42 決勝戦前の出来事
(略しすぎています)
素晴らしいほどに壊れたナイフ型MSDを眺めつつ思考していると、ドアがノックされた音が部屋に響いた。エルバ先生か?先生ならすぐに入ってきそうなものだが、部屋に入ってくる気配がない。
とりあえず椅子から立ち、壊れたナイフ型MSDを脚につけたホルダーの中に入れてから、返答をする。
「どうぞ」
返答した後にドアを開けて入ってきたのは40歳代くらいの男性だ。服装はそれなりにかっちりしている服装だし、この学園の教師かな?それにしては教師に似つかわしくない人相をしている。
「私はこのトーナメントの関係者だ。カオリさんが所持するナイフ型MSDの検査についての要件できた」
「はぁ。あまりピンときませんが、自分のMSDに何か」
「それについてはこれから説明する。カオリさんも知っているとは思うが、このトーナメントでは使用する魔法が制限されている事は知っているね」
「ええ。確か、殺傷性が高い魔法は使うことが禁止されていたように思います」
「カオリさんの言う通りで、相手に致命傷を負わせる可能性が高い魔法は禁止している。だが、近年は学園の戦闘レベルも上がっていて知らず知らずのうちに禁止されている魔法が使われていることも多い。」
「戦闘レベルの向上で、禁止レベルの魔法の使用が認められると」
「その通り。今回は決勝戦ということもあり、戦闘がヒートアップする可能性も考えられる。その時に万が一殺傷性の高い魔法を使用した場合、重大な事故につながる可能性がある。それを防止するために、検査をしようと言う訳だ。私が責任を持って検査するのでカオリさんはそのMSDを私に預けてくれればと」
かなり筋が通っているような気がするし、その内容も理解できる。だが、自分のナイフ型MSDは魔法構築に必要な核が完全破壊されている。検査する意味はあるのだろうか?でもまあ、拒否して面倒事になるのも嫌だし、一旦預けるか。
「そういう事なら分かりました。これが自分のMSDです」
「協力ありがとう。私の用はこれで済んだから行かせてもらうよ」
そう言うと滑らかな動作で部屋から出て行った。本当に自分のMSDを回収しに来ただけのようだ。なんか無駄話でもあるかと思ったが、忙しいのだろうか?
それにしても、どこかで見たような顔だったな。どこだったか...。ああ、戦闘能力評価のクラス内リーグ期間中で戦闘能力の評価をやっていた気がする。あまり自信はないが。
考えても答えは出なさそうだし、ナイフ型MSDの検査が終わってMSDを返却しにきた時にでも聞いてみるか。
そう考えていると再びドアがノックされる音が響き、返事をする前にドアが開いた。
「カオリさん、ただいま戻りました〜」
そう言いながら入室してきたのは若干バテ気味のエルバ先生だ。少し汗もかいているし少し走ったのかな?ここから学園長のいる校舎までは少し距離があるし、疲れるのも無理はない様に思う。
「エルバ先生、お疲れ様です。学園長には会うことができましたか?」
「それが、学園長に会うことができませんでした。残念です...」
「それはタイミングが悪かったですね」
「本当です。学園長は何処にいらっしゃるんでしょうか?」
エルバ先生は体の力を抜いて椅子に体重を預け、目を閉じて少し息を吐いた。口からは熱気のこもった息が漏れ、その漏れと共に胸が上下している。さらに、上気した肌とそこから立ち上がる汗の匂いが、謎の雰囲気を醸し出す。
このシーンだけ切り取るとヤバいな。色んな意味で。思考が変な方向に逸れていきそうだ。そんなことを思いながらエルバ先生に視線を投げていると、視線に気がついたのかエルバ先生が声をかけてきた。
「カオリさん?私に何か?」
「いえ、特にこれといった用はないのですが、エルバ先生に何か聞いておかないといけない内容を思い出している感じですのでお気になさらず」
すごい変なことを言っている気がするが、何か聞いておかなければいけない気がするのは本当だ。嘘は言っていない嘘は。とはいえ、エルバ先生と目と目が合いながら考えを巡らせると、おかしな方にいきそうな気がするので視線をエルバ先生からずらした。ヤマシイコトハナイデスヨ。
「そうですか?マジマジと見られていたので私に何かおかしいところでもあるのかと思いましたよ」
