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第一話
その人の名はおそらく「とまこさん」と云う。
通っている大学の近くにある喫茶店で働いていた。
入り口にあるステンドグラス風の看板には片仮名でレアと書かれていて壁面は煉瓦の装いが施されていた。
モダン、という言葉がしっくりくるようないわゆる寂れた昔懐かしい、つまりそれほど客入りの無い、けれど古くからの常連なら毎日入り浸ると思われる優しい時代の置いてけぼりの象徴のような店だった。
僕はいつからかそこに通いつめるようになった。
初めて入ったのは大学二年の夏。
講義の合間に近くの公園のベンチで横になり一休みしていた時だった。
空が急に暗くなりバリバリと空気を裂くように遠雷が響いた。
慌てて飛び起きると同時に
ぽつ、ぽつと雫が落ちてきた。ぽつはぼつになり、ぼたになった。
ぼたはぼたぼたになり、とてつもない勢いでTシャツとジーンズの色を濃くした。
どこでもよかった。
どす黒く簾のように行く手を塞ぐ雨垂れの中を夢中で走った。
真っ暗な世界に程なく鮮やかな色が目に入り駆け込んだ。
そこがレアだった。