2-86 魔物へ放つ一撃
(略しすぎています)
雨音だけ聞こえてくる時間もすぐに終わり、空気を打ち壊す戦闘音がエンシェント・タートルの居る方向から響いてきた。遠くで行われている戦闘は、受動探知でも感じられるほどの魔力の波動を撒き散らしながらの派手なものだ。その波動から魔動特殊騎兵隊が戦っているみたいだが、攻撃の手は続いていて有効打を打てていない様子だ。
宿舎の方はどうだろうか?
状況の把握のために魔力を薄く出して能動探知を行う。すると、宿舎に向かって魔物が多く押し寄せていた。数がそれほど多くはないので宿舎のメンバーはある程度余裕を持って対応できているみたいだ。
だが、宿舎の結界は先ほど行った能動探知の結果とは異なり、帰ってくる魔力反応にムラがあった。結界の強度が不安定になっているのだろう。状況から察するに、自分とシルフィアがミミの結界の中で過ごしていた最中にエンシェント・タートルが一発目の極光を放っていたみたいだ。
そうなると今の強度が不安定な結界ではエンシェント・タートルの極光二発目は耐えられないだろう。そうなれば、宿舎で防戦を続けている学園の生徒やギルドメンバーはなす術もない。まずい状況だ。
状況把握した結果に青ざめていると、2体のエンシェント・タートルのうちもう1体が咆哮を上げて空気を震わした。その個体から感じられる魔力は次第に増大し、極光を放つ準備段階に移行したのが伝わってくる。
発射まで長い時間はなさそうだ。討伐できなくても極光を放つ先を変えないと。
また、能動探知の反応にはもう一つの反応があった。宿舎の増援パーティーがここへ向かってきており、規模は一度離脱した時と比べて20人程度までに増えている。ある意味人質になった自分たちを救助しに来たようだ。宿舎の周囲が大変だっただろうによくここまで人数集められたものだ。素直に感謝。
シルフィアの方を見ると立ち上がろうとしているが、なかなか力が入らない様子で座っている。ミミとの別れのショックが大きすぎたのだろう。シルフィアの体から漏れ出る魔力の量に波があるし、魔力制御も十分にできていない。これじゃ戦闘はできそうにないな。
どのみち、あのエンシェント・タートルを倒すには魔力をかなり使う魔法と自身のエネルギー変換を同時に使わないといけない。そうなると確実に開眼するので、誰も見られない環境に身を置く必要がある。なのでシルフィアとは別行動する必要がある。
シルフィアには一緒にいられなくて申し訳ないが救助パーティーと共に行動してもらおう。
そう考えていると、救助パーティーが自分たちを視認したようで声をかけてきた。声の主はモリスさんだった。
「カオリちゃん、シルフィアちゃん大丈夫か?」
「大丈夫です!怪我はありません」
「そいつぁよかった。一度帰る時はどうしたもんかと思ったが無事で安心したぞ。だが、この辺にいた奴らはどうなったんだ?」
「その辺に転がってます。あのゾンビみたいな人たちと仲間割れで大半が倒れました。ゾンビたちは引き上げていきましたので、この辺には居ないです」
「それで、魔法で射殺された死体が転がってたってのか。周りに誰も居ないのも納得だぜ。それで、なんだが...シルフィアちゃんは大丈夫か?」
モリスさんは座り込んでいるシルフィアを心配そうに見ていた。モリスさんはシルフィアの事の説明を求めているが、自分がシルフィアのことを説明するのは違うだろう。
「少し色々ありまして」
モリスさんに向けた言葉をそう区切った後に、シルフィアが戦えない状況だと伝えようとした。だが、シルフィアから続きの言葉が紡がれた。
「カオリちゃん...ごめんなさい。私...今は戦えないです」
「そんな時は無理はしないでね」
「うん。カオリちゃんが...これからやることの邪魔になると思うから...モリスさんと一緒に宿舎戻るね」
シルフィアは自分がエンシェント・タートルに視線を向けていたところを見ていたのだろう。そして、シルフィアは自身が動けないからエンシェント・タートルとの戦いに行けないと思ったのだろう。それにたどり着いてしまったからこそ感じる無力感と情けなさを感じているのかもしれない。嫌なことさせてしまった。
「言わせちゃってごめん」
「いいの...これは私の問題だから...そういうわけでモリスさん。すみませんが宿舎までお願いします」
「わかった。何があったかわからんが、俺らに任せろ。バッチリ送り届けてやる!」
「モリスさん、シルフィアを頼みます」
「おう、頼まれたぜ」
そうして、シルフィアに肩を貸して立たせてモリスさんの救助隊に引き渡した。シルフィアはフラフラしながら歩いていて心配だがシルフィアの表情には芯が感じられる。気力で立っている感じだが、宿舎までは持ちそうだ。救助隊の規模も大きいから魔物との遭遇が多くてもなんとかなるだろう。
