2-81 増援部隊の撤退と思わぬ再会
(略しすぎています)
自分はモリスさんの方を向いてサリアたちを託すことを伝える。
「モリスさん、すみませんがサリアとリナを連れて宿舎に戻ってください」
「カオリちゃんよ、それしか道がねぇってのか?」
「ええ。それがみんな助かる見込みが高いですので」
「くそっ、力が無い俺が腹立たしいぜ...」
モリスさんは拳を握り目を伏せる。自身の力で現状を変えることができずに、無力感を感じているようだ。わかる。自分も今それだからね...。
そして、モリスさんは一息短く吐くと、増援部隊に向けて声を上げた。
「おい、宿舎へ無事に帰るぞ!天使ちゃんのお願いだ」
そう言うと、増援部隊が声を上げて気合いを入れた。モリスさんはサリアとリナの背中を押し、その場から動くように促す。サリアとリナはその場から離れることに葛藤があったのかワンテンポ遅れてから足を進める。そして、自分とシルフィアにとても心配そうに声をかけてきた。
「カオリちゃん、シルフィアちゃん無事でね!」
「戻ってこなかったら許さないから!」
自分はそう言うサリアとリナに対して正直に答えるべきか迷った結果、手を上げて答える代わりとした。シルフィアはなんとしても無事に返すが、自分が戻れる確証はないかもしれない。少なくとも今の自分では。そんな気持ちが自分の中で生まれて、2人に声を出すことができなかった。このままだとサリアとリナは心配し続けてしまう。嘘になってもいいから無事に帰るって言えばよかったな。
そう思っていると、帝国機関の1人が声を出した。
「ああそうだ。こいつも連れてけ。処分が面倒だからな」
そう言うと、帝国機関の1人が地面に横たわっているジェシカを蹴った。
帝国はジェシカは二重スパイであるにもかかわらず、この場で返す理由がないはずだ。なのに、なぜ自分たちで回収しないんだ?
自分が疑問に思っている中、モリスさんたちはジェシカをまだ仲間だと思っているからか、帝国機関の扱いに苛立ちを表情に出した。しかし、反抗しては折角の機会が失われると思ったのか湧き立つ感情を押し留めて声を荒げることもしなかった。
モリスさんは静かに部隊の中から2人用意するように指示し、指示された2人が帝国機関の目の前に転がったジェシカを連れて行く。そして、モリスさんは無事に回収できたことを確認して声を上げた。
「撤退!」
「「「おう!」」」
そう短く答えた増援部隊は早足で撤退を始めた。サリアとリナはモリスさんとともに撤退を始めたが、自分とシルフィアに向かって心配そうな視線を送ってきた。それに対して、自分は小さく手を振りながら、大丈夫という意味を込めてサリアたちに視線を飛ばした。これで心配が落ち着くわけではないだろうが、気休めにはなるかな...?
そして、自分は受動探知で周囲の状況を探る。すると、自分たちを取り囲んでいた狂化人間たちはその場で待機して追うことはなかった。帝国機関側はちゃんと条件を飲んでくれる様で、見逃してくれるようだ。少なくとも今のところは。
少し安心したので視線を帝国機関がいる方へと戻し、疑問に思ったことを伝える。
「なぜ、ジェシカを返した」
「なに、奴が知り得た情報はこちらが意図的に流したものだ。それに、この件は明るみに出ない様に連合国との調整がついている。もう奴の存在は死んだ」
裏の世界でジェシカの存在は死んだものと扱われ、ジェシカの信用は無いものとされている。連合国と話がついているとなると、表の世界では連合国勇者のサブパーティーとしての任が解かれる手筈になっているはずだ。表でも裏でも社会的に死んだことになるだろう。なるほど、口封じはもう必要ないと言うところか。別の言い方をすると2重スパイをしていたが一回腹を刺す程度で済まされる存在だったと言うことだ。なんというか、かわいそうな人だな。
「その程度の存在だったわけか」
「ああそうだ」
「それで、これからどうする?」
「まあそう急ぐな。どの道お前らの運命は決まっている。まずはカオリだ。お前はこの世界から退場してもらう」
