2-78 さらに悪化する状況
(略しすぎています)
自分はマスケット銃型MSDの引き金を引いて、人でも魔物でもない何かを排除していく。威力も申し分なくヘッドショットを決めれば一撃で倒すことができている。MSDで放つアイスニードルでは威力も射程も限られているから、マスケット銃型MSDを持ってきてよかったー。
ただ難点としてはうるさいことだな。サリアたちに言われて発射時の発動魔法を調節したけれど、音が少し小さくなったくらいで根本的な解決はだめそうな感じだ。周囲に炸裂音が響いて居場所を知らせてしまうが、相手は雑な能動探知でこちらの位置を掴んできているのでどのみち問題はないと思ってる。不可視なほどに速い弾丸を打ち出せるデメリットだと思っておこう。
だだ、状況は好転しておらず、やはりというか予想していたことが起きた。それだけに思わず呟きが出てしまう。
「相手止まってくれない」
その呟きを近くにいるシルフィアが拾う。
「カオリちゃんの秘密兵器...当たってるんですか...?」
「当たってて相手の数自体は減ってる。だけど、」
そう言葉を区切ったところで、遠くにいる人でも魔物でもない何かが魔法を放つ前兆の魔力変化を感じた。相手の魔法の火力は高すぎて脅威だし、排除しなきゃだ。
マスケット銃型MSDの銃口を素早く相手へと向ける。そして、射線が通るタイミングで引き金を引いて魔力刀でコーティングされた弾丸を発射する。高速で発射された弾丸は枝葉の間を縫って相手の眉間へと命中する。スコープ上で相手がその場に倒れ込む像が見え、受動探知の反応も1つ消えた。これでよしっと。
だが、魔物でも人でもない何かの部隊は気にすることなく自分たちへ接近を続ける。
「全然勢いが衰えない」
理性ある相手ならば部隊の損耗を無視できずに下手に近づくのをやめてくれると思っていたのだが、その気配がない。これ、理性を持ってないってことで確定だ。
相手に攻撃する以外の意思がない以上、シンプルに戦力で圧倒しなければこの局面を乗り越えられない。嫌すぎる。
「それに」
「それに...?」
「残弾が少なくて倒し切れない」
分かっていたことではあるが、これでは相手に追いつかれてパーティーでの戦闘が始まってしまう。今は走りながら撤退することに注力できているが、残りの相手の戦力を考えると応戦しながら撤退なんてできるはずもない。詰みです!
「その時は私たちも力になります...!」
「当てにしてるよ!」
と言うものの、そんな状況になればサリアたちの力を足してもどうすることもできない...悲しいけどね。その時は自分が気合いで何とかするしかない。
先のことを考えると気持ちが滅入るから、まずは今できることをやろう。
通常弾の残弾は残り3発。マスケット銃型MSDの弾倉にはそれだけしかない。先行部隊10と後続部隊6体ほど倒したものの、後続部隊10体と最後尾部隊6は依然としてこちらに向かってきている。こちらの戦力は自分を除いて学生2と幼女1とギルドメンバー2なので数でも戦力でも勝てる見込みはない。倒し切れない以上、逃げの一手に限る。
しかし、自分が稼いだ時間は5分くらいのものだ。宿舎部隊と合流するにはあと10分くらいは必要なので、必ず追いつかれて戦闘になる。
どうするよこれ!
頭を抱えていたその時、パーティー内の雰囲気が変わった。いや、ジェシカさんの雰囲気が変わった。パーティーの中央で前線を張っているサリアとリナをサポートしてくれているはずなのだが、何かあったか?
そう疑問に思ったので自分は体を反転させて、サリアたちがいる進行方向に体を向けた。ジェシカさんの方を見ると、ジェシカさんは立ち止まって体を反転させて自分やシルフィアがいる方を向いていた。そして、ジェシカさんに続いていたシルフィアを腕の中に捉えた。その時のジェシカさんはとても冷たい目をしていた。
「「え?」」
自分もシルフィアも同じ反応をして思考が止まった。こんな時にジェシカさんは何をしているんだ?この場で立ち止まるなんてことは死を意味することと同じだぞ?なのに何故そうした?
