93 ゲセスターの行動と操られたオーガとの戦闘
(略しすぎています)
魔物たちに案内されるように宿舎から離れる方向に移動し、森の中の開けた場所へとやってきた。その最中に魔物たちは自分を襲うことはなく、案内を終えると森の中へと帰っていった。
そんな魔物たちを見ていると、魔物を操る闇魔法はとても便利な能力だと感じる。その一方で、広域にわたる魔法を展開してそれを維持し続ける術者としての能力がハンパないことを感じる。普通であれば、魔物に指示を与える時には魔力のパスが伸びている事になるのでそれを数百、数千の単位となれば1つの指示を出すにもかなりの魔力量が必要となってくるはずだ。普通に考えて人の魔力量ではあり得ないな。
いや?待てよ?魔素放出装置によって人工的に発生させられた魔物たちからドロップした魔石には闇の魔力が含まれていた。生まれた魔物が闇魔法の影響を受けるように魔素放出装置によってプログラムされた闇魔法を発動していたとか?そうすれば、膨大な魔力を消費せずに済むはずだ。例えば、自分の魔力を持つ存在をこの場所に向かう場合は攻撃し、そうでない場合は攻撃しないといったものだろう。魔力には個人を識別可能な情報が含まれているので、それを利用すれば問題なく使えるはずだ。
だとすると、この大規模な魔物発生も予め自分を嵌めるために仕組まれているものという仮説が立つ。だが、大規模かつ計画的に事を進めている闇魔法を操る集団は自分のような小さな存在に注目して行動を起こすなんてことはしないはずだ。あくまでこの大規模発生の主目的は街を襲う事のはずで、自分をここへ向かわせることは副目的なのだろう。まあ何にせよ、それを仕組んだ張本人たちがやってくる。そこで答え合わせをするとしよう。
さあ、厄介ごとを吹っ掛けてくる人たちはどの辺にいるのかな?能動探知をするとしよう。
魔力を体外に薄く放出して帰ってきた反応はー。ゲセスターの集団はもうすぐそこまで来ているな。意外と早いように思うが魔物と戦闘せずにやってくるならそんなものか。
それに加えて、変な反応が増えてる。帰ってくる魔力反応から察するに系統的にはオーガだが、魔力量が桁違いだ。オーガニックオーガ第二弾といったところだろうか。めんどくさいので戦いたくないところだが、ゲセスターの息が掛かっているだろうから戦闘になることは間違いない。ワンパンで倒してトンズラしたいものだ。
そうこう考えていると、受動探知にゲセスターを含めた3名が自分のいる場所へとやってきた反応があった。少し警戒しつつ気づいていないふりをしながら接近するのを待っていると、約20歩ほどまで接近した時にゲセスターから自分に向かって神経を逆撫でするような声色で声をかけてきた。
「よぉ、奴隷ぃ。ここに来たってことは奴隷になるってことでいいんだよなぁ?」
戦闘能力演習トーナメントで対戦した時と何一つ変わらない口調だ。トーナメントではぶっ飛ばしたのに懲りてない様子だ。またぶっ飛ばしてやろうかな?
