2-23 帝国勇者との模擬戦決着
(略しすぎています)
田川は体を左右によろけながら立ち上がると、ニヤッとした表情をこちらに向けた。そして黒くて細い腕輪型MSD腕輪に手を伸ばし、MSDを起動した。次の瞬間、腕輪型MSDから禍々しい魔力が噴出した。それはかなり膨大な魔力で離れた地点にいる自分でもその魔力を感じる程だ。
この禍々しい魔力に類するものを感じたことがある。それはゲセスターやマニューヴェが魔物を操る時に発動していた闇魔法だ。今感じているものは、過去に感じたものと少し違うがほぼ同じものだ。そこから察して闇属性の魔力だろう。
ただ、以前に見た魔法とは違い、田川の腕輪型MSDから噴出した魔力は空中に拡散せずに田川の方へと流れていっている。そこから察して、魔物を操ったり魔物を生成したりする類の魔法とは違いそうだ。むしろ、禍々しい魔力を体内に供給する感じに近いだろうか?そんなことをすれば体内の魔力と反発して死に至るはずだが...。
そんなことを知ってか知らずか田川の表情は自信に満ちたものだ。これからやってやろうという雰囲気がバンバンに漂っている。田川自身は禍々しい魔力を取り込んでも安全だと思っているのだろう。というか、魔力を取り込んでどうするよ?普通に考えると魔力密度が上がるだけなんだけど?
「魔力密度?」
そんな感じの話、どこかで得た知識の中にあったな。確か...襲撃された図書館で調べ物をしたときに見つけた本で見たぞ。確かあの本の名前は...
「狂化魔法基礎...これはやばいね」
その本を読んだからわかる。狂化魔法は碌なものじゃない。それは魔族の魔力循環状態に近づけることで魔族並みの魔法を放てるようになる一方で、術者への負担は計り知れないものがある。けしからん事を吹っかけてきたとはいえ、目の前でグロい死に方をされるのは勘弁願いたい。夢に出てきそうだし。早く止めるに限る!
そのとき、視界の端で観客の中で誰かが大きく動いたのを捉えた。視線だけを向けると、生徒か先生か見分けがつかない人が田川へ何かを向けているように見えた。何をするかは知らないが、タイミング的に田川が狂化魔法を発動したのと関連していることは確実だ。となれば、帝国関連かあるいは、闇魔法を扱うマニューヴェ率いる謎の集団となるだろう。何にせよ厄介ごとになりそうなのは間違いない。奴らが何かを成す前に、田川の狂化を阻止しなければ!
視線を田川へ戻して田川の状況を注視する。MSDに魔力を流すことなく、狂化魔法の発動に集中している様子だ。さらに、自分の行動を注視していることから回避しかできないようだ。攻撃してこないならナイフ型MSDで魔力刀を発動させる必要は特にない。魔法発動妨害魔法が発動中だしありがたいかぎりだ。
強化魔法を発動しているリング型MSDに魔力を流し、さらに身体強化を施す。強化魔法によって運動機能が格段に向上した体で、地面を蹴って瞬時に田川との距離を一気に詰める。
さっきよりもかなり体が軽いというか、異常レベルまで強化してしまったようだ。見えない森の中で爆速帰宅をするときくらいになっている。でもまあ、自分は得体の知れないプラチナランクの人だ。力の上限を想像できないだろうし、そんなものかくらいで済ましてくれるだろう。
一瞬で田川との距離を詰めたが、田川の視線は自分が先ほどいた場所に固定されている。速すぎて目が追いついていないようでラッキーだ。ついでに移動の時に巻き上げた土埃で観客からの視線も遮られている。心置きなく狂化魔法の発動阻止行動に移るとしよう。
既に発動しかかっている身体強化系の魔法を阻止するには継続的に流し込む魔力を断つか、MSDそのものを破壊すればなんとかなる。田川はMSDに魔力を流し込んでいないことから、MSDを破壊するしか魔法発動を阻止する方法はないようだ。帝国勇者の特製MSDだし、めっちゃ高そうで気が引け...ないな。やるか。
まずはMSDを取り出して破壊の流れを試すとするか。見たところ、取り外すようなことが想定されていないのか金具がない。それに、思いの外腕輪の径が細い。これじゃ腕から取り外すことは不可能だな。
となると、腕に装着したまま破壊するのはどうか。身体強化マシマシな今の自分ならば引っ張れば破壊できるだろう。
でも待てよ?腕から抜けないサイズ感のMSDというところが引っかかる。普通はそんなMSDは売ってないし、付けたくもない。お風呂の時とか絶対邪魔でしょ。そんな普通では身に付けないような帝国お手製MSDを破壊したら、何が起こってもおかしくない。この線はナシだ。こういう時の勘はよく当たるからな!
