2-37 乱入者についてと今回の顛末
(略しすぎています)
急遽エミーさんと共に食堂にある専用の個室でお茶会をしている。テーブルの上には紅茶の入ったティーカップだけでなくバタークッキーも用意しているので、お茶会としては完全な体勢だ。さらに、個室には遮音する結界が張られていて外から個室の会話を聞くことができないという素晴らしい機能もあるので、安心して喋ることもできる。そんな中で自分は超絶リラックスしてポリポリとクッキーを頬張っているのだが、エミーさんはめちゃくちゃ緊張して借りてきた猫状態だ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。誰にも聞かれませんし、のんびりしてください」
「き、緊張だなんてしていませんわよ?お気遣い感謝ですわ」
エミーさんが紅茶を飲もうと持ち上げたティーカップの水面は小刻みな振動で揺れまくっている。エミーさんの言葉に説得力がなくて、エミーさんが可愛く思えてくるところだ。
そんなエミーさんが口元にティーカップを運ぶのを眺めていると、やっぱりどこかで見たことがある思えてきた。んー、後もう少しで何か掴めそうなんだけどな。んー、どこだ?帝国勇者と闘技場で模擬戦した時に立会人になってくれた子?ではないな。基本サリアたちと一緒に動いていた時は話しかけられていない感じだから、それ以外の時になるんだろうけど...。
「ど、どうされましたの?そんなに見つめられても困りますわ」
「エミーさんを見てたら会ったことある気がしてきたんです。ですが、どこで会ったか思い出せなくて考え込んじゃってました」
「そう言うことでしたか。それなら私がお教えしますわ」
「覚えてなくてすみません、助かります」
「いえいえ、その時カオリさんはお忙しく動かれていたので無理もないですわ」
忙しく動いていた時に出会った?そして、サリアたちから離れて行動していた場面となると...。ギルド関連?いや、でもそれはないよな。
「私が最初に出会ったのは魔物狩り演習ですわ。その時は魔物が大量発生している中、負傷して動けないところをカオリさんに助けていただきましたの。その時はありがとうございました」
「あ、あー!結界の中で腹部に傷を負ってた女子生徒でしたか!納得がいきました。お体の調子など、その後はどうですか?」
「それはもう万全ですわ!傷が残ると思っていた怪我も綺麗に治ってますし、ピンピンしています」
「それは何よりです」
「カオリさんだと分かるのに苦労しましたのよ?あの透き通る銀髪から覗かせる慈悲深き表情をしていた方は誰なのか調査するのは本当に骨が折れましたわ。あの時の意識は朦朧として具体的に覚えていませんし、周囲から意見を聞こうにもわからないとのことでしたから」
「ま、まあ、その辺りは恩着せがましく言うものではありませんからね...」
助けた女子生徒であるエミーさんが今も健康にしているようでよかった。どこかで会った謎も解けてハッピーなのだが、それよりも開眼がバレてなくてよかったという安心感がどっと押し寄せてきた。エミーさんはその時に助けた生徒の中で唯一、一時的に意識を浮上させた人だった。だから唯一救助中に使った特殊な力の存在や、紅く光る瞳といった開眼を知る1人になるかもしれないなんて思っていた。だが、当時のことは具体的に覚えていない様子で能力についてもバレてなさそうだ。ふぃー。危ない危ない。
「あの時はもうダメかと思いましたから本当にお礼がしたかったんですの。本来ならもっと早くお礼をするはずでしたが、負傷の件で本国に戻ることとなり今になってしまいました。正式なお礼はまた何処かで」
「いえいえ、お気持ちとその言葉だけで大丈夫です!」
お礼絶対する人vsお気持ちだけ受け取る人の戦いが勃発しそうなので、強引だけど次の話題に移るとしよう。
「で、では本題に移りますね。今回の騒ぎでエミーさんに少しお聞きしたいことがあります。まず1つ目にこの件はエミーさんの自身の行動ではありませんでしたね?」
「そ、そうですわ!私が言ってないのに分かってくださるなんて、なんて素晴らしいお方なのでしょう!私の意識は行動している最中もありましたが、行動には反映されておりませんの」
それなら、闇魔法による影響を受けていたエミーさんはマインドコントロールというよりも肉体のみをコントロールされていたという感じだな。効果も精神までは及んでいない上に永続的ではないから、魔法の影響を受けていてもその後は元に戻るというのは救いがあっていいな。
「それはさぞ怖くて辛かったことと思います。それでは2つ目にそれはどの時点からですか?普段とは違う行動をとっていたとかでも構いません」
「そうですわね...演習場に着いた辺りからですわ」
となると、エミーさんが魔法をかけられたのは演習場付近か...。
「あ、そうですわ!金曜日の放課後に変な指輪をつけるように男性から言われてましたの!お恥ずかしながら問題を起こしてしまいまして、仲裁に入られた男性から渡されたものになりますわ」
そう言ってエミーさんは思い出したかのように手につけていた指輪を取り外して、自分に見せてきた。
「拝見します。これは...MSDですね...。指輪を渡してきた男は何と言ってました?」
「これを付けると厄介ごとに巻き込まれずに済むとか意味不明なこと言ってましたわ。手に触れてきましたし、正直気持ち悪くて破棄したいと一瞬思いましたわ。ですが、何故かつけていましたわ。それに身につける違和感さえ無くなっていましたの」
「その時から続いていたんですか。そうなると今回の件は何やらその男が怪しそうですね」
「そうですわ!全く、いろんな人に迷惑かけてしまいましたし困りますわ!」
手に取った指輪には小さい魔石が指輪の内側に嵌め込まれており、MSDであることがぱっと見でわからないようになっている。その、MSDからは微かにエミーさんとは異なる残留魔力が感じられた。感じた属性は闇、そして魔力の基底はエミーさんを操っていた時に感じたものと自分が襲撃を受けた時に感じたものと同じだ。つまりは同一犯というところだ。ここで繋がるとはな...世間が狭い。というか、人手不足?
