39 新しくMSDを買ったこと
(略し過ぎています)
「リナ、シルフィア、また学園で~」
「また学園でね~!」
「はい、また学園で」
と、カフェから出たところで別れを告げてリナとシルフィアが歩き出すのを見届ける。カフェの中で長時間話し込んでいたようで、陽が大きく傾いて2人が歩く影はかなり長くなっている。歩くとともに揺れる2人の後ろ髪は夕日が透過してきらめいており、歩く2人が話し合いながら帰っている姿はなぜかエモさを感じさせる。
そんなエモさを感じていると、サリアが声をかけてきた。
「それじゃ、私たちも行こっか」
サリアの方向を振り向くと、夕日に照らされたサリアの顔がそこにはあり、何だか一段と綺麗に見えるのはなぜだろうか。そんな不思議な感覚がどこか違う世界に来たように思わせる。
違う世界に来てるのは正しいんだけどね?色々あって疲れてるからエモさを感じているのだろう。多分。
「行きましょ~」
謎に感傷的な思考を中断してサリアと横並びとなり歩き始めるのであった。
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そしてサリアと共にやってきたのは工房シュトーだ。ここは戦闘服やMSDといった武器をそろえるのにお世話になったところだ。どうしてここに来たかというと、サリアは模擬戦の最中に2個のMSDを失ってしまったことからMSDの補充、自分はサリアの姿を見てMSDを増やそうかなという理由からだ。とは言っても、自分は魔法メインで戦闘を行うわけではないので、MSDを買い増すメリットが薄いので単なる気分転換に近い。いつの間にか、自分に割り当てられた部屋が前衛的なアートに様変わりしたのを見ると気分転換もしたくなるものだ。
扉を開けて店内に入ると店主さんが店の奥から出てきた。
「いらっしゃい、ってサリアちゃんと嬢ちゃんじゃねぇか。こんな時間にどうしたよ」
「私はMSDの修理見積もりで」
「自分は新しいMSDの物色といったところです。閉店時間は大丈夫ですか」
「ああ、問題ない。閉店まで2時間はある。2人ともゆっくりしていきな。それじゃ、サリアちゃんはこっちに」
「それじゃ、私はシュトーさんにMSD見せてくるね」
「わかった。自分は魔法特化MSDのコーナーに居るから終わった呼んでね」
サリアはシュトーさんと共にカウンターの方へ歩いて行った。というか、あの店主さん、シュトーっていう名前だったのか。初めて知った。
新たな発見を得つつ、歩いて目的のコーナーへと進むと、MSD新商品コーナーが目に留まった。
そこにあったのはリングタイプのMSD...のようだが、見える位置には核はなく単なる銀色の金属リングのように見える。展示されているものには表面が軽く彫刻されており、シンプルな中にも華やかさが感じられる。
「なんか核が見当たらないし面白いMSDだな。でもMSDというからには核があるだろうし...」
気になったのでMSDの隣あるポップを読んでみると、このMSDの用途は身体強化系魔法をメインで扱う物のようだ。なんでも、リングの内側に核があり、皮膚と接触するように作られているため、身体強化系魔法に関して魔力効率が高いとのことだ。
「身体強化系魔法...なんか面白そうな魔法だな」
自身の特殊な能力と思うのだけれど、自分の身体能力は異常なほど高い。それに加えて、自身の能力でさらに身体能力を増加させることができる。そのため、身体強化系魔法を使うメリットはかなり弱いのだが、自身の異常な身体能力を隠すためもにこの魔法が書き込まれたMSDを持っておく利点は少なくはない。ということで、気になりました。はい。
さらにポップを読み進めると、このリングを使用する利点が細かく書かれていた。
身体強化系魔法は自身の体に作用する魔法であるため、MSDに入力した魔力は魔法の発動と共に体に戻ってくるようになる。普通のリングタイプやハンディタイプのMSDでこの魔法を扱うと、体から何らかの物質を通過して核に魔力が流れ込み、また体に戻っていくという流れになる。そのため、物質を挟む分魔力のロスが生じる。さらに、数々の魔法が飛び交うような場所では他の魔力の影響によって魔力が乱されて、本来の効果よりも劣ってしまうらしい。
そこで、核を皮膚と接触するようにして魔法抵抗が高い金属で覆うことにより、外部の魔力の影響を低減させ、高効率で身体強化系魔法を扱えるようになったとのことだ。
「中々に特化したMSDでよさげだけど、普通の人って使うのかな?あまり見たことないけど。使うとするならどこで使う?」
「ああ、それはな」
「ひゃい」
いきなり男の人の声が背後から聞こえたので、体がびくついた上に変な声まで出てしまったじゃないか。
声がした方向に振り返るとシュトーさんだった。相変わらずよいスニークスキルをお持ちで。
シュトーさんの隣にはサリアもいる。どうやらカウンターでの用は済んだようだ。
「そんなにびっくりするとは、嬢ちゃんすまんかったな」
「毎回背後から声をかけられるので驚きますよ~」
「驚かさないよう気にしてるんだがな。」
気を付けていて、このスニーク性。恐るべし。
サリアは自分に背を向けており肩が規則的に上下している。さては、笑いをこらえているな?今度、肩を叩いて振り返りざまに頬を指先でぷにってやるか。
「それで、このMSDの用途ですが」
「ああ、これは緊急時に使うことを想定してる。物騒な話だが、魔物が大量発生した時に身体強化使って全力で逃げるとか、戦場で全速力で撤退する時だな。そういう時は僅かな性能違いが命取りになるしな。」
「まさに緊急用って感じですね」
