2-10 狂化魔法について調べてみる
(略しすぎています)
翌日の夕方、また図書館に来てみた。強盗が入った部屋にある本の調査をするのではなく、自分が見つけていた隠し部屋にある本を読み込むためだ。まだまだ魔法について知らないこともあるし、何より狂化魔法というのが気になる。字面からくるインパクトで興味が湧いてきたのだ。バーサーカーとか生み出す技術とかMADな技術ってちょっといいと思うのは自分だけじゃないはずだ!
というわけで、適当に図書館の中を歩いて普通の一般学生に偽装?して、誰の目にもつかぬように隠し部屋の前まで来る。周囲に気配や視線がないことを念入りに確認してから、隠し部屋がある壁に向かって歩いていく。進むにつれて足先から結界を通り抜ける感触を感じつつ、壁の奥にある隠し部屋に入った。
隠し部屋には窓がなく締め切られた空間だが、壁に備え付けられた魔法による光が部屋を照らす。小さい空間には所狭しと本棚が並び、壁沿いにある机の上には自分が読んだ結界に関する本が置かれていた。
被害にあった隠し部屋とは異なり、こっちの部屋は綺麗な状態を保っている。これは多分自分以外入ってきていない感じかも。学園長辺りは存在を知ってそうなものだけど、入り方を知らないのだろうか?何にせよ、誰にも見つかっていない秘密基地感あって毎回テンションが上がってしまうな。
「よし、今日はとことん狂化魔法について調べるぞ~!」
本棚に並べられている本のタイトルを眺めていき、それっぽいタイトルの本を探していく。気になるタイトルをいくつか見つけて手を伸ばしそうになる。だけど、今は無視だ。
「あ、この本ドンピシャかも」
本の背表紙たちに目を滑らせていくと、本棚の下の方で目的の本を見つけた。本のタイトルは狂化魔法基礎だ。超ド直球なタイトルでわかりやすくていいな。手にとって本の外観を眺めてみるが、これといって字面からくるような禍々しいデザインは施されておらず、とても一般的な装丁だ。
「本から溢れ出すMAD感を期待してたから肩透かし感あるけど、とりあえず読んでみよう」
そうして本の最初のページをめくったところに書いてある文字が目に入る。
「この本に書かれた内容は非人道的な実験をもとに得た知見である。これをどのように扱うかは読み手に任せるが、できればこの魔法が2度と使われないことを祈る...出だしから不穏な感じが漂うな...」
最初の方は狂化魔法の作成に至った経緯が書かれていた。まとめた人の意見が入っていたが、概ね以下の通りだった。
魔物と魔族の違い、魔族と人の違いについて調査をしていく中で、人を魔族にすることができる可能性を知った。とある研究者たちは人と魔族の違いについてキーとなるのが体を流れる魔力の密度であると結論づけた。魔族たちが強力な魔法を使えることに魅了された者たちによって研究が引き継がれ、人を魔族にする魔法とその手法を開発した。だが、人と魔族の違いが魔力からくるものではないことは周知の事実だ。故にこの本は目的に対して意味をなさないことに注意したい。
「絶対に使わないでね感が猛烈に伝わってくるな」
それもそのはずで、この著者がこの魔法を開発するに至った人類は愚かだとはっきりと書いている。ますます碌な魔法じゃなさそうだ。なんかここまで書かれると読む気が失せるんだが、何を持ってそう言い切るのか気になるし読んでみるか。
壁沿いにある机の前に移動し、椅子に座って本を開く。深く考え込んで時間が取られないように注意して読み進め、本に記載される純粋な情報だけを集めていく。
ページを進めるにつれて魔法の効果が大きなものとなっていくが、それにともなって狂化に失敗した者たちが酷い状態になっていくことが書かれていた。ある者は身体中から血を吹き出して倒れ、ある者は内側から破裂するといった具合だ。詳細に書かれているだけに状況のイメージがしやすくて超絶困るところだ。
「うぇっぷ。グロいのはもうお腹いっぱい。だけど、いろいろわかったな」
想像よりもMADな内容の本を読み終えた本を閉じて、情報の整理にかかる。
狂化魔法は身体に流れる魔力の密度を増大させ、魔法行使時に扱える魔力量を増やすというものが基本的な考えのようだ。人族の身体を流れる低い魔力密度を狂化魔法によって高め、魔族の身体を流れる魔力の密度に近づけようとするのが目的だ。
だが、狂化魔法を実行するには外部からの大量の魔力供給が必要となるがその方法がかなり特殊だ。それは供給する魔力源として、大勢による魔力供給または魔石が主な手段として挙げられているからだ。
「まさか体内に異なる魔力を供給するとは...正気の沙汰じゃないよね」
異なる基底を持つ魔力同士は反発してしまう。それゆえに、身体を流れる魔力とは異なる魔力を外部から供給してしまうと、魔力同士が反発して互いに役割を発揮しなくなる。魔力と生命活動と密接な関係にあるだけに、その状況は死につながるのだ。
