2-65 シルフィアの事2
(略しすぎています)
私とミミちゃんは森の中を静かに移動して村が見える場所まで移動してきました。そこで衝撃的な光景を目にしました。
私たちが過ごしていた村は赤く燃え盛り、黒い煙が空高くまで立ち上っていました。よくしてもらった優しいおばさんの家は焼け落ち、家族みんなで食べに行った食堂からは火が噴き出て黒い煙が立ち上っていました。思い出が詰まった全てが焼けていく光景に呆然としていました。
そんな中、悲鳴が聞こえてきたので視線を動かしました。まだ燃えていない家の中から聞こえてきているようでした。間も無くして、家の中から爆発音と共に眩しい光が見えると、悲鳴が聞こえなくなりました。そして、玄関ドアが開くと、目を見開いたおじさんが倒れてきました。倒れたおじさんは全く動かず、胴体の下には赤黒い水たまりができていました。
しばらく見ていると、その家の中から煌びやかな装備に身を包んだ3人の人が出て来ました。その3人はおじさんを踏みつけながら家の外に出ると、家に火を放っていきました。
その時、私は略奪者がやってきて大切な村を襲撃していると初めて認識しました。ですが、驚きと恐怖に体は動かず、声すらも出せずにその光景をただ見ているしかありませんでした。
ミミちゃんはその光景にかなりのショックを受けつつも私に声をかけてきてくれました。
「シルフィアちゃん...!しっかり!」
「...ミミちゃん...なんでこんなことに...」
「とりあえず今は、逃げなきゃ...!」
「逃げるって...どこに?それにお父さんとお母さんは?」
「ここから遠い場所...!みんなは後からついてくるから早く...!」
そう言ってミミちゃんは不安がる私の手を引いて、東の方へと歩みを進めました。この地域は魔物との遭遇が多くて進むにはそれなりの戦闘能力が必要ですが、私とミミちゃんは魔物と戦えるほどの戦闘能力がありませんでした。とても不安でしたが、動かない場合の結末を見てしまっただけに、動くしかありませんでした。
ミミちゃんは移動中も手を握りながら声をかけ続けてくれました。そのおかげで不安な心が少し落ち着きましたが、それも数時間しか続きませんでした。それは村を襲撃した人たちの追っ手が来たからです。なんで私たちの居場所がバレたのか全く心当たりがありませんでしたが、今思うと不安で魔力の制御が甘くなって魔力がダダ漏れになっていたからかもしれません。
追っ手がきたので私とミミちゃんは隠れてやり過ごす事にしました。追っ手から見えないように深い茂みの中で、体が隠れるように座りました。ですが、追っ手が近づくにつれて心臓が大きく脈打ち、体が震えてきます。そんな私をミミちゃんは抱きしめて不安を和らげようとしてくれました。
「シルフィアちゃん、いい?これが落ち着いたらこのまま真っ直ぐ進むからね。大丈夫見つかりはしないよ。これなら見えないでしょ?」
「うん...」
「私たちはかくれんぼの天才だからね」
そう言っているミミちゃんもとても不安だったのか、抱きしめる強さはだんだんと強くなっていきました。ですが、私のことを思ってくれていました。私たちは見つからないでやり過ごせることを思いながらずっとその場で待っていました。
ですが、見つかってしまいました。
「おい!ここに2人いるぞ!時間からしてあの村の生き残りだ!」
「殺すか?」
「殺すな、子供だから実験に回す方だ」
「チッ、ウキウキハンティングのお時間じゃねぇのかよ」
追っ手は2人組の男でした。馬に乗っていましたが、煌びやかな装備に身を包んでいたことから村を襲撃した人たちであることはすぐにわかりました。そんな追っ手は私たちを捉えようと馬から降りてきました。
「シルフィアちゃん、逃げるよ!」
「逃げるって何処に...?」
「ここから遠いところ、誰にも見つからない場所だよ!」
逃げようとする私たちでしたが、追っ手が上手でした。退路に魔法を放ってきたのです。いつでも殺せるぞと言外に伝えてきました。そのため、私たちは一歩踏み出しただけで動けなくなりました。
「おいおい何処に行くんだ。これからやってもらいたい事があると言うのに」
見下すような声と表情をする男に向かって、ミミちゃんは挑発するように言いました。
「それってなんの事?あなたたちの慰み者になるってことかしら?そんな不細工の相手なんてまっぴらごめんだわ」
その言葉が逆鱗に触れたのか、とても激昂しながら私たちに近づいてきました。
「言わせておけばこの餓鬼が。まずはこいつからヤるぞ」
「おいおい、それ意味違うがいいのか?」
「もう1人の目の前でヤる。そうすれば大人しくなるだろ」
「うわぁ、鬼畜だねぇこわいこわい」
「ウルセェ。子供を親の目の前で殺すお前にだけは言われたくない」
私は恐怖から震えて何もできませんでした。そんな私を見たミミちゃんが私の前に出て下衆な2組の前に立ちはだかりました。ミミちゃんの拳は硬く握られて震えており、肩にも力が入っていてとても怒っているようでした。いえ、それがとてつもない殺気を出していたからかもしれません。
そして、ミミちゃんはとても荒々しい魔力を体外に放出しながら、見たことのない魔法を放ちました。無数の氷の槍が生まれ、凄まじいスピードで下衆な2組を襲いました。
殺人鬼の1人はまさか反撃してくるとは思っていなかったのか、反応が遅れて槍の串刺しになりました。もう1人の男は易々と木々を遮蔽物にしながら回避しました。そして、男は串刺しになって動かなくなった男を見ながら呟きました。
「あー、あいつはもうダメだな。さあ、これからどうしようか」