さらにエミーさんが男と接触した時の様子から、その時点でも魔法によるコントロールを受けていたはずだ。おそらく今の時点まで魔法がかかったままだったのだろう。その魔法はエミーさんが演習場に殴り込んだ時にかけられた魔法とは違い、長期間効果がある弱い精神コントロール系の魔法になるだろう。こっちの魔法は厄介そうだ。
この魔法の目的は、エミーさんの感じた事から察して男が手渡したMSDをつけ続けてもらうためだろう。だとすると、そのMSDの機能は精神または肉体をコントロールされる系の魔法にかかりやすくなるというやつかもしれない。多分必要ないだろうけど、サリアたちにも周知しておいた方がいいかもな。
「それでは3つ目ですが、演習場にくる前に何かありませんでしたか?」
「そうですわね...。帝国勇者たちになぜか呼び止められましたわ。適当な会話をするだけで何もありませんでしたわよ?話している最中に勇者の1人がどこかへいきましたが、それくらいで何も気になることはありませんでしたわ」
エミーさんにかけた人物は帝国の機関だ。それに、帝国勇者が適当な会話をするためだけに女子生徒を呼び止めるというのもおかしい話だ。ナンパなら別だが、エミーさんの話しからしてその線はないだろう。となると、帝国の機関と帝国勇者は今回の件においては関わりがあるということだ。
多分、帝国勇者がエミーさんを呼び止めたのは帝国の機関が動き出すための時間稼ぎといったところだろう。演習場付近で隠れやすい場所はあるとは言え、ずっと居ると気付かれるリスクも高まるからな。学園内を動きやすい勇者がエミーさんが動くタイミング掴んで、機関の構成員に知らせにいったというシナリオがとてもしっくりくるところだ。
「なるほど...。んー大体わかりました」
「私には何が分かったのかさっぱりですわ。もしよろしかったら教えてくださる?」
「エミーさんが、よくわからない団体に巻き込まれただけの被害者というのがわかりました」
「それがカオリさんに分かっていただけけたのなら、何よりですわ」
そう言うとエミーさんは緊張が解けたのかホッとした表情となり、肩の力が抜けたものになった。エミーさんは行動が自身の意思によるものではなく、自分に対して悪意を持っていないことを誤解されたくなかったのだろう。そこから察するに、エミーさんは他人ではなくフラワーズのメンバーとしてやって行きたいという気持ちがあるのだろうな。
でも、このまま問題を終わらせてはエミーさんはフラワーズとして居られなくなるだろう。自分と帝国機関の問題に巻き込まれただけの彼女を何もせずに放置してしまっては、自分のイメージにもリリーガーデンとしてのイメージにも関わる。こりゃ何か手を打った方がいいな。
「そこで相談なのですがこのままじゃ、フラワーズにエミーさんがおかしな方だと思われてしまいます。そこで、適当なシナリオを作って名誉挽回しませんか?」
「よろしいのですか?」
「もちろんですよ。具体的にはスパイ的な人を炙り出すために一芝居行ってもらったと言うことしようと思います。一緒に考えてくれますか?」
「それいいですわね!乗りますわ!」
そうして、少しの間話して小芝居を一緒に考えた。多分みんなも納得してくれるだろう。そんな甘い考えもあったりしたが、エミーさんと共に講習会をしているサリアたちのところへ戻って一芝居打ったところ、フラワーズの皆はすごく納得した様子で聞いてくれた。サリアたちからは話しておいてよーと抗議されたが、許された感じだ。ふぃー、なんとかなってよかった。
そんなこんなで、帝国の機関が絡んだ今回の件はほぼノーダメージで乗り越えることができた。めでたしめでたしだ!
そしてエミーさんの話を通じて、今回の件に関して全体像が見えてきた。
エミーさんは魔法か何かにかかりやすくなるMSDを渡され、その時点で魔法をかけられる。この時点では、帝国の機関としては何かに使えるくらいにしか思っていなかったのだろう。そして、自分の講習会があると分かると、帝国機関と勇者が結託して自分の株を落とすため、エミーさんを使った工作をしたというところ。すごくわかり易いシナリオだ。スッキリだね。
帝国の機関が他に種を蒔いていなければ今後はこういった工作も減ってくるだろう。そうなればリリーガーデンやフラワーズがhappyな日常を過ごすことができる。最高だね。是非ともそうなってほしいところだ。
だが、自分がノーダメージである事を帝国側から見ると、問題に対処したにも関わらず、効果がなく問題が解決されていないままと言うことだ。工作の数は減ってくるだろうが、その分大規模な工作がありそうだ。あるとするならば、勇者のための魔物狩り演習だろう。半ば問題を回避することを諦めているが、問題に当たった時に対処できるようにはしておこう...。




