9・のんびり待つか
五年前、リセの本当の両親は、娘が精霊に対する治癒能力を持っているとは考えなかった。
リセが町に流れてきた瀕死の精霊に触れて癒したことを、アンデットのように蘇らせたと判断したらしい。
死霊使い。それも昨今の狂暴化した精霊を蘇す邪悪な娘だと決めつけると、敬虔で平凡を望む両親は信仰を選び、リセを溺れ森に捨てた。
──もし家に戻ってこようなんてしたら、その呪われた両手を切り落とすよ。
それが川とも地面ともつかない泥の中で顔を上げたリセが、最後にかけられた言葉だった。
「ジェイルが私を見つけてくれたから。お父様に引き合わせてくれたから。私、今はすごく幸せなの。それからずっとジェイルに会いたかった。少しでもお返しがしたかったし、それは今なんだって思うから」
「とか言って、本当は下心もあるんじゃないのか」
ジェイルは落ち込みから立ち直ってきたようで冗談めかして言ったが、リセは自分でもそう思っていたのでどきりとする。
「だって……ジェイルにくっついてるときの安心感、忘れられなかった」
ジェイルはわずかに笑みを浮かべると、片手を伸ばしてリセを呼ぶ。
「来いよ」
リセはきっぱり首を振って遠慮した。
「もふもふしていないので、それはちょっと……!」
「だから変化がコントロールできないんだよ。それまで俺が毛深くなる薬でも飲めばいいのか」
「それは全然違う。人型で全身毛むくじゃらだったら別の意味で怖いし。大体そんな姿になってまで、私にもふもふさせるのは心が広すぎると思う」
「そうでもない。さっきは悪いことしたけど。人型のままでもリセの治癒が有効らしくて、触れていると結構身体が楽だから」
「えっ。追手から受けた怪我だけじゃなくて、身体の調子まで悪いの?」
「そうでもなければ人に見つかって怪我なんて負わされない。最近は魔力も枯渇してお遊び程度にしか使えないし、倦怠感や変化のコントロールが利かなくなった時期と重なっているから、原因は同じだろうな」
ジェイルはいつものように飄々と言ってのけたが、その様子からは全く不調を感じられない。
(でも、苦しいんだ)
「ジェイルの堂々とした振る舞いは、私の無表情以上に心の中がわかりにくいね」
「俺はお前のほうが意味わからないけど」
「そうかな……」
(だけどジェイルはこのままだと変化のコントロールもできないし、魔力もたくさんは使えない……。それに具合が悪いまま、ずっと隠れて生活することになってしまう)
「私、精霊の体調を治す方法とか、色々調べてみるね。だからそれまでは、その……僭越ながら、変化した時にもふもふする応急処置で我慢して下さい」
「そうだな。のんびり待つか」
「のんびり? 気の短いジェイルが……」
「急ぐと上手く行かないこともあるだろ。さっきみたいに」
「あ、あれは私が特別失礼なだけで、本当にご、」
「謝るなよ。また触りたくなる」
「えっ」
「なんてな」
笑みを浮かべたジェイルは一瞬だけ意味深な流し目を送ると、そのままソファにごろりと寝転んだ。