2-84 シルフィアの治療
(略しすぎています)
まずはシルフィアにかかった魔法を何とかしないとだ。お姫様抱っこしているシルフィアを見るとかなり辛そうに見える。会話ができる状況でもないようで、問いかけても反応は薄い。治療は最優先にしよう。
それに、マニューヴェが気を利かせて(?)寄越したミミが待っているはずだ。だが、ミミにかかっていた狂化人間の術を解いたと言っていた。魔石の魔力で動いていたミミにとって、術を解かれることは魔力供給が停止することに等しく、血液などの体に残存する魔力量しか活動することはできない。
すなわち、早くシルフィアを治さないとシルフィアがミミと向き合うチャンスを一生失うことになる。急がねば。
「ちゃんと治すからね」
シルフィアに言葉を発する最中にもエンシェント・タートルが事態を悪くさせている。2体のエンシェント・タートルは大地を揺るがす咆哮を上げると、宿舎の方へとゆっくり進行を始めている。帝国機関側がどういう指令を出したかによるが、威力が高すぎる極光が宿舎を襲うのは時間の問題だな。
だが、宿舎側にも動きがある。魔動騎兵隊が動き、宿舎に結界を張るとともに魔動騎兵による結界を展開したようだ。能動探知を使って反射してくる魔力を分析したところ、2つの結界強度はそれなりに高そうだ。極光の二発くらいは耐えられるだろうが、エンシェント・タートルは2体いるので悠長なことはしてられない。
前回のエンシェントタートルとの戦闘経験から察して、最初の極光発射から次の発射まで5分くらい。クソデカ魔物の気分次第だが、シルフィアの治療をする余裕は十分にある。エンシェント・タートルを相手しながら治療なんて無理すぎるので助かるところだ。その間は何としても耐えてよね。実力はわからないけど、アステラ国の魔動騎兵隊と宮廷魔導士には期待してるよ!頼みます!
思考を切り替えてシルフィアの治療に専念する。まずは緊急用MSDをポケットから取り出し、MSD使って結界を張る。これで低級の魔物が攻撃してきたとしてもシルフィアの治療を続行することができるな。やるぞ。
シルフィアを苦しめている元凶である体内の魔力で型取られた魔法陣を破壊する。そのためには自分の魔力をシルフィアの基底に合わせる必要がある。そのために、シルフィアの魔力を詳細に解析していく。よし。いつもの基底だから大丈夫だね。
魔力の反発から自身の体を介した魔力制御ができないので、自身のスキルの再構成を使って魔力の生成と制御を同時に行う。指先に僅かな魔力を生成すると、自分の魔力と反発してすぐさま霧散した。ちゃんと反発してるから問題ないね。魔力の基底も全く同じなので成功だ。
次に、問題なのはシルフィアと同じ基底にした魔力はシルフィアの魔力と完全に交わってしまい、自分がコントロールできる範囲が限定されることだ。それにシルフィアが無意識的にしている魔力操作と、自分が行う魔力操作が競合してしまう。そうなった時には何が起きるか分からない。大体そんな時はいい結果にならない事は目に見えている。つまり、単純に大量の魔力で何とかする脳筋スタイルではシルフィアに大きな負荷をかけてしまう。
問題は魔力が同一で混ざってしまうのだから、自分がシルフィアに供給する魔力をシルフィアの基底から僅かに欠損させた魔力にすればこの問題は解決できるはずだ。そうすれば、異なる魔力として完全に混じることは無くなる。少量の魔力でシルフィアに負荷をかけずに治療できるはずだ。それは狂化魔法の魔法陣を描いているものと同じ原理なので、ちゃんと機能するだろう。
しかし、同じ魔力を必要としておきながら、異なる魔力を必要とする状況は盛大に矛盾しているな...。まあ考えるだけ無駄だね...。
「よし」
やることが頭で描けたので気合いを入れて治療に取り掛かる。
シルフィアを地面に寝かせて、上半身の裾を上げて注射器が刺さっていた脇腹を顕にする。シルフィアの綺麗なお腹は薄く伸びた赤褐色の血で汚れており、注射器が刺さっていたであろう傷口からは血が出ていた。その痛々しい状況に目を背けたくなるが、そうはしていられない。弱るな自分!