「あ、それですそれ。おかしいことです。思い出しました」
「え?私ですか?何かしましたか?」
「いえ、エルバ先生ではなく、こちらの話です。すみません」
「ビックリしましたぁ...それで、私に聞きたいことって何ですか?」
「それはですね.........」
MSDの検査の件で部屋にやってきた人の話をした。エルバ先生はMSDの検査について知っているだろうなと思っていたが、反応的には初耳の様だ。
「ということがありました。壊れたMSDを回収する点もあって気になってたんですよね。この検査って今年からですか」
「分かりません。少なくとも私は聞いたことがないですね。趣旨は分かりますが、私も引っかかりを感じますね」
「と言いますと?」
「まず、1つ目になぜ決勝戦だけなのでしょうか。事故を防ぐにはこの戦闘能力評価期間中全てで実行すべき事です。少なくとも、クラス代表トーナメント戦において実行していないのはおかしいです」
「確かに。そう言われてみればそういう風に思えてきますね。」
「2つ目にMSDが完全に破損しているにも関わらず、検査のために回収したことです。通常、MSDの核が完璧に破損している場合は魔法の行使ができませんのでMSDとしての機能はありません。ですので、検査を行う趣旨に照らしても検査をする必要がありません。カオリさんのナイフ型MSDは核がわかりやすい場所にありますので、一目で破損していると分かるはずです。それでも回収したのは何か理由がある様に感じます」
「それは少し疑問に思ってましたね」
「3つ目にMSDを回収しに来た時間が気になります」
「まだあるんですね...」
「そうですね。これは私の中でかなり引っ掛かる事です。通常、MSDの検査は設備が揃っている場合は15分程度の時間がかかります。ですが、この演習場にはその様な設備がなかったと記憶しています。となると、校舎まで持ち運んでからの検査になりますので往復する時間を考えると...今から15分くらい時間がかかります」
「15分くらい」
「ピンと来てない様ですが、カオリさんの試合開始まで5分くらいしかありませんよ」
「え“」
エルバ先生に言われて時計を見ると決勝戦の試合開始までの時間が5分前になっている。確かにこれはヤバい。今すぐにでも入場口に行かなければならないような時間だ。エルバ先生グッジョブ。
「本当に時間がないですね。すみませんが行ってきます」
「行ってきますって、カオリさんはナイフ型MSDが無い状態でどうやって戦うつもりですか?」
エルバ先生はすごく疑問そうな表情をしている。あ、もしかして、エルバ先生の中で自分はMSDを1つしか持っていないことになっているのかな?指に嵌めているリングがオシャレ的なsomethingと思っているのだろう。まあ、リングタイプのMSDは一般的にお守り的なカテゴリに属しているし、まさかそんなお守り的なものをメインで使いまくっている人がいるとは考えないか。無理もない話だな。
何はともあれ、アイスニードルを発動させて自分がMSDを持っていることを示して安心させるか。
「大丈夫です。実はこの指輪、MSDなんです。この通り」
リングタイプのMSDに魔力を流し込んで移動速度0の氷柱を手のひらに生成する。
「え、え?この指輪がMSDですか?」
「こんな感じでMSDはあるので大丈夫です。行ってきます」
時間も時間なので説明を省き、状況を飲み込むのに時間がかかっているエルバを放置して、急いで部屋を出て入場口へと向かう。
これまでナイフ型MSDの魔力刀を発動することで魔法攻撃を切り裂くことができることから、多少強引な試合展開をしていても問題はなかった。だが、そのMSDが無いので決勝戦は慎重に戦わねばならない。
その上、決勝戦の相手はおそらくゲセスターで、発動した者を起点として周囲での魔法発動を妨害する魔法を使用してくる可能性が高い。そのため、必然的に遠距離戦闘中心になるだろう。相手がそれを許してくれたらの話ではあるが...。
それにしても、運動で汗をかいたエルバ先生。サリアとは違って少し落ち着いた感じのフローラルな香りだったな。柔軟剤とか洗剤の類ではなく自然な感じだったので、リラックス効果がありそうだ...。と言うかあったな。
やっぱり、あの光景は思考を変な方向にそらす作用があるのかな?