そう思いながら、ゲセスターの方向を振り返る。すると、如何にもこの時を待っていたと言わんばかりに嬉しさに顔を歪ませたゲセスターとにこやかだが目が笑っていない女生徒、やれやれと言った表情でついて来ている新人衛兵槍装備君が開眼して紅に光る瞳に映った。
ゲセスターは如何にも高そうな豪華装備を身につけている一方で、妙にシワが多い学園の制服に身を包んでいる女生徒、衛兵にしては軽装備の新人衛兵槍装備君でかなり対照的な装備であることが目を引く。だがそんな装備のうち、ゲセスターや女生徒のズボンの一部や靴が血に塗れており何かがあった後であるようだ。
「いいえ、自分は魔物に案内されただけですので。そちらは随分汚れているようですが魔物に襲われましたか?」
「ああ、これかぁ?これはちょっと邪魔だったから掃除したんだよぉ」
「この魔物騒ぎに乗じてですか」
「ものわかりがいいじゃねぇかぁ。そうだ!俺様が直々に掃除したんだよぉ!なぁ?奴隷も反抗したらどうなるか。わかってんだろうな?」
独特な変顔をしながら直剣型MSDを抜いて圧をかけてくる。流石に舌なめずりはしないようだ。分かりやすい下衆なキャラをしているのに、それをしないなんて少し残念だな。
それはさておき、この文脈において掃除という発言に加えて装備に血が付着して黒くなっているところから察するに、考えが合わないパーティーメンバーを殺害してきたのだろう。殺害されたメンバーは大量発生した魔物との戦闘で死亡した事にして自身の潔白を主張すると思われる。嘘の主張をしたとしても森の中は学園関係者の目が届きにくい上に、この魔物騒ぎで確認することが困難だ。これまた、随分と真っ黒な事をしている。恨みを買っていつかブッ刺されるぞ?
そんなゲセスターの問題発言しかない言動に対して、女生徒はにこやかな表情をほんの僅かに崩し、顔を歪めたのが視界に映った。それがなぜかは分からない。だが、その表情の変化や目の笑っていなさから考えるに、女生徒はゲセスターに対していい感情を抱いていないようだな。
一方で、新人衛兵槍装備君は呆れており、ゲセスターを止める意思を見せていない。自分からすると結構ドス黒い事やっているにもかかわらず、何もしないと言うのはゲセスター側の人間だからなのだろう。
そして普通の人なら違和感を持つ「魔物に案内された」という表現に誰も反応を見せなかった。それが当たり前であるように。通常、魔物の密度が一定の場合は動き方はランダムだ。そのため、普通の人に魔物に案内されたなんて言った時には虚を突かれた反応をするか、分かりやすい冗談を言っているように聞こえるかと言ったところだ。しかし、3人全員が反応しておらず、違和感のある言葉ではないことがわかる。つまりは、魔物の動きは何者かによってコントロールが可能であることを知っている事になると考えられる。強引かもしれないが、魔物の異常発生に関与しているのとみて間違いないだろう。そうなると、前回の魔物の異常発生にも関与していそうだ。カマをかけてみるか。
「反抗したら魔物がやってきたりしますか?先日の街中で起きたみたいに」
3人は真相に近づきすぎている自分の発言にも特段反応を見せない。特に違和感を覚えていないあたり黒のようだな。それどころか、ゲセスターがなんか喋り始めたぞ?
「ああ、そうさ。わざわざ俺様が奴隷の主人が誰かわからせるために用意したんだぜ?」
しゃ、シャベタああああ!自ら魔物の異常発生に関与したことを自白したぞこいつ。まあ、自白したところで証明できないのでどうしようもできないことを見越しているのだろう。無駄に賢しい奴だ。
そんなゲセスターは視線を自分に向けたまま、直剣の剣先を女生徒に向けて言葉を続けた。
「前回はこのゴミの所為で台無しになったが、今回は楽しませてくれよな?キャハ」
