2-82 相手の狙いと急変するシルフィアの容体
(略しすぎています)お待たせしました。
いい案が浮かばないまま周囲を警戒していると、帝国機関の1人が動き出した。そいつは自分とシルフィアの方を向いて手を振り下ろした。
「やれ」
すると、周囲で待機していた狂化人間たちが一斉に動き、自分とシルフィアに対して攻撃を加え始めた。やばい、とりあえず逃げなきゃここで詰んでしまう!シルフィアは動ける状況じゃないし、お姫様抱っこして逃げるか!
自分は座ってミミを見ながら震えるシルフィアを無理やり抱き抱えて身体強化魔法を発動すると、強化された身体能力を使ってその場からすぐさま移動を開始する。
自分とシルフィアが居た場所には狂化人間たちが放った魔法が雨のように降り注ぎ、地面や木の幹を抉っていく。その様子から地面を抉る魔法の1つ1つが即死級の魔法なのがわかり、帝国機関側は殺すつもりなのがわかる。自分だけならまだしも、シルフィアの居た場所までも攻撃されているので、何が何やらと言ったところだ。帝国機関側はシルフィアが生きたまま欲しいんじゃなかったのか?
それを傍目で見つつ受動探知で狂化人間の魔力反応を感じ取る。魔法発動の兆候や発射された魔法を死角なく把握して回避の方向を決定して移動する。それを繰り返して、狂化人間たちの猛攻を回避し続ける。もうこれ視覚情報なくてもなんとかなるな?
そういった矢先、シルフィアが呻きをあげた。
「痛っ」
腕の中にいるシルフィアは何かの痛みで意識がはっきりしたのか正気が戻り、今一つ状況が掴めていない様子で自分を見上げてきた。回避に精一杯なので、説明を省いてシルフィアに状態を問う。魔法攻撃は全て回避してきたから攻撃は喰らっていないはずなのだが何が起こっているんだ?
「大丈夫?攻撃が当たった?」
そう言われたシルフィアは痛みがある箇所に伸ばし、痛みを与えていた何かを取り去った。その手には、注射器が握られていた。根元まで押し込められているあたり、既に注射器の内容物はシルフィアの体内に注入されているようだ。しかも注射器はわざわざ魔力があることを悟らせないようにシリンダー部分は魔力が透過しない成分でできている。魔法戦闘が主流の時代にこれは気づけない。しかも、注射器ごとを打ち込んでくるとかいう物理攻撃で極悪非道すぎるぞ!
「これが私の脇腹に...刺さって...うっ」
「痛むの?」
「身体中の力が抜けて痛みが...がっ...あっ」
そう言うシルフィアの表情は苦痛に歪んでおり、痛みから逃れようと身を捩らせる。喋る余裕がなく精一杯な様子に相当な激痛が全身で生まれているようだ。一体何の成分が打ち込まれたと言うんだ。クソ回避に忙しい時に帝国機関はやってくれるじゃないの!シルフィアの痛みを一刻も早く取り除いてあげたいが、魔法攻撃の雨が降り注ぐ状況が許さない。周りに人がいなければ開眼して蹴散らしているところだ。
とりあえず、シルフィアの手当をしなきゃだな。
「回避しながらだから手当に時間かかるけど、シルフィア我慢してね」
「うん」
注射器が魔力を通さない構造から魔力関係が一番怪しい。なので、シルフィアの容体を抱き抱える手を通して魔力情報を確認していく。そして、自身能力の1つである再構成を使ってシルフィアの魔力情報から体内で生じる痛みを診ていく。
全身で起きているのは生物的な炎症...ではない。どちらかというと、魔力が暴走して組織を傷つけている状況に近い。だが、なぜだ?
