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 図書館に通いだしてから、聖なる魔法に関する解釈本を色々と読み込んでみたのですが、どうやらやり方の方向性が幾つかあるみたいです。


 例えば怪我を治す時、修復魔法の“還元”を使って怪我をする前に戻すという使い方と、“促進”を使って自己治癒力を強める使い方の二つがあるそうです。


 どちらも実は大なり小なり、その程度によって欠点があり、“還元”は使用魔力量がかなり多く、そして身体の時を戻すようなやり方なので他の不具合が発生する事があるようです。


 逆に“促進”は、魔法を使った者の魔力消費はそれ程大きくはない代わり、使われた者は無理やり自己治癒力を高めるので身体に負担が大きく、異常にお腹が空いたり貧血や体調不良を訴える者もいるのだそうです。


 ただ、あくまでもそれは治癒の程度によってとなるので、ちょっとした怪我なら、どちらを使ってもそれ程変わりはないように感じるものなのだと書いてありました。


 という訳で、比べてみて思うのは、聖なる魔法は実は万能には程遠いなという事でした。


 色々出来る代わりに、それなりの代償もあるっていうのは、自然の法則としては正しい事のような気がします。


 これは慎重に色々試してみてから実践するべきだなという結論にいたりましたね。


「成る程な。聖なる魔法は完全に神殿管轄だから、私もそれ程詳しい訳ではないが、所謂万能魔法ではなかったことには、逆にホッとするかもしれないな。」


 演習場でシルヴェイン王子とそんな話をしてみたところの感想がそれでした。


 確かに、万能で使い勝手の良過ぎるチート魔法は、トラブルの元かもしれないですね。


「それで? 万能魔法ではなかったようだが、それでも開拓してみるか?」


 以前よりも随分優しく問い返してくれたシルヴェイン王子に勿論と頷き返しますよ!


 公には聖なる魔法しか使えない事になってるんですから、使いこなしてみせますとも!


 という訳で、演習場の中程まで出てから、ちょっと擦り傷でも作ってみる事にしましょうか、と石でも探してと見渡していると、徐にシルヴェイン王子が腰の剣を抜きました。


 ギョッとして振り返った先で、シルヴェイン王子が剣の先の方を手の平に近付けています。


「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 何殿下が自分を傷付けようとしてるんですか!」


 語気荒く遮ってみると、シルヴェイン王子がキョトンとした目になりました。


「そんな大した傷を作るつもりはないし。治してくれるのだろう?」


 本当に何でもないように言い出すシルヴェイン王子には、顔が引きつりますね。


「あの、王子様がお怪我とか、怖いからやめて下さいよ! 何かあって治せなかったらどうするつもりですか? 私まだクビ飛ばされたくないですよ?」


 言い募るこちらに、シルヴェイン王子がふっと口の端を上げて笑いました。


「治せなくても大丈夫なくらいの軽い怪我にしておけば問題ないだろう?」


「いやいや、それくらいなら、剣貸してくれれば自分の手にちょこっと傷付けて試してみますから!」


 なんでもないようなシルヴェイン王子の反応に、こちらがビビってそんな提案をしてみると、途端に思いっきり顔を顰められました。


「ダメだ!」


 挙句に来た強い制止には、不満が顔に出ます。


「そんな全否定しなくても。怪我の程度にしろ、魔法の強さ加減にしろ、自分で試した方が効率が良いんじゃないかと思っただけで。」


 ついブツクサと言い訳してしまうと、シルヴェイン王子が途端にハッとした顔になりました。


「いや。その、レイカ殿が悪いとかいうつもりはないが、女の子に怪我をさせるなど、出来る筈がない。」


 強い瞳で言い切るシルヴェイン王子には苦笑してしまいますね。


「何でしょうね。殿下って女性相手なら、フェニミストが似合う王子様キャラですよね? 私相手には全くもって不要ですけど。」


「何故だ? 女性である事には変わりがないだろう? 大体、私はここ一月の君に対して取った言動を深く反省している。だから、これからはそれを挽回するべく行動するつもりだ。」


 これまた変な方向性で言い切ってくれたシルヴェイン王子には、苦いような背筋が寒いような微妙な気持ちになってしまいます。


「えっと、過去のことは過去のことで流しましょう! そこは、私も悪かったなって思うところもありますし。」


「・・・分かった。あからさまにはしないように気を付けよう。」


 あれ? これは聞き入れて貰えてないですよね?


 世の中なんでもコッソリやれば良いってものではないと思うのですが。


 やっぱり一筋縄ではいかない王子様のようです。


「はいはい。では、改めましてちっさな怪我がある人探してみますね!」


 もうここはそれで妥協しようと思います。


 王子様に怪我作ってもらうくらいなら、丈夫そうな騎士さん捕まえて実験台になって貰った方が良いに決まってます!


