2-44 勇者向けの魔物狩り演習開始
(略しすぎています)
アステラ国勇者向けの特訓で程よく時間が経過して太陽の傾きが増し、長い影を作る頃になった。魔物狩りに適した時間になってきたので特訓を切り上げ、リリーガーデンと勇者組で南西の演習区画外縁部に向けて森の中へと歩みを進めた。
森の中に入ってみると、魔物との遭遇率は視察しに来た時と同じくらいで特段魔物の発生数がおかしいと言うことはない。遭遇する魔物もゴブリンやウルフなどの低級なものばかりで安全だ。外縁部に近づくにつれて魔物の発生数は多くなる傾向にあるけど、今日の魔物狩りはのんびりできそうでいい感じだ。
そんな環境でリリーガーデンは索敵の役割を十分にこなしている。周囲30m程度の距離内では潜んでいる魔物も見つけられる程度には魔力の受動探知ができるようになっていた。中でもシルフィアはギルドで活動してきたサリアに並ぶほど筋がいいのかすごい成長をしている。素晴らしい限りだ。
リリーガーデンが発見した魔物はアステラ国の勇者組が攻撃をする流れになっている。その際、勇者組はちゃんと一度確認してから攻撃していた。特訓の成果が出ているようで何よりだ。でも、勇者組と対象の距離が急速に縮まっている場合はその限りではない。今の環境では、迫っている対象が魔物だから問題ないと思っている。だが、味方が急速に接近するような場合もあるだろうし、後々気をつけるように言っておかなきゃな。
そして演習区画外縁部付近に到着した一行は、クレーターができている広場を中心に魔物狩りを進めていた。自分はなぜかグループの監督ポジションとなり、戦闘や索敵に関するご意見版的な立ち位置で演習に参加している。勇者組が怖い動きをする時があるが、自分が出る必要のある危険なものはないためほぼ突っ立っているだけの人だ。リリーガーデンと勇者組の戦闘を見ながら索敵漏れが無いように受動探知で警戒してたり、危険な時に動けるようにしているがこんなのでいいのかな?一応リリーガーデンのメンバーなんだけど、これじゃ引率の先生みたいだな?
そんなことを思いながら歩いていると、シルフィアが魔物を察知したのか声を上げた。
「魔物右前方3、距離30です...!」
「「「了解」」」
勇者組はシルフィアの索敵の報を受けて速やかに攻撃準備を始める。坂本は刀型MSDに魔力を流して刀身に雷属性のエンチャントを行う。藤本は弓型MSDに魔力を込めて魔力の矢を生成し、吉本はロッド型MSDに魔力を込めて光の球をロッドの先に生成した。坂本が撃ち漏らした魔物を2人がフォローするようだ。自分が感じた反応からはウルフ3体だ。連携されると動きが速いのもあって初心者からはハードルが高いとの話だけど、どう出るかな?
勇者組は魔物を視界に捉えて魔物であることを確認すると、坂本が合図をした。
「行くよ!」
坂本は刀の鋒を左脇から背後に向けて下段脇構えをとると、低い体勢で魔物に向かって突っ込んでいく。3体の魔物は坂本が放つ猛烈な魔力に驚いたのか、動きが一瞬止まりつつも散り散りに動く。動きから魔物たちは坂本から逃げる動きをとっているようだ。
坂本は左右に逃げるウルフを放置して、目の前のウルフに狙いを定めると、左脇に構えた刀型MSDを右上に向かって振り上げる。ウルフは間合から逃げようと急加速して刀の軌道から逃れるが、坂本は意に介さずそのまま刀を振り上げた。
その瞬間、振り上げられる刀身から雷の刃が放たれた。雷の刃は刀の軌道から逃れたウルフを捉え、真っ二つにした。そして姿を維持できなくなったウルフは魔石となった。
一方の藤本と吉本は坂本から逃れた2体のウルフを仕留めにかかる。藤本と吉本は目配せをすると、それぞれが準備していた魔法を別々のウルフに放つ。藤本が放った風の矢と吉本が放ったフォトンレイは、坂本から逃げようと加速する2体のウルフに猛スピードで距離を詰める。2体のウルフは放たれた魔法に反応することができず、それぞれの魔法に貫かれた。
そして勇者組3人が放った魔法は轟音を立てながら木の幹を粉砕して光の粒となって消える。相変わらず威力がめちゃ大きいな...。倒された魔物が可哀想に思えるぞ...。
自分を含めたリリーガーデンのメンバーが勇者の膨大な魔力に任せた攻撃に若干引いている一方で、勇者組はハイタッチをして魔物の討伐を祝った。
「「「イェーイ!」」」
魔物狩りが初心者だと思うので何も言うまい。最初はこんなものでいいのだ。最初からうまく行くような人は素直にすごいと思う人が多いだろう。その分注目されやすい。各国の軍のお偉いさんが大勢きている今、その注目は単純な学内だけの評価にとどまらないはずだ。そんな中で注目を集めると言うのは要らぬ問題を集めるのと同じだろう。
それに、サリアたちは気づいていないようだが、リリーガーデンと勇者組の戦闘は監視されている。その監視の数は6つだ。サリアたちの受動探知の外から離れて様子を窺っているその存在は各国の情報収集部隊だろう。見られている以上、全力で魔物をぽこりまくるのは得策じゃない。ほどほどに手を抜くに限る。
その時、宿舎方面の40m程度離れた茂みから葉の擦れる音がした。勇者組の居る立ち位置から見ると、自分とサリアたちが居る方向だ。気になったので受動探知で探ると、5人の人間で自分たちの居る方へ一直線にやってきている。何の用だろう?