傷口の上から覆い被せるように手を当て、自分の掌から欠損させたシルフィアに似た魔力を僅かに流す。魔力を流すのに必要な圧力は感じず、上手く溶け込んでいるようだ。まずは第一関門突破だ。
そして、魔力をコントロールするために魔力の糸を作り、シルフィアの体内に構築された魔法陣まで順調に進む。
「くっ...」
だが、シルフィアの体内に一定以上深く入るほど魔力の糸から感じる感覚は薄れておりコントロールが上手く効かない。それ自体は予想出来たが、その影響が予想外に大きい。これだと、魔法陣まで到達はできるが破壊まではできそうにないぞ...。
とりあえず、シルフィアに供給する魔力基底の欠損を僅かに大きくさせて再度試す。すると、シルフィアの体に魔力を流すための圧力が必要になった。シルフィアの魔力との反発が生まれているようで、長時間の作業はシルフィアの負担になる。時間との勝負だな。
「シルフィア、ごめんだけど我慢してね」
シルフィアの体内にさらに生成した魔力を流し込み、同じように糸を形成して魔法陣がある箇所まで到達する。
「見つけた!」
魔力で出来た糸を狂化魔法の魔法陣が吸収しようとするが、それをもろともせずに糸の先を操作して魔法陣を引っ掻く。すると、魔法陣が欠損したことで、その機能を停止させ新たにシルフィアの魔力が変換されることは無くなった。
「これでとりあえず安心」
自分が供給した魔力を引き上げて体外に放出して霧散させる。
シルフィアは苦しそうな表情ではなくなり、規則的な呼吸に戻ってきた。全身の痛みが引いたようで何よりだ。初めての試みだったが何とかなったな。再構成さんのおかげだな。この時ばかりはチート級のスキルが助かるな。
「ふぃー」
少し気が抜けて間抜けな声が出る。
そんな声に反応して、シルフィアが声をかけてきた。
「カオリちゃん...ありがとう」
「どういたしまして。もう大丈夫?」
「私は大丈夫だけど...敵さんは?」
「もう居ないよ。仲間割れ起こして撤退していった感じ」
「それじゃ...もうミミちゃんは...」
シルフィアが表情を暗くして呟いた。その言葉と表情には寂しさ、悔しさ、そして安堵が含まれていた。その反応から察するに、ミミと向かい合った時に何を言われるのか不安で仕方がないのだろう。だから、安堵の感情が浮かんでいた。でも、それじゃ一生この問題を引きずることになる。
自分はシルフィアが前を向いて歩けるようになってほしい。すっきりした笑顔をしていてほしい。そんな思いから今のシルフィアに喝を入れたい気持ちがなくも無い。だが、これはシルフィアの問題。自分が介入したところで完全な解決には繋がらない。そんな思いを心の中にしまい込み、シルフィアを安心させるために手を握る。
第一、ミミは一度死んでいるはずだ。普通に考えると、脳機能の停止期間が長いとそれだけ不可逆なダメージが入り再起不能になる。なので、シルフィアはミミと会話できるはずがなく、シルフィアが何かを得られる可能性は低い。
だが、ミミは狂化魔法を掛けられ、自律的に動いていた。それは再起不能なダメージを負ったはずの脳が、魔法によってダメージを受ける前まで回復している可能性を示している。更に望み薄だが会話ができるまで回復しているその僅かな可能性を期待したい。
だが、その状況をどうするかは全てシルフィア次第だが...。
シルフィアとミミのことを深く考えていると、緊急用MSDで張った結界の外から声が聞こえてきた。
「シルフィアちゃん」
それは聞いたことの無い幼い少女の声だった。