シルフィアと救助隊を見送って発射準備を進めているエンシェント・タートルの方を向く。魔力の塊は大きくなっており発射までの時間はさほど無いようだ。
「さて、まずはあの発射前兆候のあるデカブツから」
マスケット銃型MSDを取り出してローディングや引き金に異常がないことを確認する。そして、残り1発だけの魔石が埋め込まれた特殊弾頭をポケットの中から取り出して、マスケット銃型MSDの弾倉に装填する。
弾倉をセットしてロードし、エンシェント・タートルの方を向いてマスケット銃型MSDを構え、わずかに魔力を流して魔法のスコープを出現させる。そのスコープを覗き込むと、かなり遠くにいるエンシェント・タートルの姿を確認した。
「相変わらず大きいねぇ。そして味方の魔動特殊騎兵が飛び交ってるのどうにかならない?ならないよねぇ...」
全くと言っていいほど無傷なエンシェント・タートルに向かって魔動特殊騎兵たちが攻撃を繰り返している。見た目は派手だが、魔法自体がちゃんと練り上がっていないのかほぼ魔力の塊をぶつけているように見えた。その規模自体大きいけど、魔力制御が甘すぎて火力に結びついていない。時間稼ぎになっているかどうかも怪しいぞ。
まあいい、自分のことをしよう。このまま遠距離攻撃でエンシェント・タートルをどうにかする。方法はこのMSDで発射した弾丸で倒す。懸念は味方が射線上に来ることだが...タイミングさえ見計らえば味方に被害が及ぶことはないだろう。問題ナッシング。
構えたマスケット銃型MSDに大量の魔力を供給して弾丸の中へとさらに押し込んでいく。弾丸の中で魔石化している自分の魔力はエーテル状態に戻るが、構わず流し続ける。魔力の反発力も予想の範囲内で大丈夫そうだ。
その行為に伴って視界に変化が訪れる。不可視なはずの魔力が見えるようになったのだ。魔力を使い過ぎたせいでバッチリ開眼しちゃったみたいです。
「まあ、周りに人いないし大丈夫。集中しよ」
弾丸への魔力供給によって弾頭自身をほぼ魔石化させて、薬莢にある加速用の魔力の充填を終了させる。そして、貫通性能を高めるために弾頭の正面に魔力刀が発動するように魔石自体に刻印をし、発射準備を完了させた。
周囲の魔力を見て魔物がいないことを確認し安全を確認する。集中できる環境だ。そして、引き金に指をかけて射線上に味方が居ないわずかな時間を見逃さないように極限まで集中する。
「すぅ...はぁ...」
息を吐いて緊張をわずかに緩ませると、引き金を引く時が訪れた。その時を見逃さず、自身の能力の一つであるエネルギー変換で自分と銃、そして地面との相対位置を固定すると、魔力供給の圧をさらに高めて引き金を引いた。
風魔法でチャンバー内の圧力を高めると同時に、薬莢の中の魔力が爆発的な物理的推進力を弾頭へ与える。そして、さらに弾丸自体の物理的な速度を上げるために、エネルギー変換で弾丸の速度を直接上昇させる。
そうして猛烈に加速された弾丸は、一直線にエンシェント・タートルへと向かう。音速の域を裕に超えた不可視なほどに速い弾丸は空気を切り裂きながら遠くのエンシェント・タートルへと一直線に向かう。弾丸の驚異的なスピードは猛烈なソニックブームを発生させて周囲の木々を薙ぎ倒す。そして、切り裂かれた空気をプラズマ化させ一条の光となって弾道の跡を残していく。
やがてその小さな弾丸はその数千倍も大きなエンシェント・タートルへと到達すると、魔動特殊騎兵攻撃でビクともしない耐久性のある皮膚を易々と貫いていく。そして、弾丸はエンシェント・タートルの内部にその猛烈な運動エネルギーを分け与えながら突き進み、空高くへ消えていった。
エンシェント・タートルは小さな弾丸から受け取ったあまりに大きな運動エネルギーによってその身の内から大爆発を生じさせた。そのあまりに膨大なエネルギーはエンシェント・タートルを蒸発させるとともに、半径200mの木々を薙ぎ倒した。
うわーすごい。火力高すぎた...。周囲のものも吹き飛ばしちゃったな。でも、まずは1体目を倒して直近の危機が去ったからヨシってことで!あ、でもこれ味方も吹き飛ばしたんじゃ...?ま、まあ...猛烈な風くらいだし大丈夫でしょ。大丈夫だよね!?
「なんか心配になってきた...」
そして、マスケット銃型MSDの銃口がタコさんウィンナーになってるし、魔力を伝える経路自体が大きく損傷しているこのMSDはもうダメだ。シュトーさんにめっちゃ怒られるんだろうな...。
自分が放ったMSDが過負荷で壊れるほどの一撃で各所に大損害を与えてそうな気がするけど気分を切り替えてもう1体を対処するとしよう。