対するミミちゃんは肩で息をしていて血の気が引いていました。さっきの魔法で魔力を使いすぎて魔力欠乏に陥っていました。ひどい脱力感を感じる状況だったと思いますが、それでも私の前で立っていました。
「どうって、何が。部下が死にましたって帰ったら?」
「ハッ、笑わせる。あの程度は日常茶飯事で、むしろ殺してくれて助かった位だ。アイツのせいでいくら始末書書いたことか」
そう言って、男はフラフラなミミちゃんを捕まえようと、さらに前に出てきました。ミミちゃんは抵抗してもがきましたが、まともに力が出せない所為ですぐに捕まってしまいました。
そんな光景を、ただ私は見ることしかできませんでした。
男はミミちゃんの髪を荒々しく掴んで、ミミちゃんの苦痛に歪む表情を座り込んでいる私に見せてきました。そして、挑発するような声で言葉を吐いてきました。
「これからこいつがどんな事になるか。しっかり見ておけ、最後になるかもしれないからな」
「痛っ、誰が最後ですって?最後なのは、あなたの間違いじゃないの?」
「この状況で何ができるってんだ?笑わせる」
私も本当にどうすることもできない状況だと思いましたが、ミミちゃんは私に言ってきました。
「いい?この距離なら外しはしないはずだよ」
それだけで、何を意味するのか分かりました。ミミちゃんは私に高火力の魔法を使わせようとしていて、追っ手の男と共に死のうとしているのだと。私はそんなことを到底受け入れられるはずもありませんでした。
「できないよ...そんな魔法」
「魔法だぁ?MSDも持ってないお前に何ができると言うんだ?」
「いいから!早く撃って!」
ミミちゃんは今までにない強い口調で、覚悟を感じる視線を私に向けてきました。そこまで言うのだから何か策があるのだろうと思い、フォトンレイを発動することにしました。
私はミミちゃんを助けたい、そう願いながら魔力を練り上げて1つの魔力の塊を生み出して拳程度の直径の光線を生み出し、男の心臓目掛けてフォトンレイを放ちました。
そんな願いを込めたフォトンレイでしたが、精度はいつも通り甘く、男の心臓の下を掠める位置に向かって行きました。そこには男の左腕にガッツリと掴み上げられているミミちゃんの左腕がありました。男は大変驚いた表情で体を逸らそうとしましたが、目の前だったのでフォトンレイが男の心臓を貫くのは目に見えて明らかでした。それは、ミミちゃんの左腕も同じでした。
私は慌てて上方に軌道を変更しようとしましたが、間に合うはずもありませんでした。
私の放った魔法でミミちゃんの左腕が焼かれていき、その奥にある男の胴体を貫通していくのが非常にゆっくりと感じられました。ミミちゃんを助けたいのに、私の魔法技術が未熟な所為でミミちゃんに大怪我を負わせてしまったととても後悔しながらその光景を見ていました。
そして、ミミちゃんの左腕と男の胴体を貫通していった光は何処かへ飛んで行きました。フォトンレイを受けた男は、貫かれた場所から大量の血を噴出させながらミミちゃんを手放しました。そして、多くのポーションを手に取り大量に摂取しましたが、もがき苦しみながら血を全身から吹き出してやがて動かなくなりました。
私は解放されたミミちゃんを受け止めて左腕をしっかりと抑えて止血して回復魔法を試すことにしました。両親の見様見真似でしたが、自分に試したり動物に試したりしたときは問題なく治療できていたので、大丈夫だという自信がありました。
「シルフィアちゃん...よく頑張ったね。もう、大丈夫...」
「ミミちゃん、黙って!助けるから!」
ミミちゃんが失った左腕の断面に回復魔法をかけて行きます。すると、断面からの出血がだんだんと止まって行きました。ですが、私の魔法が未熟で断面の傷口が塞がることはありませんでした。
「さすがはシルフィアちゃんだね...もう止血しちゃった...天才だよ...」
ミミちゃんは私のことを本当に誇らしそうにそう言いました。ですが、体は脱力し切っていて、弱々しい声でした。このままじゃ、死んじゃうと思った私はさらに回復魔法をかけることにしました。
先ほどよりも強く魔力を込めて回復させようとしますが、ミミちゃんの脱力した体に力が戻ることはありませんでした。
「そんな...」
「シルフィア...ちゃん...もう...大丈夫...」
「だめ!死んじゃやだ!」
もう息も絶え絶えなミミちゃんは私の胸に手を当てて回復魔法の治療を拒否してきました。ですが、気にせず回復魔法をかけ続けました。
「シルフィア...ちゃん...生きてね...」
「なんでそんなこと言うの!一緒に生きようよ!」
「もう...ダメ...体が...動かないの...魔力...使い...すぎた」
ミミちゃんは無理した痛々しい笑顔を私に向けてそう言いました。でも、ずっと回復魔法をかけ続けました。回復魔法はいろんなものを治せるんだって言い聞かせて、信じ込んで。ミミちゃんを助けるんだってそう思いながら。
でも、非情にもミミちゃんが回復することはありませんでした。ただ、弱々しい声になっていくだけでした。私は挫けそうになる心を鼓舞しながら回復魔法をかけ続けました。
「シルフィア...ちゃん...ありがとね...」
「うん、わかったから元気になって遊ぼ!」
「大好き...元気で...ね...」
ミミちゃんはそう言うと静かに瞼を閉じて動かなくなりました。だんだんと雨が降り始め、まるで私の心を表しているかのようでした。やがて豪雨が降り、大きな雨音が私の声をかき消してくれました。その間も、私は温もりが失われていくミミちゃんをずっと抱きしめていました。




