36 家の周りの様子が変な事とトーナメントの面倒事
遅くなりました。(略)
どうも、買い物を終えて帰路についている銀髪ロリエルフになった者です。
今日は土曜日なので街の散策と食料品の買い出しに外出していました。買い物していたら、レジのおばちゃんから「お遣いかい?えらいねぇ」と言われました。外見はロリですが、中身はそんな年ごろではありません。とは言えないので、「そんなところです」と返しました。正直に言えないのが少々面倒に感じてきた今日この頃。
今は陽が落ちて空が深い蒼に変わるような時間で、家である館に続く森の中を歩いている。森の中は静かで暗く、時折吹く風が枝葉を揺らして音を立てている。こんな何か起こるんじゃないかという雰囲気満載の状況ではあるが、不審者さんに追いかけられるわけでもなく、森の熊さんとコンニチハするわけでもない。何も起こらないのが一番いいとは言われているが、今はそれに当てはまらない。
「おかしい」
普段、陽が落ち切った今頃の時間帯には魔物が発生して森の中を徘徊しており、動く音やその気配を感じる。また、その時間帯に館に続く道を通ると必ずと言っていいほど魔物と出くわして戦闘が発生する。だが、今日は魔物に出くわさず、森の中がとても静かだ。異常でないことが異常なのだ。
この感覚が正しいかどうか確かめるために、自身の魔力を僅かに周囲に放出し、その跳ね返りを使って周囲の探索を行った。
「うーん、おかしい」
帰ってきた反応は人はもちろん、森の中に魔物が居ないことを示すものだった。当たってほしくない感覚が正しい事であることが証明されてしまった。何も反応が無さ過ぎて逆に怖いな。
ここまで来ると空気中の魔素濃度が気になってくる。魔素濃度と魔物に関係があり、この街の魔物注意報に利用されている。詳しい話は置いておくと、魔素濃度が十分に低ければ魔物は発生しないという傾向がある。
そこで、空気中の魔素濃度を肌で感じてみることにする。
空気中を漂う魔素の濃度はかなり薄く、魔物が発生しない日中の街中と同等のレベルとなっていた。これでは、少なくとも今晩はこの森の中に魔物が発生しないだろう。
森の中に魔物が居ないことは魔素濃度が十分に低いということが要因であることが分かった。ではなぜ魔素濃度が十分に低いのか。
これが転生前にあった異常気象的なものか、それとも、人為的に引き起こされたものか。正直見当がついていない。
こんな状況になったのはこの世界に来て初めてだし、何なら転生したのつい1か月前だし?んー、わかんない(小並感)。
何もわからないこととから来る不気味さを感じつつ森を進む。だが何も起きることはない。
「ふぇぇ、家主がとおってますよぉぉ...とか言うと何か起きたりしない?」
特に意味のない言葉をつぶやいたりしたけれど、何も起きることはない。
何か起きるのではないかとあたりを注意しながら進むも、何事もなく、家の門をくぐった。自然現象的な感じ?これは心配するだけ損した?損な感じのそんな感じ?
あまりに謎すぎるので、小ネタとしてギルドのミカさんに話を振ってみるか。
______________________
特に何事もなく迎えた月曜日。現在、自分に割り振られた部屋で椅子に座ってぼんやりとしています。この部屋には備え付けのモニターがあり演習場で行われている模擬戦が映し出されていいます。けれど、その模擬戦はあまり面白くありません。単なる派手な放射系魔法の打ち合いで戦術のようなものも見受けられないです。なので、暇しています。はい。
今日は戦闘能力評価期間の2ndステージ?いや、3rdか?のクラス内リーグで選出した者同士が戦うトーナメントが開催される。各クラスからはクラス内リーグの勝ち点を元に2名選ばれることになっており、自分の所属しているHクラスからは自分とサリアが選ばれている。選ばれた代表はランダムに決められた相手と模擬戦を行い、勝ち残ってその戦闘能力を示すということらしい。要するに、この学年で一番強い奴は誰か決定戦である。
そんなトーナメントではあるが、トーナメントの観戦は授業扱いになっているので1学年全員が観戦しなければならない。この授業の意義は「いい感じに強い人たちの戦いを見て色々学ぶ」ということらしい。
そんな見学に近い授業にありがちな感想文の提出を求められておらず、「剣の動きがとても早い動きですごいと思いました。まる。」という薄い文章を生成しまくる謎時間も発生しない。トーナメントに選出されていない学生は、観戦するだけでいいのでとても気が楽だ。
それに、生徒に対して特に課題は設定されていないので、先生側も楽になるだろう。もしかすると、クラス内リーグで評価する者としてこき使われた先生方を休息させるために開催されている説があるかもしれないな?採点しなくてもいいし、内容の薄い怪文書も読まなくてもいい。生徒も先生もwin-winの関係だな。ただし、出場する生徒を除く。ここ重要!