「理由を聞いても?」
「それは帝国にとって害でしかないからだ。こちら側へ取り込める見込みもない以上死んでもらう」
そう言うと、帝国機関の1人が手を上げて合図を出そうとした。そこで、シルフィアが自分の前に来て声を上げた。
「それはさせません...!」
「お前に何ができると言うんだ。足も震えているぞ?」
「それでも、何もせずに大切な人を失いたくないんです」
「それは感動的だな。だが、こいつの攻撃には耐えられまい」
そう言うと、再度手を挙げて合図を出した。いや、正確には手を上げてない方の手で操作しているMSDから魔力の波を出した。全く小賢しいことをしてくるな...。
すると1人の狂化人間が茂みからゆっくりと姿を見せた。その姿は猫人族の女の子でかなり幼い。左腕が欠損している上に土気色をしていることから死人であることがわかる。他の狂化人間と同様に目が見えているようでこちらを認識しているが、表情は無で意志がある様には感じられない。だが、纏う魔力のオーラは他の個体よりも非常に強く、半端な狂化人間ではないことがわかる。
単なる幼女と見ると痛い目に遭うやつだ。これでは戦力差がありすぎてシルフィアは太刀打ちできない。一緒に戦うしかないだろう。というか、狂化魔法って死人に対しても使えるんだな...。なんと言うか...嫌な魔法だ。
そう思っていると、シルフィアが思いもよらない反応を示した。
「ミミ...?そんな、どうして...」
そう呟くシルフィアは体の力が抜けてその場に座り込んだ。自分はシルフィアの様子が心配でシルフィアの肩を支えて声をかける。
「シルフィア大丈夫?」
「やっぱり許してくれないの...」
そう小さく呟くシルフィアは虚ろで、視線は猫人族の狂化人間に注がれていた。声をかけるもシルフィアの意識に声が届いておらず、視線はミミと呼ばれる狂化人間に固定されたままだった。
そのシルフィアの反応を見てシルフィアが話してくれた過去のことを思い出した。確か、シルフィアの故郷で起きた襲撃から逃げる時に一緒にいた親友がミミだ。そして、そのミミとの最後がシルフィアの心に大きな傷跡を残した。だが、そのミミは死んだはずではないのか?なぜ目の前にいる?
帝国機関の1人は自分とシルフィアの様子を見て言葉を放ってきた。
「さっきまでの威勢はどうした?かかってくるんじゃなかったのか?もしかして、戦わずに怯えたのか?とんだ腰抜けだな」
そう言うと帝国機関の1人は自慢げに語り出した。
「こいつは、猫人族の村付近で仕入れた最強の傀儡だ。死んだ状態で見つけたが試しに狂化してみると魔力相性は最高、魔力制御にも長けて」
「おい、そのくらいにしておけ」
「...そうだな。わざわざ話すこともないか」
勝手に喋ってくれて助かる。目の前にいるミミについて、シルフィアが言っていた過去の出来事の場所と帝国機関が回収した場所は一致する。目の前にいるミミの姿はシルフィアの親友であるミミの姿と同じで間違いないだろう。
そうなると、シルフィアは親友であるミミと敵対しなければらない。ミミに意識が無いとは言え、それはかなり苦しいはずだ。それがシルフィア自身の責が多少なりともある別れだとすれば尚更だ。
だが、ここで自分で手を出していいものか迷う。
今も体を震わせるシルフィアは目の前の傀儡となった空っぽのミミをシルフィアが知っているミミを重ねている。目の前のミミは知っている存在と異なると位置付けて自身の心を整理しなければ、この先もミミに悩み続けることになるのは間違いない。これはシルフィア自身で決着をつけなければ意味がないと思う。
「ごめんなさい...ごめんなさい...」
だが、シルフィアは震えて動けそうにない。この状況ではシルフィア自身が決着をつけるどころの状況では。どう頑張ってもシルフィア抱えて逃げ回るので精一杯な状況だ。
何か一手を打たないと八方塞がりで体力だけが減っていく。どうするよ自分!