最後の手段は魔法発動の核となっている場所そのものを破壊することだ。幸い、魔力の流れと複雑さ的に魔法発動の核はMSDの核と魔石で間違いない感じだ。これでいくとしよう。
田川の腕輪型MSDを素早く触っていくと、内側にある核と魔石を捉えた。そして、自身の能力であるエネルギー操作を使って物理的に圧縮するイメージをする。すると、2つの物体が圧縮されていき、形状を維持できなくなると同時に粉々に砕け散った。すると、放出していた魔力が途端に霧散した。
わずかな時間しか経過していないが、腕輪から何らかの魔法が発動する兆候はない。成功だ。greatな所業ですよ!
そしてすぐさま、体制を整えて田川に腹パンをして壁へと吹き飛ばす。田川は成す術なく壁へと激突し、肺に溜まった空気を盛大に掃いて気を失った。そして、ぶつかった時の衝撃で周囲の土煙が晴れて、フィールド全体の状況が明らかになる。
周囲を見渡すと、帝国勇者全員が壁際で気絶している。これは本当に勝負あったな。
それは模擬戦を見ていた生徒たちも同様だと思ったようで、大きく湧き立ち歓声の声を上げた。くるしゅうない。くるしゅうないぞ?とりあえず、周囲に手を振ってその歓声に応えておく。
「さあ、立ち去るか...。おっとその前に介抱しないと」
まだ、フィールドの端で倒れている自分の立会人をしてくれた女子生徒の方へと向かいつつ、今の状況を考える。
帝国勇者が危険な魔法の使用法を行ったことや、立会人に対しても危害を加えるなど非道な行動をとったことが多くの目に晒された。あくまで個人的な「模擬戦」のため学園側としては特段対処はしないだろうが、今後生徒からの憧れや期待といったものは向けられなくなるだろう。拗れて勇者側が駄々をこねたりしなければいいが...。
次に狂化魔法の使用だが、発動しかかったのが一瞬だったため誰も気づかなかったと思う。多分学園の先生クラスでも違和感を覚えたくらいだろう。自分から誰かに言わない限りはその秘密が守られる状態だ。とてもいい状況にある。というのも、帝国に対して狂化魔法の情報を使うと有利になるからだ。闇魔法は歴史から消された魔法だ。そんな魔法を扱っているとなれば、各国からのバッシングを喰らうことだろう。もっとも、帝国側が認めるはずもないだろうが。
これに関連して、自分は帝国にとって無視できない存在となった。帝国側から見れば、勇者を一瞬で相手を無力化して特製のMSDさえも破壊したのだ。帝国は脅威と認識せざるを得なくなる。きっと今後何らかのコンタクトがあるだろう。そのときには狂化魔法が行使された情報をちらつかせるとしよう。
その次は狂化魔法に反応した人だ。その人は結局何もしてこなかった。それどころか、もう立ち去ったようでこの演習場区画には見当たらない。他にやることができたのだろう。帝国勇者が起こした事の後始末か、狂化魔法についての情報をやり取りするあたりだろうか?何にしても、厄介そうな帝国絡みか、マニューヴェの集団あたりなのは間違いないだろう。自分にちょっかいをかけてくるような情報伝達だけはしないでほしいな。頼むよほんと。
最後に自分を慕ってくれている人たちにとって今回の勝利はとても大きいものになるだろう。肩書以上の実力を示し、悪党をやっつけたという構図は今まで分からないことだらけな自分に付け足される情報の1つになる。それは大手を振って慕うことができるという安心感につながるんじゃないかな?知らんけど。
倒れている女子生徒の元へついたので、状況を確認する。外傷はないし、感じる魔力にも変な点もない。多分普通に眠っているだけだな。
とりあえず一安心して、頬をペチペチと叩いて女子生徒を起こす。
「ん...あっ、私何してって!カオリ様!?」
「どうも、カオリですよ?倒れてましたが大丈夫ですか?」
「ダダダ、大丈夫ですよ!?私はいま最高の気分です!?」
女子生徒は混乱しつつそう言うと鼻血を出して再び倒れた。今度はペチペチしても起きる気配がない。どうやらトドメを刺してしまったようだ。いい表情してるよ全く。