サリアとリナは自分やシルフィアの声に気づいて振り返って立ち止まった。そして、状況を把握してジェシカさんに声をかけた。
「ジェシカさんこんな時に何してるんですか!」
「立ち止まったら追いつかれるよ!」
だが、ジェシカさんはその声に応えて動くことはなかった。代わりに冷たい言葉を放ってきた。
「動かないで」
そう言うと、どこから取り出したのか手にはナイフが握られ、腕の中に抱えたシルフィアの首筋に刃先を向けていた。
自分はそれを見てさらに混乱する。待て待て待て。そして、待て。ジェシカさんは何をしている?シルフィアの首筋にナイフの刃先を当てている?Why?いや、考えるのは後だ。シルフィアの安全確保が第一だ。動こう。
ジェシカさんの視線がサリアたちへと逸れた隙にマスケット銃型MSDの銃口をジェシカさんへと向ける。しかし、非情になれない自分は引き金を引くことができずに銃口をジェシカさんに向けたままの状態を維持した。
ジェシカさんは自分が銃口を向けていることに気が付くと片方の口角を歪に吊り上げ、嘲るような表情を自分に向けてきた。その邪悪な表情をみると自分は冷静さを取り戻していき、マスケット銃型MSDの銃口を向けたまま声を出した。
「何の真似だ」
自分は思うよりもひどく冷たい声が出てしまった。その声にサリアたちもやジェシカさんは驚く。そして少し間を置いた後、ジェシカさんは返答を返してきた。
「何って見ての通りだ。シルフィアちゃんを人質をとっているだけさ」
その返答にサリアやリナが声を出す。
「どうして!?」
「仲間だったんじゃなかったの!?」
それにジェシカさん、いや、ジェシカは嘲笑しながら返答をする。そして、返答を返しながら自分たちが全員視界に収まるように来た道と逆の位置へと移動する。もちろん、シルフィアを腕で拘束したままだ。
「仲間だったさ。仲良しこよしでいいパーティーだよ。全く反吐が出る。ただ状況が変わったからね。しょうがないんだー許してくれよー」
そんなおどけた返答を返したジェシカに、サリアとリナは怒りを込めた声で言う。
「今すぐシルフィアちゃんを返して」
「そうだよ!」
「それじゃあ人質の意味がないからねぇ」
ジェシカは飄々と返すと自分の方に横目で視線を向けた。どうやら自分に何か要求があるようだな。
「要求は何だ」
「話が早くて助かるよ。カオリ師匠」
「...」
「つれないなあ」
ジェシカはつまらなさそうに呟くと要求を言ってきた。
「2つ要求がある。1、全員武器をその場に置いて下がれ。3、魔導書のありかを言うこと」
「了解した。みんなもそうして」
「「...分かった」」
そう言うと、サリアたちは持っているMSDを地面に置く。自分もナイフ型MSD2つを地面に置き、マスケット銃型MSDも置いて下がる。しかし、ジェシカは自分がそれ以外に攻撃手段を持っていることを知っていた。
「調べはついている。そのリング2つとも置け」
ワンチャン反撃に使えそうだし、アクセサリーとしてバレないんじゃない?と思ったけどめっちゃバレてた。仕方ないのでその場に置いて下がる。
その光景にご満悦なジェシカは、シルフィアを自分へと突き飛ばすとマスケット銃型MSDを拾い上げた。
「これはいいものだ」
なんかどこかのロボットアニメで聞いたかもしれない言葉だな...。聞き間違いだろうが...っていけないあまりの状況に思考を放棄し始めている。危ない危ない。とりあえず状況を整理しよう。
現在、ジェシカは武器を持っていて、リリーガーデン側は武器は持っていない丸腰状態。今の所はジェシカに攻撃する意思は見られない。魔物に気を配ることもなくただマスケット銃型MSDを手に取って興味深く眺めている。
受動探知で探知できる範囲に人でも魔物でもない何かが待機している。さらに後続部隊はここにもうすぐ到着するようだ。その状態をジェシカは気にするそぶりがない。内通しているのか?
宿舎の増援は5分程度で到着しそうだ。シルフィアを除いたサリアたち全員が丸腰である以上、増援の到着までは何としても戦闘を避けねばならない。
なかなかに無理ゲーな状況だ。自分よどう切り抜けるか考えろ。




