第八話
良い兆候だと思っていた。
そのはずだった。
けたたましくインターホンを鳴らす隣人がこの部屋を訪れるまでは。
「いいじゃない。ソースも醤油もいらないし。あえて何かかけるとしたらマヨネーズかな。」
そしたらこれひとつでご飯三杯は余裕。あっ。
ご飯ある?無いの。えー。嘘でしょ。嘘だよね。
何の為にこれ作って何と一緒に食べようとしたの。あ、これか。パンだけ?嘘でしょ。絶望的に合わないよ。これにこれ乗せたらこの一枚で終わりじゃん。もったいなーい。パンにはね。味のついてない肉くらいでちょうどいいの。そんなもんでもパンは美味いの。だってどうせソースだのケチャップだのぶっかけて葉っぱだのチーズだのぶわっと乗せるんだから。そんでかさ増しすりゃ一枚でも満足できるかもだわね。けどね、ご飯はね、うっすい味の肉じゃすすまんでしょ。その点これはこの一品で勝負できるじゃない。おかずってのはね、主食をはかどらせてなんぼなわけよ。せっかく味の染みた濃い味の肉があるならご飯炊くべきだわ。それでこそこの卵の半熟も生きるってもんだわ。
「ねぇ。ちゃんと聞いてる?あっ。お水ちょうだい。無かったらお茶でもいい。」
水と茶のくだりは一般的には逆じゃないかと思うのだが彼女に僕の一般的は通用しない。
だぼっとした白のスウェットの上下にボサボサのお団子頭。
牛乳瓶の底みたいな眼鏡で捲し立てる。
いつも通り僕の穏やかな朝を盛大にぶち壊す。
「僕の朝食なんですが。それは。」
微かな抵抗を試みるも彼女にその声が届くわけも無い。
「そうそう。昨日の欠席。よきに計らっておいたから。」
そう言われてしまってはもう何も言うことなどできないのだ。