通常の考えならば、狂化魔法をかけられる人自身の魔力を貯蔵して使うことでこの問題はある程度解決できる。だが、その手段は狂化魔法をかけられる人の魔力に依存してしまい、任意のタイミングで狂化することができないという問題があった。そのために、魔力供給源として他者の魔力や魔石が選ばれるようになったようだ。
異なる魔力を共存させるために魔力同士の反発を防ぐ効果が狂化魔法には含まれているとの事だ。だが、実際のところはあまり効果をなさず、その魔法が効果を発揮したとしてもうまく自身の体を流れる魔力と馴染むかは運ゲーの要素があるとのこと。一体誰が使うんだ?この魔法。
「この感じだと、まともに狂化魔法を使えた人いないだろうな。応用編には色々と補正を加えて成功率の向上を図っているらしいけど、ダメそうな予感しかしない」
本を閉じて元の場所に戻しながら、狂化をなぜ任意のタイミングで行う必要性があったのか思考を巡らす。
単純に魔族と同じような強力な魔法を1度くらい放ってみたいという理由なら、自身の魔力を貯蓄して使えばいい。だけど、この本に書かれた内容からはそうじゃないことが読み解ける。多分、自身とは異なる魔力を供給して強力な魔法を放ち続けることに目的があったのだろう。
「となると、狂化して戦力となる人を量産したいって感じ?MADな実験といい、それを開発する目的といい、戦争のための技術って気がする。こりゃ愚かと言われてもしょうがない気がするな」
狂化魔法は自分にとってはあまり意味のない魔法技術のような気がする。だから、このまま忘れてもいいとも思う。
でも、強盗に遭ったもう一つの隠し部屋から盗まれた本の中に狂化魔法に関する本があれば問題だ。それは今後、狂化した人たちと対峙する可能性が否定できないからだ。何分、魔法技術の最先端を行く学園故に、外部の人間から狙われることも多いだろう。その時のために頭の片隅に置いておくのがいいかもしれない。
さて、1冊丸々読んでキリもいいし今日はもう帰るとしよう。グロい本を読んで頭も精神も疲れたから愛しのマイホームに帰ってぐっすり眠りたいところだ。
椅子から立ち上がって隠し部屋の出入り口に向かい、顔だけ出して部屋の外の様子を伺う。すると、図書館の中は真っ暗で、電気がついておらず人もいなかった。
「(ん?今何時だ?)」
とりあえず、隠し部屋からそっと出て近くの柱についている時計を確認した。
「午後10時?結構読んでいたんだな」
閉館時間を大幅にすぎている時間だ。そりゃ誰も人がいないはずだ。
「そんな図書館はちょっとワクワクするけど、今日は素直に帰ろう」
そうして図書館の出入口の扉へと進む。入り口付近のエントランスには警備員がいるだろうと思っていたが、予想に反して誰もいなかった。代わりに強固そうな結界が展開されていて、誰も強盗された部屋に侵入できないようになっていた。
「警備で侵入を防止するよりもよっぽど確実だ...これなら変なことを企みそうな生徒に対して確実に効果を発揮しそう」
雑な感想を抱きながら、図書館の出入り口の扉までやってきた。視線を扉の方に向け、取っ手を掴んで引いてみる。
「あれ?押すタイプだったっけ??押しても...開かない」
魔法の鍵がかかっているのか、何回押したり引いたりしても開きそうにない。
「もしかしなくても閉じ込められた?」
ふむ...こういう時は窓から出る作戦を取ることにしよう。早く帰りたいし。
「開きそうな窓は...」
出入り口付近を見回しても出られそうな窓はどこにもなかった。なので、入り口から遠い場所に移動して出られそうな窓を探してみた。すると出られそうな窓が何箇所か見つかった。
「この辺は開きそう...だけどなんか薄い魔力を感じる」
多分、侵入者検知用の魔法がかかっているのかも。開けたら大音響の警報が鳴り響きそうだ。なら、2階はどうだろうか?同じだったら嫌なんだけど...。
そうして2階に上がって探してみると出られそうな窓が多くあった。その上、魔力も感じないことから適当に開けたとしても警報が鳴ることもなさそうだ。
さらに見回っていくと、窓の近くに太い木の枝がある所があった。
「ちょうど良さげだし、この窓から帰りますか」
そっと扉を開けてみる。魔力的な変化は特になく、何かが作動したような形跡もない。大丈夫そうなので窓から体を外に出し、木の枝にそっと体重をかけていく。体重がかかるにつれて多少木の枝がしなっているが、折れる心配はなさそう。
木の枝に移ったので、窓をそっと閉める。そして、内側にある窓の鍵を自身の能力であるエネルギー操作を使って閉めておく。マジ便利だこの力。
「これで完璧っと」
このまましたに降りると嫌な予感がするので、木の枝から木の枝に飛び移って適当な場所に降り立つ。脱出するところだけ見ると完全に盗賊だな?そう思いながら、図書館の方向を振り返る。
地面からは所々薄い魔力を感じるので警報装置が備わっているのだろう。やっぱり窓からすぐ下に降りなくて正解だったようだ。こりゃ1階から図書館に入り込むのはできないといってもいいだろう。
「でも、2階から侵入し放題では...?」
学園の警備の甘さをちょっとだけ感じながら帰宅の途についた。