ゲセスターから随分な言葉を受けた女生徒だが、言い返すことはなかった。だが、眉を少し動かして唇を噛み、制服のスカートの裾を握りしめた。よくよく女生徒の制服を観察してみると、所々何かの液体がかかったような跡が見られる。その行動と女生徒の服装から察するに、どうやら前回...自分の家に魔物が押し寄せた時に言えないことをされた様だ。そして、それは今さっきも起こったようだ。何も抵抗しなければ自分の未来が目の前にいる女生徒のポジションとなることが言わずとも伝わってくる。そうなるのは御免だ。
反抗の意思を示すべく、手に持っていたオーガの魔石を地面に置き、太ももにつけたホルダーから純白のナイフ型MSDを静かに抜き取って構える。
それを見たゲセスターは自分が反抗してくることを予想していたようで、愉快な表情のまま告げる。
「ああ燃えるぜ!目の前にいる奴隷を屈服させるのはヨォ!いい声で鳴いてくれよなぁ!」
「嫌です」
「そう言っていられるのも今のうちだぜぇ?とびっきりのやべー奴を用意してっからよぉ?奴隷になるなら今のうちだぞ?ん?」
いちいち神経を逆撫でしてくるような口調にプッチンプリンしてしまいそうだ?いっそのこと一瞬で口を開けなくしてやろうか?っと我慢我慢。ここで切れたら相手のペースに乗ることになる。がんばれー、自分!はい、深呼吸。すーはー。
「チッ、顔色ひとつ変えやしねぇ。だが、そんな表情を今から歪めてやるよ!オラァ!来やがれ!」
ゲセスターがそう叫んだ瞬間、ゲセスターの体からドス黒い禍々しい魔力が噴き出した。噴き出た魔力は存在を感じていたオーガの元へと向っていき、魔力を受けたオーガは森中に轟くような咆哮をあげた。闇の魔術によってコントロールされたと思われるオーガはゲセスターの元にやって来ると、とてつも無い覇気を放ちながら自分の方を向いた。
やばそうだなと感じていたがこうして目の前にしてみると、視覚的にもオーラ的にもかなりやばいと感じる。このオーガの戦力は判断しかねるが、自身の能力を封印して自己強化魔法無しで戦うのは自殺行為であることは間違いない。戦力は高めに見積もるのが吉だろう。
「どうダァ?戦うのが恐いか?全裸で今すぐ奴隷にして下さいって懇願されちゃ考えなくもないぜ?でも、痛ぶってからになるがな!キャハ!」
うるせー!今は戦力分析してんだよ!喋るな!ばーか!
外観は先ほど戦ったオーガよりも1回り大きい程度だ。だが、体に纏う尋常じゃない覇気や溢れ出るとてつもない魔力量、駆け巡る魔力が先ほど戦ったオーガよりも比べ物にならないことを示している。まさに桁違いで、今までに戦ったことの中で最も強い魔物になるだろう。ゲセスターの言う通りやべー奴だ。
「...」
「怯えすぎて言葉もでねぇってか?いいねぇ!最高だなぁ!キャハ!」
集中して戦力分析しているだけなのに、このご都合解釈。あまりに状況が見えていなさすぎる。周囲が暗いからと言うことにしておくが、うるさいよ!
ゲセスターの発言は置いておいて、とにかくオーガの話だ。保有する魔力量やその覇気から察するにオーガから繰り出される攻撃はどれも致命傷レベルだろう。掠りも厳禁だ。頭の上を拳が掠めたならば今度は確実に頭頂ハゲになること間違いない。逆リーゼントになる。間違いない。
「そこにいるオモチャと遊びなぁ!キャハ!」
戦力分析のためにオーガへ向けていた視線を僅かに逸らしてゲセスターの方を見ると、ゲセスターは結界を張っている最中だった。展開途中の結界内には女生徒と新人衛兵槍装備君が入っており、ゲセスターはともかく全員戦闘に参加する気はないらしい。
ゲセスターは高みの見物と言ったところか?安全なところから指示出すだけの小物といったところだが、それはいい選択だぞ。オーガに放ったアイスニードルの流れ弾でうっかりヤっちゃうかもしれないからな。そう、ついうっかり。
「さぁ、楽しい楽しいお遊戯会の始まりだ!キャハ!」
邪魔者も引っ込んだことだ。さあ、自分も魔物狩りを始めるとしよう。キャハ!...マジで、このキャハキャハ言うの何とかしてほしい。語尾がうつる。
