2-53 帝国勇者組による計画的な誤射
(略しすぎています)
アステラ国勇者組とリリーガーデンの防戦訓練は上々な出来だ。勇者組は視界の広い広場の方面、リリーガーデンは森の方面を担当していて、それぞれ余裕を持って対処に当たっている。魔物の数が通常時よりも多いことを懸念していたが、想定よりも勇者組の戦闘力が向上しているおかげで今の所問題ない。とてもgooodだ。
「絵梨花そっちいったよ」
「任せて!でも紗耶ちょっとヘルプ!」
「わかりました~」
勇者組は狙い通りの正確な魔法で魔物をバッサバッサと倒していく。勇者組の攻撃威力は依然としてオーバーキル気味だが、彼女たちにしては威力を絞っていて地面にも優しいものだ。多分、敵が見やすい上にパーティーが動かなくていいから魔法の加減に集中できるのだろう。下手に動き回って魔物を狩るよりもいい演習になっているかもな。
一方のサリアたちは、うん問題ないな。余裕って感じだ。
「サリアちゃんそっち頼むね」
「任せて。シルフィアは大丈夫そう?」
「少し数が多いですね」
「なら自分がヘルプ入るね」
「カオリちゃんありがとうございます」
シルフィアが担当する方面から出てくる魔物をアイスニードルで倒しながらみんなの状況を見ていく。リリーガーデンも勇者組と同様にスムーズに魔物を倒している。その際の攻撃は勇者組と違って魔物を倒すのに適した威力だ。危なげなく倒しているし素晴らしいね。
こんな感じで対応していると、倒した魔物の数は多くなってくる。その辺に落ちている魔石の合計は100を軽く超えていて、拾い集めるにも苦労ししそうだ。魔物狩り開始からものの20分程度でこれなので、魔物の多さを感じずにはいられない。これから魔物の数が増えることを考えると、想定以上に早く切り上げないといけなさそうだ。とりあえず、シルフィアのヘルプしながら落ちている魔石を回収しておくか。
魔物狩りの合間に気にしている帝国勇者組は相変わらずの進路を進み続けている。そのため、こちらとの距離は今すぐここから動く準備をしないと視界に捉えられる距離まで近づいている。帝国勇者組と鉢合わせると面倒なことが生まれる前にこの場を離れたいところだが、離れる理由が今の所ない。それに、みんなは防戦訓練のノリに乗っていて移動できる流れではない。これは困ったことになったな。完全に帝国勇者組と鉢合わせる流れだ。帝国勇者組の要件が読めない以上、対策を立てることもできない。ならば、鉢合わせた後にどう逃げるタイミングを作るか...。
そんなことを考えながら防戦訓練を続けていると視界の隅で閃光が走った。程なくして轟音と衝撃波が体を揺らし、生じた出来事の大きさを感じさせる。そんな衝撃的な光景と轟音にアステラ国勇者組やサリアたちだけでなく、やってきていた魔物たちもがその動きを止めた。
「...来てしまったか」
顔を閃光が走った方向に向けると、半径2m内にある樹木は根本から吹き飛び地面が抉れていた。さらにその周囲の樹木の枝は無惨に折れている。そんな災害ともとれる光景が目に入ってきた。たかがゴブリンやウルフといった低級の魔物に使う攻撃ではないことは明らかだ。そんな殺傷性がクッソ高い魔法をポンポンと使う奴らの検討は既についている。帝国勇者組だ。
「チッ、また吹き飛ばしちまったわ」
「抑えないとまた怒られるぞ」
「わーってるって」
「わかっててそれなのかよ」
「おっ、あそこにいるの委員長たちじゃんちっす」
「げっ、リリーガーデンもいるじゃん」
「タイミングわるー」
おうおうおう聞こえるように言うなんてなかなかご挨拶だな?ぽこぽこしちゃいますよ?そう思いながら帝国勇者から挨拶をされた委員長こと藤本の方を向いた。藤本は帝国勇者組の方を向いて警戒心を高めていて何かを考えている様子だ。何をするのかよくわからないけど、ヒートアップして攻撃魔法無制限模擬戦なんてことはやめてね?絶対死人が出るから!
