でしょう、そう答えるまでの微妙な時間差は。


 そして、自分に言い聞かせてる感じの無理矢理な雰囲気も気になりますが、まあ断る事もないので。


「はあ。じゃ、行きますか? お母さんもそろそろ来そうですし。」


 そう答えてからヒヨコちゃんにおいでと手を広げてみせます。


 大人しくピョンと飛び上がって腕の中に収まったヒヨコちゃんを抱え直して、歩き始めることにしました。


 最近、ケインズさんやオンサーさんと接点がなくなって話してなかったので、久しぶりにお話しながら帰るの、ちょっと楽しみにしてたので残念な気もしますが。


 せっかくのシルヴェイン王子の気遣いも有り難い事なんだと思うので、気持ちを切り替えていこうと思います。

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