そう疑問に思うと同時に、藤本が音に反応した。
「敵!?」
藤本はそう言うと、弓型MSDを構えて魔力を込めた。だが、急に反応したためか魔力の制御が甘くて今にも発射しそうな状態で矢が保持されている。念の為にナイフ型MSDを素早く取り出して魔力刀と身体強化を発動しておく。
サリアたちは藤本が弓を向けた方向を振り返っている。様子から、藤本が反応した対象が人なのか魔物なのか判別できていないようだ。となると、この中で対象が人だとわかっているのは自分だけだ。こりゃ自分が声をかけておいた方がいいだろう。
「いや、敵じゃない!人!」
「え?人?」
藤本はそう言うとMSDに流す魔力を止めた。そのため魔法の発動が中止されたかのように見えた。
だが次の瞬間、魔力の制御が甘く不安定になっていた風の矢が弓から発射された。発射された矢はサリアたちの側面を通って正体不明の人たちに向かって飛翔し始める。藤本の表情からは何が起こったか理解できない感情と焦りが感じられた。
でもこれは想像以上にやばああああい!魔力制御の甘さがここで牙を剥くか!特訓中にこうなるかもと思ってたけど、その通りになったじゃん!ってそんなことはどうでもいい。軌道はどう考えても正体不明な5人に向かっている!あの矢を受けたら重症は確定だ。狙いが微妙に逸れているとは言え、軽傷は間違いない。勇者が学生を怪我させたなんてことがあったらマイナス方向に目立ってしまう!怪我しないように自分が矢を弾くしかないぞ!
そうと決まれば、藤本の放つ矢の射線上に向かって動く。身体強化した脚で地面を蹴って体を猛烈に加速させる。数メートル移動した時に加速した体を右足で無理やり止めて飛翔する矢の正面に立つ。そして、右手に持った黒のナイフ型MSDを逆手に構えて矢を弾く準備をする。弾くくらいだけど、折れてくれるなよ。頼むぞ...。
ナイフの刃表面に魔力を集中させ、魔力刀の切れ味を上昇させるとともにナイフ型MSDにかかる負荷を最小限に抑える。そして、目の前に迫った迫力抜群の風の矢をナイフの刃の上で上手に滑らせながら、上向きの力を加えていく。身体強化した筋力で矢を側面から押し返すが猛烈な反発で、なかなか思うように曲がらない。さすがは勇者のオーバーパワー魔法だ。
瞬間的に更なる身体強化を施して力を加えると、力を受けた矢は上方に軌道を変えて空に向けて飛んでいった。これでなんとかなったな。自分は緊張を解いて尻餅をつく。
「ふぃーなんとかなった...」
「「「カオリちゃん大丈夫!?」」」
「ありがとう、大丈夫だよ」
リリーガーデンの面々が心配して駆け寄ってきた。みんなとの訓練ではいつものことなので驚きの表情ではないが、威力が威力だけに心配だったようだ。サリアは手を伸ばしてきたので、その手を取って立ち上がる。
ただ、勇者組はかなり衝撃的だったようだ。
「カオリさん、ごめんなさい私...」
藤本は血の気が引いた顔で自分にそう言ってきた。坂本と吉本も何が起こったのか理解したようで同じような表情をしている。
「大丈夫だよ。ほらこの通り元気元気ピンピン。それにミスしてもフォローするのが自分の役割だから」
「ありがとうございます...」
「ほら、元気出して魔物狩り...ってそんな雰囲気じゃないよね。一旦休憩にしようか」
「「「わかりました...」」」
勇者組はさっきの件で自身の魔力制御が甘く、魔法を完全に操れていないことで生まれる危険に気がついたのだろう。ちょっとというかかなり遅い気もするけど、気づけたのは大きい。自分たちで魔力制御を磨く動機になったのだからな。これからの成長に期待しよう。
勇者組がメンタル的に動けないので、休憩中の周囲警戒や戦闘はサリアたちにバトンタッチだ。その旨を伝えるとしよう。
「サリア、リナ、シルフィア申し訳ないけど、周囲の索敵と魔物の掃討をお願いね」
「「「わかった!」」」
さてさて、こちらに向かってきている人たちはどんな人なんだろうか。とりあえず少し警戒しながら待機だ。
 




