第十話
その後、彼女とは何となく徐々に緩やかに疎遠になっていった。どちらともなくというよりは明らかに確実に彼女から距離を置き始めたと感じられた。そしてそれはあの日を境にしてのことと思われた。
それから僕は一人でいくつかのアパートを内件して回り今住んでいる物件に落ち着いた。
結局は大学からも駅からも繁華街からも離れた場所になった。それでいいと思った。一人で住むならそれでいい。寧ろそれがいい。静かで静かで静かなのがいい。
そこで出会ったのが珠美さんだった。
デパートで買った菓子折を左手に提げ
「今度、隣に越してきました。宜しくお願いします。」
と定型文宜しく挨拶を告げると
「きゃー。うっそ。これずっと食べたかったの。でもすごい並ぶのよね。あそこ。そんな並んでる暇あったらあれもやらなきゃだし、これもやらなきゃだし、でも売れてるってことはそれだけ有限な時間を捧げ費やす価値があるってことじゃない。その本質を私はまだ見定められてないから並ぶことは出来ないのだけど頂けるというのなら今日こそ見極めることができるわね。今後の行動指標に繋がってくるわ。心からありがたいと思うわ。」
びん底眼鏡。赤と橙の格子の半纏。わしゃっとした髪をお団子に結い上げて、というより邪魔にならないように上空に寄せている、というのがしっくりくる見事なまでに独特の空気を纏ったお隣さんとの最初の出会いだった。