「偶然こんなところで会うなんて、田川くんたちもこちらに来ていたんですね」
「いや、偶然なんかじゃねぇ。会いにきてやったんだ」
田川がそう言うと、アステラ国勇者組の3人は揃えて「いや、呼んでないから!帰れ」と言いたげな表情をした。顔に出てますよお嬢さん。うるさいくらいに。
そんな表情を向けられても帝国勇者組は意に介していない。そんな帝国勇者組の田川は神経を逆撫でするような話し方で話を続ける。
「あ、前とメンバー変わってないじゃん。勇者交換してねぇんだ」
「勇者交換って何?」
「あ、知らされてないんだ。ハブられてんの、ウケる」
アステラ国勇者組は何のことを言っているのか頭に疑問符を浮かべていて、何のことかわからない様子だ。そんな反応を楽しんでいるのか帝国勇者組は嘲笑う。
「他の奴らは交流とか言ってパーティー同士でメンバー交換してるんだと」
「...そう。そんな田川くんたちは勇者交換してないようだけど?」
あ、それ聞いちゃうんだ。
「ウルセェ、交換無視してくる奴らが悪いんだ。なあ?」
そう言って田川は他の帝国勇者組3人に話を振ると、3人は嘲笑いながらそうだと同意した。藤本は青筋を浮かべそうな感じになっている。我慢してね...。
田川の話が本当だとすると情報収集員の会話を盗み聞きした話の裏付けが取れたことになる。返答が無視されていることについて、帝国勇者組の背後に帝国がいるので、どんな内容であれ何らかの応答はあったはずだ。でも、知らされていないあたり相当な拒否を含んだ文章だったに違いない。それを伝えなかったのは、この対応にあたった担当者の思いやりだな...。うん。そう思っておこう。
「ちっ、思い出したらイライラしてきた」
そう言って田川が地面を蹴った。すると、蹴った威力が強かったのか地面が大きく抉れて土が飛び散った。想像以上の威力に少し驚いて眺めていると、飛び散った土が降りかかってきた。あーこのまま土被るんだーと思っていると、サリアが咄嗟に魔法で風を吹かせてくれた。おかげで飛び散った土は風に押し返されて、自分たちに降りかかることはなかった。
「サリアありがとう」
「どういたしまして」
うーん。大自然の森の中に住んでいたとはいえ、これは嫌だな。やっぱ関わりたくないなー。リリーガーデンとアステラ国勇者組全員がそう思っていると、藤本が声を上げた。
「...それじゃ、私たちは行くわね」
藤本は自分たちの方を振り返り、みんなでどこかへ行くよと視線で伝えてきた。それを察した全員が頷いてこの場から立ち去ろうと帝国勇者に背を向ける。先程、藤本が何かを考えていたが、離脱のタイミングをどう作るか考えていたようだな。助かる。
「まあ、そう急ぐなって」
田川がそれを引き止めるように声を発するが、それに誰も耳を貸さず宿舎の方へと歩みを進める。そうしながら、藤本は振り返らずに最低限の返答を返す。
「ごめんなさい。急いでるの」
「チッ、ああそうかよ。シラけちまった。せいぜい帰りは気をつけることだな」
「...」
そのまま背を向けて歩き続けて帝国勇者組との距離が離れていっているが、背中で感じるざわつきが無くなる事がない。それに、勇者組はその場から一歩も動いていないが、彼らから発せられる魔力は戦闘時のままだ。とても休憩しているとは思えない。何か仕掛けてくるか?そうなった時対抗できるのは多分自分だけだ。最後尾まで後退しておくのがいいな。
位置を入れ替えて自分が最後尾となり全員が森の中に姿を隠したその時、背後から感じられる魔力が膨大なものとなった。明らかな魔法発動の兆候だ。殺気はないものの、込められた魔力量は膨大だ。揉め事が起こらずに去ることができると思ったが、嫌な予感が的中したな。帝国勇者め、やってくれる。
瞬時に振り返ると、田川と瀬賀がこちらの方にMSDを向けて魔法を発動していた。発射間近なためか、変質した魔力がそれぞれのMSDの先で光り輝いている。彼らの表情は歪なものになっており、それが故意で放っていることを言外に伝えてくる。どうせ、魔物に向かって魔法を放ちましたとか言うんでしょ?そうでしょ?
何にせよ2人が放つ魔法へ対処をしなければいけないが、通常はMSD1つで同時に使える魔法は1つ。相手が広範囲系の攻撃をしてくるのか単体攻撃をしてくるのかわからない以上、対応する方法は遠距離攻撃できるものに限られる。アイスニードルのMSDは1つだけだし...。しれっとMSD使わずに魔法でなんとかするか?だが、それはなんとしても避けたい。複数同時魔法発動や連射的なことも同様だ。今更感はあるが、普通から外れた存在がさらに外れたものにジョブチェンジされかねない。となると、サリアたちに協力を頼んで魔法を放ってもらう...には時間がないな。さあ、どうする?
相手の魔法強度的に適当な魔法をぶつけたくらいじゃ魔法を掻き消すことができないのは目に見えている。瀬賀は魔法が雑だからアイスニードルでどうにでもなるが、厄介なのは田川の魔法だ。一般的な学生が扱うアイスニードルなどの基礎単一放射系魔法では到底掻き消すことができないだろう。対抗できるのは、より込められる魔力量が多い中級または上級魔法だろう。自分のアイスニードルだとMSDの魔法理論値威力で五分五分といったところで正直わからない。安全マージンを考えると取るべき選択肢ではない。魔法以外で対抗するとなると魔法を相殺するほど威力の高い物理攻撃だ。ん?物理攻撃?
