73 サリアの事2
(略しすぎています)
「カオリちゃん、もう大丈夫...ありがとう」
そう言ってサリアは自分の背中をポンポンと叩く。それに従って、サリアを抱きしめていた腕を静かに解いた。
サリアの取り乱し方が尋常じゃなかっただけに、本当に大丈夫か疑問に感じて、サリアの表情を窺う。サリアの表情は落ち着いたものとなっており、恐怖や混乱といったものは浮かんでいない。だが、いつも通りとまではいかず、顔にはまだ暗い影が落ちている。単に落ち込んでいるという訳でもなく、いろんな感情が入り混じった複雑なものだ。
今のサリアの表情はどこかで見た。記憶を探るとあれは確か入学式前後のサリアとの魔物狩りの時だ。あの時は、サリアが魔物から自分への攻撃を守ってくれたが無理な体勢で攻撃を受けてしまい、後に攻撃が続かなかった。その後、無事に魔物は自分が討伐したのだが、その時のサリアの表情は程度が違うものの今の感じだった気がする。その時と今の状況は色々異なっているが、サリアの中では関連していることだったのだろうか。
「本当に落ち着いたようで何より。でも、無理はしないでね」
「そうする。でも、そろそろ移動しないと魔物が集まってきそうだし、移動しよう?」
そう言うと、サリアは力なさげにフラフラしつつ立ち、服についた汚れを手で払う。自分も立ち上がって服の汚れを払いながらサリアに問う。
「サリアがそう言うなら移動するけど...。本当に大丈夫?フラフラだよ?」
「大丈夫、大丈夫。森の中を歩くくらいは問題ないって。さあ行こ」
サリアはそう言いながら自分に手を差し伸べて弱弱しい笑顔をこちらに向ける。そんな痛々しい表情を見ていられなくてサリアの手を取ってすぐにサリアの横に並ぶ。だけど、弱弱しくどこかにでも飛んでいきそうに感じている自分はサリアの手を離す気にはなれず横に並んでも握っていた。サリアの方も離す気はなかったのか、自分の手を握った力を緩める事は無かった。
そして一緒に肩を並べてゆっくりと森の出口へ向かって歩き始める。どういった言葉をかけたらいいのか言葉が見つからず、どうしたものかと悩んでいるとサリアの方から声をかけてきた。
「カオリちゃん、その、さっきはありがとね。抱きしめてくれて。すごく安心した」
「どういたしまして。助けになったようでよかった」
「いつもはここまで、って今のナシナシ!」
サリアは慌てて両手をぶんぶんして気にしないでアピールをする。それにつられてサリアの手を握った手がぶんぶんと振り回されるものだから、体が揺さぶられる。
「ってごめんね。あはは...」
揺さぶられながらもサリアの言った言葉が気になって、つい言葉が出てしまった。
「いつもなの?」
その言葉を発したことに少し後悔する。サリアの表情を恐怖に染める何かについて自分が関わることを示したことになるからだ。サリアの持つ何かに関わる事が嫌だという訳ではなく、中途半端であり責任が取れそうでもない自分が関わっていいのだろうかという気持ちからだ。せめて関わるならば覚悟が決まってからと考えていただけに、ふいに出た言葉で関わってしまったことに申し訳なさを感じてしまう。
だが、口から出た言葉はもう戻らない。なので、関わったのならばと覚悟を決めることにした。
「時々あるの。昔の事思い出してしまうこと。最近は思い出しても大丈夫になったんだだけどね」
「今日はダメだったんだ」
「そう。昔の状況に似ていて...。」
そこで一旦言葉を区切ったサリアは、こちらを向いて問いかけてきた。
「ねぇ、カオリちゃん。私が今から話す事を聞いていてくれる?」
そう問いかけるサリアの表情はまだ弱弱しいものが残っていたが、過去を乗り越えたいと思う信念を感じた。多分、自分に話すことで過去の出来事について整理したいのだろう。そして少しでも前に進みたい。
そんなものを感じ取った自分は自身の覚悟云々の考えが途端にばからしいものに感じた。責任が持てないから関わらないという自分の考えは、目の前で藻掻いて前に進もうとしているサリアに手を貸さずに見ているだけということに気が付いたからだ。それは逆にサリアを傷つける行為にもなりうる。そんなことは嫌だ。
そして今はただ、純粋にサリアの力になりたいと思った。
「わかった。聞かせて」
サリアは自分に感謝を伝えると、ぽつりぽつりと話し始めた。
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私は両親と妹の4人家族で、ここから南の方にある大陸にあった、エルフの里に住んでいたの。両親は朗らかで優しいと里の中で有名で、妹との仲もよく仲良し姉妹とも呼ばれていたみたい。だから、仲のいい家族として里の中では通っていたし私もそう思っていた。
両親は里唯一の商人で友好的な関係を持っていたこの国(アステラ王国)との交易をしていた。ある日、両親が商談に行かなくてはいけないというので、寂しさに駆られて私は妹と一緒に連れて行ってほしいとお願いしてみたの。両親は困った表情を浮かべたけれど、子供なりの一生懸命なお願いに屈したのか、連れて行ってもらえることになった。