 見渡してみた魔法訓練の円形演習場では、チラッチラッとこちらを盗み見るように見ている騎士さん達が結構いますね。


 やっぱり聖なる魔法には同じ魔法持ちとしては興味があるものなんでしょうか。


 その中から誰か協力してくれそうな人を探すべく歩き始めたところで、ぐいっと後ろから腕を引かれました。


 振り返った先で、シルヴェイン王子が過去を彷彿とさせる不機嫌顔を覗かせています。


 が、目が合った途端、何故かその目元が緩みました。


「待て。今ここで石を握り締めていたら、擦り傷が出来てしまったようだ。これで試してみるのはどうだろうか?」


 そうにこやかに口にするシルヴェイン王子ですが、その目が笑っていない事に気付きました。


 いやいや、怖いですよ? 何かしました?


「えーと。擦り傷出来るほど石を握り込むの、やめてくださいね。二度と。」


 つい口にしてしまったのは、悪くないと主張したいです!


「じゃ、まずは“還元“のほうから試しますね。」


 口にして、シルヴェイン王子の手のひらに手を翳してみます。


 読んだ書物には、聖なる魔法の発動には手を翳す事で、場所や範囲の指定をし易くなると書いてありました。


 勿論、他の一般的な魔法と同じくよりリアルに思い描くと無駄な魔力消費を防げて効果も高いとのことなので、シルヴェイン王子の手のひらを凝視しながら怪我をする前の状態を思い描きますよ。


 と、魔法を使った時特有の魔力が抜ける感があって、シルヴェイン王子の手のひらがあっという間に綺麗になりました。


 確かに、パンを炙った簡易バーナーの時よりもちょっと魔力消費は多そうです。


 ガッツリ結界魔法を張った時程ではないですが、傷がかなり浅いからこの程度なのかもしれないです。


 そんな事を考えている内に、シルヴェイン王子がまた石をギュッと握り込んでいます。


 その時演習場を見渡すのは何故なのか不明ですが、握り込んだ手を開くと、やはり石で皮膚が傷付いているようです。


 その傷付け方、剣でちょんと切るより実は地味に痛いんじゃないでしょうか?


 本当シルヴェイン王子の頑固さにはちょっと呆れてしまいますね。


 という訳で、痛々しいのでさっさと次行こうと思います。


「じゃ、次“促進”いきますね。」


 宣言してから手を同じように翳して、しっかり傷口を見ながら傷が塞がって治るイメージを浮かべてみますよ。


 と、今度は傷が塞がって治る様子を早送りの映像で見ているような感じがします。


 魔力は使った感じはしましたが、“還元“の時よりも明らかに少なそうですね。


「特に副作用は感じられないな。」


ぽつりと呟いたシルヴェイン王子にホッとしました。


なし崩しに実験台にしてしまった王子様の身に何もなくて良かったです。


「うーん。確かに本に書いてあった通りって感じですが。もしかしてなんですけど、これって“促進”のほうは、自己治癒力の限界を超えた怪我は治せないんじゃないですか? 同じく自己治癒力を超えた病気も。でも、“還元”なら場合によっては?」


 そこから先はちょっと怖くて口に出来ませんでした。


 それに、それを聞いていたシルヴェイン王子の顔付きも険しくなっています。


「レイカ殿。“還元”のほうは、人前で使うのはやめなさい。魔力消費が分からないというのは危険だ。特に酷い怪我や病気を安易に治す事は、治した方にも治された方にもどんな反作用があるか読み切れない。」


 その意見には、賛成するしかないですね。


「そうですね。やってみて実はちょっと怖くなりました。過ぎた力は災いの元ですね、ホントに。」


 ぼやくように言ってみると、シルヴェイン王子が目を泳がせてから、何か困ったように眉を寄せています。


「やはり、魔法開拓と訓練は必ず私が付き合う事にしよう。夕方が難しい時は、他に時間を取って付き合うから、勝手に進めないように。」


 真面目な顔で言い聞かせるように言うシルヴェイン王子は、こちらが思い付きもしないようなリスクについて考えてくれているのかもしれません。


 本当に面倒見の良い元上司ですね。


 と言う訳で笑顔のサービスを付けてお礼を言いたいと思います。


「はい、ありがとうございます殿下。これからもお願いします!」


 頑張って作った笑顔を乗せて述べたお礼には、何故か口元を押さえた上で目を逸らされました。


 そして、やはり怖い顔で演習場を見渡すシルヴェイン王子には、困った顔になってしまいました。

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