その思考に至った時、背負ってきた布に包まれたマスケット銃的なMSDの存在を猛烈に感じた。確かにこのMSDならアイスニードルを超える物理攻撃ができるはずだ。田川の魔法を掻き消すことは容易だろう。瀬賀は...まあアイスニードルでどうにでもなるし...。うん、問題ないな。後で色々と問い詰められそうな気がするが、これが最も安全な対抗手段だ。みんなを守るためにはやるしかない。
身体強化魔法を使って素早さと筋力を上げると、マスケット銃型MSDを包んでいた布を取っ払い、ポーチから取り出した1包の弾丸を流れるように薬室に込める。そして、MSDを通じて弾頭に魔力を送り込み、魔力刀を発動するようにした。
魔力刀は弱めに設定して田川の魔法に衝突した際に弾頭が砕けるようにしておいた。こんな時でも証拠は残さないようにしないとね!現場には自分の魔力が混じった金属粉が残ることになるけど、何が起こったか知ることは難しいはずだ。まあ、大丈夫でしょ!
あ、多分衝撃波がやばいし、何かミスった時の保険に緊急用のMSDを使って結界を張っておくか。直撃しても重傷くらいには緩和してくれるかもしれない。でも、結界の内側からのマスケット銃型MSDの攻撃に耐えられないよね。しゃーなし、自分は効果範囲になるように設定しておくか。えーっと、腰のところから取り出してボタンを押して背後に落としてっと。これでよし。
素早く3歩ほど勇者の方向に動き、片足膝をついて銃を構えて状況を整えた。その時、帝国勇者2人から魔法が放たれた。魔法の軌道から、田川は直撃コースで瀬賀は大分手前で地面に激突する感じだ。瀬賀の攻撃で生まれた衝撃波で田川の魔法をさらに凶悪な攻撃に底上げする算段なのだろうが、素晴らしく都合がいい。何せ、アイスニードルを発動することを考えなくてもいい。ラッキーだ。初めて使うマスケット銃型MSDに集中できるからね!
やってくる魔法を注視してマスケット銃型MSDの引き金を引くタイミングを伺う。MSDから放たれる銃弾の速度は帝国勇者たちが放ったものと比べものにならない程速い。なので、ある程度遅れて撃たないと色々怪しまれてしまう。となると...瀬賀の魔法が地面に着弾する直前がいいタイミングか。そこでいこう。
タイミング来るまで集中して...今だ。
銃身がぶれないように力を抜いて引き金を引いた。すると、とてつもない衝撃が肩を襲う。マスケット銃型MSDは周囲に破裂音に近い音を轟かせ、猛烈なスピードで金属の弾丸を射出する。
勢いよく射出された弾丸は表面に薄い魔力の膜を纏わせながら、狙い通りに空中を突き進んでいく。10歩程度先まで飛翔した弾丸は魔力刀によって速度を落とすことなく田川の魔法に衝突し、猛烈な運動エネルギーを分け与える。田川の魔法は猛烈な運動エネルギーに耐えることができず、魔力が変質した塊が光の粒へと変化する。そんな運動エネルギーを失った弾丸は衝突時の衝撃と自身で発動していた魔力刀によって粉々に砕け散った。
それらが終わったと同時に瀬賀の魔法が自分から15歩先の地面に着弾した。着弾の衝撃で地面は抉られて衝撃波と共に抉り出された土が体を襲う。だが、鋭く飛んでくる小石が地味に痛いのと土を被ったくらいで、怪我をする事はなかった。背後では、結界魔法が発動されていて土が降りかかることもない。greatですよ。この感じだと怪我もないし、上々だ。なんか、行き当たりばったりだけどうまくいってよかった!そして、魔法に気付いてからの一瞬が終わった!万事goood!
帝国勇者たちはやることを成し遂げたと言わんばかりに何処かへ去っていっている。自らどこかに行ってくれて助かるわ。怪しまれずに済んだようだ。
情報収集部隊は何処かで一連の出来事を見ているはずだが、一瞬すぎる出来事に魔法の暴発くらいにしか思わないはずだ。それに、不思議に思って現場を調べたとしても、何かが起きたことくらいの証拠しか残ってないし、何が起きたのか調べようがないはずだ。いい感じだね!
まあ、サリアたちが突如生まれた結界に驚いたあと、自分の方を見て何か言いたげな表情をしているが...。その辺は気にしない!結局土は被っちゃったけど、あれだけの事があったのに怪我がないので、ヨシ!