注意深くシルフィアの魔力を探っていくと、シルフィアの魔力に混じって2種類の魔力が流れていることがわかった。1つ目は一部の魔力情報が欠損している魔力、もう一つが魔力基底が全く異なる欠損だらけの魔力だ。そのどちらも量はかなり僅かだが、身体中を巡っている。おそらく、後者の欠損だらけの魔力が注射器によって打ち込まれたものなのだろう。
それらがシルフィアの身体中を巡る魔力と反発して生体組織を傷つけているのだろう。そりゃ全身が痛むはずだ。
「確か、これってどこかで...」
違和感をもとに記憶を探っていくと、死亡した帝国機関の情報収集員にたどり着いた。あの死因は魔石型MSDから供給された欠損だらけの魔力の基底が全身に巡った結果、欠損した箇所の相性が悪く魔力の反発が起きて全身から血が吹き出したことによる失血死だ。
もしそれがシルフィアに起きているのだとすると、今はかなりよろしくない状況で時間を争うことになる。帝国機関は失血死でシルフィアを殺そうとしていることになる。だが、単純に殺すならタイミングは幾らでもあったはずだ。どうして魔力エーテルを打ち込むという面倒なことをするのか...。しかも、殺すのは自分だけという口ぶりで話していたはずだ。
シルフィアを抱えて狂化人間からの魔法攻撃を回避しながら状況を整理していると、魔法が着弾する爆音に紛れて帝国機関の話し声が聞こえてきた。
「それで、あいつは使えるのか?」
「優秀な魔力制御能力がある。問題なく狂化できるだろう」
「ならいい」
聞いてもないのに答えをありがとう。なるほどね。シルフィアを狂化人間に仕立てるつもりなのか。通りで帝国機関が面倒なことをしたのに納得した。どうせ、自分に向かってシルフィアを殺すことできるのか?とかいう人の心がない煽りをするんだろ?知ってる。
「じゃあ後はどう助けるかだね」
今シルフィアの流れている魔力のうち、悪さをしているのは魔力基底が全く異なる欠損だらけの魔力。その魔力エーテルをよくよく注意してみると、闇属性の魔力を感じる。基底が欠損しすぎて属性すら感じなくなっていたようだが、一応魔法が発動されて属性変換された魔力だな。となると、魔法の核となる部分は何処だ...?それがないと、魔法を持続させることはできないはずだ。魔法の核的な何かがあればその周辺には欠損した魔力が多く存在しているはずなので、そこを探しに行けばいい。
シルフィアの魔力の巡りを注視していると、腹部あたりに部分的に欠損した魔力が溜まっていた。予想通りだ。注射器が刺さっていた箇所と思わしき部分に、多く存在していた。だが、そこには大きな魔力反応はない。代わりに欠損が激しい魔力が何かのパターンを成して止まっていた。多分コイツが、核に描かれている魔法陣の代わりになっているのだろう。
だが、どうやって助ける?物理的に魔力で描かれた魔法陣を除去するのは無理だな。できることといえば、シルフィアの魔力を直接操作して魔法陣を描いている欠損した魔力を除去するくらいだ。そんなことが自分にできるのか?
だが、それをしなくちゃシルフィアは助からない。
そして、それは多分自分にしかできない所業。
ならばやるしかない。
シルフィアの体内に流し込む魔力とシルフィアの魔力との反発はシルフィアと同じ基底の魔力を作り出すことで何とかなる。問題は魔力の操作だ。
シルフィアに流し込む魔力はシルフィア自身の基底と同じで混じると見分けがつかない。つまり、魔力の直接操作はシルフィアの体を巡る魔力自体を操ることになる。それは操作を誤ればシルフィアが死ぬ可能性すらある。
即死級の魔法が降り注ぐ状況下では回避に集中力を割く関係上、繊細な魔力操作を行うことができない。どのみち狂化人間たちを何とかしないと詰み。倒すしか道は無いか...。
そう思った時、事態が動いた。帝国機関の人とマニューヴェが話し始めたのだ。しかも、なかなかに険悪な様子。
「何!?協力はここまでだと!?」
「ええ。利害が一致しませんので」
「いやしかし、最後までという話では!それに計画はどうなる!?」
「利害が一致する限りは、の間違いですよ。計画はそちらのお好きになさってください。ただ相反する場合は...お分かりですよね?」
「クソが!なら好きにさせてもらう!やれ」
そう言うと、帝国機関の1人がMSDを操作して魔力の波を宿舎とは反対の方向に放った。多分何らかの合図だろう。これから何が起こるか...。うおっ、あぶなっ。まずはシルフィアの治療が優先!
回避し続けて隙を見計らって攻撃のタイミングをうかがっていると、マニューヴェが動いた。
「...。残念です」
そう言ったマニューヴェは何かの魔法を発動して闇属性の魔力を体外に出した。