「だが、緊急用以外にも使えるぞ。例えば魔物の狩場まで移動するときに身体強化使って早く移動したりとかな。あると何かと便利だぞ。ただまあ、魔力消費量は少なくないし、攻撃能力的には攻撃魔法を使った方が魔力のコスパもいい。だから、この魔法を使っている奴は少ないのだが...。でも、嬢ちゃんなら魔力量の問題はいけるんじゃねぇか」
「確かに魔力量だけならありますからね」
「で、どうだ?こいつは通常価格で12万ゴールドだが、今なら10万ゴールドで魔法の書き込みまでやるぞ」
自分が気になっている商品を値切って買わせようとする感じ、商魂たくましいな。この商品を買う利点もあるし買っておくか。
「それじゃ、これ買います。これに書き込める身体強化魔法ってどんな種類がありますか?」
「ああ、俊敏さ、パワー、回復、耐寒耐熱とか色々あるし、それらを任意の組み合わせで発動できるものもある。大体出ているのは任意に組み合わせることができる奴だな」
「じゃあ、それで」
「それじゃ、任意に組み合わせることができる奴を書き込んでおく。例によって補助は最低で構わないか?」
「はい。それで大丈夫です」
「了解した。ちょいとサリアちゃんの奴を選んでからの作業になるから少し遅くなる。店内でゆっくりしていてくれ」
「そうさせてもらいます」
「嬢ちゃんの商品も決まったし、それじゃサリアちゃん、MSDを選ぶ...か?」
シュトーさんはサリアの居る方向を向いて声をかけた。自分もそれにつられてサリアを視界にとらえる。サリアはというと、
「ひゃいって...ぷっふふふっ..あのカオリちゃんがひゃいっ......ぷ」
まだ笑いを堪えていた。ツボりすぎてませんかね?そこまで笑われると恥ずかしくなってくるんだが。
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サリアも無事に新しいMSDを買い工房シュトーを後にした。
サリアはもともと修理の予定だったが、壊れたMSDは核以外にもダメージが及んでいたようで新しいMSDを買う事になったそうだ。サリアは想定外の出費に少々複雑と言っていたが、選んだものには満足しているとのことだった。納得のいくものが選べたなら何よりだな。
また、サリアは食料品の買い物をして帰るそうで、近くの最寄り駅まで一緒に歩いて解散となった。
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そして時は過ぎ、今は自宅周辺の森の中だ。
新しく買ったMSDの使用感を早速試したくて仕方がない。なので、手に入れた新たなリングタイプのMSDを身に着けてみた。
「おー、核がリングの内側についてて違和感があるかなと思ってたけど、全く違和感が無いな」
皮膚に当たる核の感触はあるものの、リングによる締め付けとそう変わりはない感じの自然な装着感だ。これは長時間付けていても気にならないだろう。さすが工房シュトーだ。いい商品を売っている。
気になる身体強化魔法魔法についてだが、シュトーさん曰く、体に付与したい強化を思い浮かべながら魔力を流し込むと勝手に発動するからとのことだ。オートマチックなので戦闘時に余計な気を遣わなくていいのはかなり大きい利点だ。
また、シュトーさんは「嬢ちゃんなら大丈夫だろ」と言っていたのだが、何が大丈夫なんだろうか?自分は何もわかってないのだけど?
とりあえず、森の中で立ち止まって周囲に人が居ないかどうか確認する。
「今日も今日とて何も反応がないな...」
どうやら人も魔物もいないようだ。人が森の中に居ないことは想像がついていたが、魔物に関しては少しおかしいと感じている。通常は夜になると森の中に魔物が発生するのだが、土曜からこの森で魔物が発生しなくなるというおかしな異変が続いている。1日だけならともかく、ここ2,3日続いているので気になっているのだ。
明日はギルドに顔を出してミカさんに聞いてみるかな。学園の能力評価期間も明日で終わるし、久しぶりに魔物狩りとしゃれこむか?それもありだな。
「さてと、魔法を使うとしますか。まずは基本から俊敏さとパワーの強化から」
早速発動したい魔法の名前を思い浮かべながら指に装着したMSDに魔力を流す。すると、一旦MSDに流れ込んだ魔力が熱を持って体中を駆け巡るような感覚に襲われる。そして、重力が無くなったようにも錯覚するほど体が軽くなった。
「おお、これは効果が分かりやすいな」
駈け出してみると、普段の6分の1倍くらいの力で、普段の6倍程度のスピードで駆けることができる。
「うえええ....これは速すぎるな」
魔法による効果があまりに大きいので、適当にMSDに流し込んでいた魔力を6分の1くらいに絞ってみた。効果の強さは魔力量に比例するはずだから、強化の効果も薄れるはず。
再び駈け出すと、普段の0.8倍くらいの力で、普段の1.2倍程度のスピードで駆けることができた。
「程よい感じがgood」
普段の身体を動かすダイレクト感が薄れて若干ラグを感じなくもないが、よほど素早く動かない限り問題のないレベルだ。これなら普段の模擬戦や魔物狩りで使い倒してもいいかなと思えるほど、身体能力強化の魔法に違和感がないが...。
「でも、発動し続けるとと、魔法の消費はそれなりになる感じが...」
魔力の消費が多すぎると開眼しちゃうし、魔法の消費量を詳しく把握していない今は、身体能力強化の魔法を使う場面はここぞといった場面に限定した方がいいだろう。
「やっぱり、魔法を使うとなると制限されるよなぁ...っともう正門か」
身体能力強化のおかげでいつもよりも早く自宅の正門に着くことができた。体力もない、ひ弱?なロリだし?この魔法を使って移動するのは疲労軽減につながっていいな。この魔法を使って毎日登下校するかな?森の中限定だろうけど、かなりよさげに思えてきた。
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