2-83 目まぐるしく変わる状況
(略しすぎています)
マニューヴェの体から放出された闇の魔力は狂化人間たちへと向かった。すると、狂化人間たちは自分とシルフィアへの攻撃を停止した。
攻撃が止んで助かるが、油断は禁物。そう思っていると、狂化人間たちは一斉に帝国機関のメンバーたちがいる方へと体を向けた。帝国機関側は何かを察したのか、表情を急変させて森の奥の方へと体の向きを変えて走り出した。
狂化人間たちは今までのゾンビみたいな動き方ではなく人間のような動き方で、逃亡する帝国機関のメンバーを追いかけ始めた。そして、狂化人間たちは帝国機関のメンバーたちに目掛けて魔法を放った。
帝国機関のメンバーは飛来する数多くの高火力魔法から一生懸命逃げようと足掻いた。ある者は走り続け、ある者は大木の幹を背にして隠れ、ある者は木の枝を飛び移りながら回避しようとした。だが、誰も高火力魔法とその精密さを前にして避けることができずに断末魔をあげた。
「何が起きている...?」
自分は思わずそう呟かなければいられなかった。
先ほどまで、帝国機関側のコントロール下にあった狂化人間たちが帝国機関を攻撃し始めたからだ。多分キーとなったのはマニューヴェが放った魔法。帝国機関側がMSDを使って狂化人間たちをコントロールするために使用していたが、その命令を上書きしたように見える。これは、上位魔法の制御下にある下位魔法が別の術者が発動した上位魔法によって制御が書き変わったことにあたる。端的には魔法の乗っ取りだ。普通は魔力が反発して上手くいかないはずなのにそれが可能なのか?
目の前の光景に混乱していると、離れた場所にいるマニューヴェが声をかけてきた。
「それは魔法陣の隠し扉から唆しただけですよ」
確かに闇の魔法で変化した魔力は他の魔力と反発せずに混じり合うことができる。それは帝国の情報収集員を殺害した方法や、狂化魔法と同じだ。だが、狂化人間を動かしている魔石が同じ基底を持つ魔力とは限らないはずだ。しかし、実際には全ての狂化人間にマニューヴェの魔法が効果を発揮した。普通に意味わからんが?
いや、逆に考えると特定の基底を持つ魔力が許容できるよう、意図的に特定の基底パターンを欠損させていた。それならどんな魔石、どんな魔力の基底でも特定の魔力基底を持つ魔法が干渉できるはずだ。
もしこれが本当ならマニューヴェは利害が一致しなくなるこの事態を読んで、これを仕込んでおいたことになる。素直に驚きだ。と言うか、予防線張りすぎて怖いレベルだ。未来から来ましたって言ってもびっくりしないよ?
「なるほど。マスターキーで扉を開けたのですね」
「ご察しの通りです。さすがですね」
「ですが、何故自分とシルフィアを助ける真似を?」
マニューヴェと帝国機関は敵対関係となったために処したのだろう。だが、マニューヴェと自分たちは明確な敵対関係ではなかったが、生かす理由も思いつかない。むしろ自分の存在は厄介で自分で言うのもなんだが殺しておいて損はない。
自分は一応ギルドランク最高位のプラチナランクなので国の所属であり、国益に反する行為を行うマニューヴェのような存在と敵対する関係にある。なので、マニューヴェにとって自分を殺す理由が多いはず。だが、何故だ。
自分が首を傾げていると、マニューヴェは狂化人間たちの方を向いて憂鬱そうな視線を向けながら自分の問いに答えた。
「帝国一強だと我々の計画が事を成しませんからね。程よいバランスが重要なのですよ」
「...?」
「これからわかりますよ」
マニューヴェがそう言葉を発すると同時に地面が揺れ、強力な魔力の波がやってきた。体が揺さぶられたかと思うほどの魔力の波は強力な魔物が2体発生したことを伝えてきた。そして、その魔力には心当たりがある。つい最近、この演習地で感じたものだ。
「エンシェント・タートル...それも2体」
「ご名答。この魔物の登場は帝国の計画になく噂程度のものだったので、まさか本当に出てくるとは思いませんでした。知っていたら帝国には力を貸さなかったのですが...私は見る目がありませんね」
おいおいおいマジか!あのエンシェント・タートルが同時に2体も発生するとか聞いてないんですけど!?あんなのが、宿舎襲ったらひとたまりもないじゃん!ただでさえ、極光の火力が高くて太刀打ちできないレベルだと言うのに、それを放つのが2体となるとこの辺一帯が焦土になる!ああああ頭が痛くなるううう!
「そう言うわけで、あの魔物を倒さないと勇者たちが死に、帝国一強になるので困るんですよ」
いやいやいや、何呑気に喋ってるんですか!?状況がすごすぎて何も話が頭に入ってこないんですけど!?シルフィアもやばい状況だって言うのに!これ以上面倒ごとを増やさないでええええ!
「ですが、私ではあの強大な魔物を倒すことはできません。そこで、カオリさん。あなたにやって頂きたい。少なくとも1体は」
「え、ええ!?」
「あなたを助けたのですから、やってくださいますよね?前回みたいに」
マニューヴェはとてもいい笑顔でそう言ってきた。あんにゃろ、面倒ごとばっかり起こしてくるから敵か味方かわからないけど一発ビンタお見舞いしたいね!というか今しよう!
「おっと。では私はこの辺で」
マニューヴェをしばきたい自分の気を読んだな?と言うか、完全に自分がやる体で話を進めないでね!?確かに、宮廷魔導士と特殊魔導騎兵がいるので前回よりはかなり戦力が大きいけど、エンシェント・タートルの防御力は並外れている。1体倒すのが精一杯になると見ている。だから状況的に自分がやるしかないけど!逃げるな卑怯者おおおおお!荒波立てたくないから内なる言葉でとどめておくけれどもおおお!
「あと、カオリさんのお連れさんと関わりがありそうな狂化人間の術を解いておきましたので、どうぞご自由に。それでは」
そう言うと、マニューヴェは他の狂化人間たちと共に森の奥へと姿を消した。前回に引き続き自分をここに止まらせる保険を用意するのはなんなんだ。完全に掌の上で転がされている気分だよ?