荷馬車で向かうアステラ王国への道中はとても楽しいものだった。それに、里の外の見たことのない景色、人種、文化に触れたこと、すべてが新鮮だった。
無事にアステラ王国の都市に着くとそこで、両親と共に見たことのない料理を食べたり、観光したり、宿泊したりした。私は家族みんなでそれを共有できたことがとても楽しかった。両親は商談がうまくいったようで喜んでいたが、それよりも子供たちと一緒に来て過ごす事ができたと喜んでいた。
アステラ王国での取引が終わり、エルフの里へ帰る道中にある森の中で荷馬車を止めて野宿をすることになった。そこで、取引先の都市で買った食材を使って鍋料理を作って食べた。その時に食べた味は今でも思い出せるほどにおいしかった。
両親が食事の後片付けをしていて、妹と私は両親の元からはなれてお花摘みに行っていた頃、両親のいる方から声と大きな物音がした。当時の私と妹はそれが戦いが起こっていたとは考えず、何が起こったのかと両親の元へと戻ったの。
私が両親の元へと戻ろうと茂みから出ようとしたとき、目の前に自分へ向かって駆けてきている母の姿が映った。母は私の姿を見ると悲しげな表情を押し殺し、安心させるためか優しい表情を浮かべた。次の瞬間、母の背後に剣が見えた。
剣が振り下ろされて、母は声を上げてこちらに倒れ込んできた。私の上に覆いかぶさるように倒れると、誰にも聞かれない小さな声だったが、今でもくっきりと覚えている。とてもやさしい声で大丈夫、大丈夫と呟いていた。
母が呟くたびに私が着ている服が生暖かい液体で濡れていく。私は何が起こったか分からず、ただ、じっとしていた。
それが10秒だったか1分だった分からないけれど、ある程度続いたの。そして母の声が一瞬途切れたかと思うと、母の息をのむ声と共に妹の悲鳴と骨が断たれる音が聞こえた。母はその後、声が震えながらも大丈夫、大丈夫と声をかけ続けてくれた。そして次第に声も掠れていき声さえも聞こえなくなった。
そのころには辺りは静かになり、木の葉がすれる音と焚火の木が爆ぜる音しか聞こえなくなった。落ち着きを取り戻した私は母に声をかけた。けれど、返事は無く体はびくりともしなかったの。私は母の体の下から這い出て母を見た。とてもやさしい表情だが、目を閉じて涙を流していた跡があった。
母の近くには妹が伏せていた。私は温かい妹を仰向けにすると肩からお腹までぱっくりと斬られて、目は見開き、苦痛に歪んだ表情で固まっていた。
焚火の近くには地面に伏せた父が居た。父の背中には剣が3本突き立っており、片腕は切断され、残された腕や脚は真っすぐではなかった。そんな中、残された腕は母の方を向いていた。そんな父は歯を食いしばり、涙を流した後があった。
その現実を受け止めきれなかった私は、皆が私を驚かせようとしているんだと思い込んで、母の元まで戻り、朝まで声をかけ続けた。それでも動かない母にだんだんと現実を突きつけられた。
朝になり、あたりが暗くて分からなかった状況がはっきりと見えてきた。両親や妹の周りには血の跡があった。もちろん倒れている体の状態も。
すべての事を理解して大声を上げてただ泣いた。そして、泣いていると夜が来た。お腹が減ったから、大きく壊れた荷馬車に残っていた食材を食べた。そして、どうして家族で一緒に食事をせずに一人で食べている事を理解してまた泣いた。私だけ食べるのは何か申し訳なくて、3人それぞれに食材を置いておいた。夜が更けると魔物がやってきたので石ころを投げて追い払い続けた。その間も母の大丈夫という優しい声が頭の中から離れなかった。
そんなことがどれだけ続いたのか分からないけれど、ついに食料が尽きた。そのころには私の声は掠れ、体は重く動かないようになっていた。そのころには私の家族がもう二度と声を発することはないことを理解していた。そして、今のままでは私自身には先が無い事を悟っていた。
そんなときだった、何者かの声がした。生き残りである自分を殺しに来たんだと、私はこれから起こるであろう死を受け入れてすべてを諦めた。だが、そんなことは起こらなかった。
来た人物はギルドに所属するアンバーさんのパーティーだったの。今思えばとても幸運だった。大丈夫かと何度も声をかけてくれるアンバーさんに安心したのか、私はすぐに眠ってしまった。
それ以降はアンバーさんのパーティーにお世話になって生きる術を学んだの。お金を稼ぐ術、魔物を倒す術とか色々学んだかな。とても大変だったけど、得たものはとても大きかった。
その過程で私の家族に起きた事件について知ることになった。家族を襲ったのはエルフの技術や交易がアステラ王国に独占されることを恐れた他国からの刺客だった。そのことが分かった時に私は決めたの。
そんな不幸な事件に巻き込まれても、事件を撥ね除けることができるくらいに強くなろうって。せめて、私の大切な人が傷つかないようにしようって。
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