いざ、出場する身となってみれば出場することで面倒ごとが必ず増えることが予想される。特に自分は勝っても負けても面倒なことになる。そうなる理由として2つの点により自分の注目度が高い点が挙げられる。
1つ目は、自分が無属性の魔力保持で使える魔法はかなりの制限がかかっている点だ。普通に考えると、魔法の使用に制限がある無属性魔力保持者が、魔法使用に制限のない属性魔力保持者に勝てるはずもない。そのため、トーナメントに出場することは叶わない。だから、そんな者がトーナメントに出場しているというだけで注目度は高い。
2つ目は、自分がこの世界で絶滅レベルの希少な種族であるスノウエルフである点だ。
言わずもがな珍しいので注目度は高い。
注目度が高いということはそれだけ話題になるということだ。勝つと「無属性保持者が勝った!しかもスノウエルフだぞ!どんな子?」と注目され、負けると「あー、やっぱ無属性保持者はだめか。あ、でもスノウエルフの子だよね。どんな子?」と注目される。どちらにしろ、不特定多数の人に興味を持たれるようになる。となると、先日の不躾な男子生徒の様な輩に目を付けられるようになる可能性が激増する。だから面倒になるということだ。
そもそもの話、このトーナメントに出場しないようにすればいいじゃんという声もあるだろう。だが、そうなるとそうで問題がある。
普段から、戦闘能力がずば抜けたサリアと肩を並べた模擬戦をしている以上、その話クラスメイト達を通じて学園内に広がっている。そのため自身の戦闘能力は知られていると言ってもいいだろう。注目度が高い人物であり、高い戦闘能力を有する人がトーナメントに上がってこないとはどういう事かという点で話題になる。そうなると、不特定多数の人が情報を共有する中で面倒な人が目をつける可能性も激増する。
以上を要するに面倒事強制発生イベントだ。
どうせ面倒ごとに巻き込まれるのが分かっているので、せめて勝つことでイメージを植え付けようという作戦をとることにした。戦闘能力の高い筋肉マッチョマンにわざわざ喧嘩を売りに行く様な人がいなのと同じ原理で、めちゃくちゃ強いイメージを植え付けたら変な輩に目を付けられる事も少なくなるだろう。そうであってほしい。静かに波風立てずに行きたいところだ。
そんなことを考えていたが、部屋に備え付けられたモニターから発せられる歓声によって思考が中断された。見ている人たちにとっては熱い展開のようだ。そんなに派手な模擬戦がいいのだろうか?放射系魔法を放つ数が多かった方が勝ちとかいう単純なもののように思えるのだが。
視線を時計に移すとそろそろ自分の模擬戦が行われる予定時刻に近い時間であった。そろそろ模擬戦の会場に移動するか。
椅子から立ち上がりドアへと向かう。そのドアを見ると鍵がかかる仕様になっている。あれ?鍵ってもらったっけ?室内にはなかったし、案内してくれた時にも渡してくれなかったような?まあ、でも鍵かけていなくても盗まれるものもないし鍵かけなくていいか。
開けたドアを閉め鍵をかけないまま静かな演習場内の廊下に靴音を響かせた。
________________________________
「うーん。なんか期待はずれなような気がしないような」
初戦が終わった後の感想がこれだ。なんだ?あの相手は。固定砲台の間違いじゃないのか?何が「いい感じに強い人の戦いを見て学ぶ」だ。数撃ってたら勝ちしか学べないぞ。そんな感じで試合を振り返りつつ自分に割り当てられた演習場内の部屋へと向かっている。