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自分の20歩ほど先にいるオーガはゲセスターの掛け声に反応すると、鋭い眼光を放つ瞳に自分を映して狙いを定めるや否や、足を1歩前に踏み出して地面を揺らす。だが、攻撃を仕掛ける様子はなく、攻撃が来たらあしらってやると言うような感じだ。普通の魔物なら取り得ない行動だし、ゲセスター側からの指令があるのだろう。だがこれは戦力を測る上で好都合だ。それに甘えるとしよう。
まず攻撃が入るか確認するとしよう。まずは魔法攻撃からだな。
リング型MSDを使って普通のアイスニードルを発動する。自身の目の前に集まった魔力が変質して氷柱へと変化する。氷柱は程々の速さでオーガへと向かう。僅かな時間でオーガの元へと到達するが、オーガはそれに反応する。
オーガは飛翔してきた氷柱に対して、拳を突き出した。拳に魔力が集まっている様子もなく、魔法を発動した形跡もない。ただ、拳を突き出しただけだ。しかし、その拳によって氷柱は容易く砕かれた。
「そんな攻撃じゃ倒せないねぇ?どうするのかな?キャハ!」
変態言動ゲセスターは随分と楽しそうだな、おい。
それにしてもオーガさんマジぱねー。耐魔法壁にアイスニードルを打ち込んだみたいになってるじゃん。耐魔法壁に風穴開けたものとなると、確認している中ではMSDに書き込まれているアイスニードルの限界火力だ。今さっき放った普通のアイスニードルは限界火力の1%も満たないものなので、相手の戦力を測るには雑魚すぎる攻撃だと言っていいだろう。それなら次は、MSDで放つアイスニードルの限界火力の10%のものを放つとしよう。
普通ではないアイスニードルを放つべく、氷柱をより強固なものにして飛翔スピードを増したイメージを魔力に付加する。MSDに流れ込んだ魔力はMSDによってアイスニードルの情報を付加され、空中へと放出される。先ほどよりも多い魔力が空中へと放出され、氷柱へと変質していく。
魔力が変質して氷柱になっていく僅かな間だが、オーガは自分の魔法に反応して拳に魔力を集め始めたか。間違いなく警戒されたな。それに、拳に集めた魔力を体外へ放出していない。と言うことは自己強化魔法の類だろうな。
魔力が氷柱への変質を完了した直後、生成された氷柱はオーガへと猛スピードで向かう。そして猛スピードで飛翔する氷柱は、再びオーガが反応して突き出した拳に阻まれ、衝撃波とともに光の粒となって消滅した。
アイスニードルをモロに受けたオーガは威力を見誤ったのか、衝突時の衝撃で一歩後ずさった。そして、オーガは全身に魔力を巡らせた。
オーガは拳だけだった自己強化魔法を全身にまで広げたか。余裕綽々の態度では居られないと判断したようだ。だが、攻撃を受けた拳は無傷だ。今の感じだとかなり防御力が高くて、学生や普通のギルドメンバーが行う魔法攻撃はともかく物理攻撃はほぼ効かないと考えたほうがいいな。このオーガを討伐するとなるとかなりの火力が必要となってくるだろう。
MSDで放つアイスニードルの限界火力で応戦するのもいいが、人目があるため異常とも言える火力のアイスニードルを連発することは避けたいところだ。防御力も攻撃力もめっちゃあるとなると、これからどうするか。まともに正面から戦うのは異常な能力を示すことになる。できれば攻撃してこない今のうちに短時間で決めたいところだが、何か現実的な策はあるか...?
そう考え始めた時、オーガが攻撃を受けてよろけたことに対してゲセスターが何か言い出した。
「あ?アイスニードルごときで何よろけてんだ。使えねぇ。チッ、さっさとシバいて俺様を楽しませろ!くれぐれも殺すんじゃねぇぞ!」
どうやら、オーガの戦闘方針を変更させるようだ。攻撃してこない今のうちにと思っていたのに、余計なことをしてくるな。とりあえず、オーガの攻撃に備えるとするか。