模擬戦のルールは次のようであった。この模擬戦の制限時間15分で相手が行動不能にすると勝ちである。そこで決着がつかない場合は審判による試合の優勢具合を元に勝敗を決定する。また、殺傷性の高すぎる魔法は使用が禁止されている。そのほかは自由にしてもよいとのことだ。
クラス外の戦闘能力がどの程度か推し量るべく、10分間くらいは様子を見ていた。
相手は基本的に火属性の放射系魔法を乱れ撃ちをするだけで、試合開始からほとんど立ち位置を動かない。扱う魔法自体は、Hクラスの平均的なものを基準とした場合、火力が高く、弾幕の密度がそれなりに高いので避けるのが面倒となるレベルのものだ。そこから察するに魔法の扱い自体は優秀なのだろう。
自分は魔力刀を発動したナイフで相手の放つ魔法を弾きつつ、相手との距離を詰めたり離れたりしていたが、相手が戦術を変更することはなかった。そこから察するに戦闘に関しては全くと言っていいほど素人であることが分かった。
入学して間もないし、むしろそれが普通だ。だが、トーナメントに出場するからにはそれなりの戦闘センスがあるのだと期待していた。それだけに期待外れ感が半端なかった。これなら、サリアやリナ、シルフィアの方がよっぽど戦闘センスがあるかもしれない。
10分間の様子が終わると試合に決着をつけるべく、相手の弾幕を避けつつ相手の懐に侵入し、ホールドアップをして決着をつけた。派手さはなく静かな決着だ。見ている方は面白みに欠けたのだろう。試合の決着がついたときは盛り上がりに欠けていた。
「試合展開にアイスニードルをどんどん使用していった方がいいのだろうか...っと、自分の部屋はここか」
模擬戦の振り返りをしていると自分の部屋の前についた。だが、パット見た光景に違和感があった。そのため、一度立ち止まり、入り口周辺を見渡す。すると、ドアの持ち手にうっすらと赤い塗料か何かが付着しているのを見つけた。
誰かが中に入った?ということは違う部屋か?いや、でも場所はあってるよね?ドアに名前が書いた紙が貼り付けられているし、間違っていないはずだ。やんちゃな人が部屋を間違えたのだろうか。いやまさか、そんなことはないか。
念のため魔力で室内に誰かいないかどうか観察してみる。魔力的な反応も生命的な反応もない。中には誰も居ないようだ。
「だが、何か嫌な予感がするな...」
直接ドアの持ち手に手が触れないようにナイフでそっと開けてみた。
すると目に飛び込んできたのは、壁一面にカラフルな落書きが施された部屋であった。床にはお絵描きを施した人物と思われる足跡があるだけでなく、備え付けの家具なのど備品も中途半端に塗料で汚れたり破損したりしている。
「うーん。前衛的なアートにしては品が無さ過ぎるな?」
どことなく廃ホテルに施された落書き感を彷彿とさせるさせる光景に入口の前で固まっていると、にこやかなエルバ先生がやってきた。
「カオリさん、試合見てましたよ~。圧勝でしたね」
「エルバ先生、ありがとうございます」
「それにしてはカオリさん、なんか浮かれない表情していますね」
「それはこの光景を見ると説明がつきます」
自分に促されたエルバ先生は不思議そうに部屋の入り口へ移動した。そして、そこから見た部屋の光景を見て絶句し、顔を青ざめた。
「.........どうしてこんな...酷い」
「さすがにそうなりますよね」
「先生は大事な生徒にこんな事した子が許せません。でも、どうしてこんなことが...それに、こんな時はどうすれば...」
エルバ先生、そこは弱気になってはいけないところ!
_____________________________