7・後悔
何を言われるのかとリセが壁際で硬直していると、ジェイルは精悍に光る眼差しを向けてきた。
「どうして俺には敬語になったんだ。父親や侍女には割と気軽にしてただろ。俺とも初めて会った日みたいに話せよ」
「……恐れ多くて」
「恐れるな。だいたい、あいつらだって同じ人間だろ。怖くないのか?」
「侍女のテニーは五年も前から私のお世話をしつつ、人と話すための練習相手になってくれました。お父様はあのふっくらした見た目とくりくりした瞳が、どこかもふもふな精霊を思わせて可愛らしいでしょう? それに敬語を使ったら拗ねてしまうので何年も練習しました」
「俺も拗ねればさっさとまともに話せるのか?」
「えっ、今ですか? 何年も訓練したと話したのに、随分気が短い」
「確かに気は短い方かもな。だけどそんなに怯えていてまともに俺の世話が出来るのか? 俺は五年も人見知り克服につき合うようなのんきじゃないし、さっさと慣れろ」
「そうですね……。だけど気軽に声をかけるなんて、考えただけで怖気が」
「面倒だな」
リセが身震いしているとジェイルはつかつか足音を立てて歩み寄り、リセがひるんだ時には手を取っていた。
「……っ!」
「リセ」
リセは壁に背をつけて硬直する。
その耳元にジェイルは顔を寄せ、妙に甘く催促した。
「手を離して欲しいなら俺の名前、呼び捨てしてみろ」
(こんな近くで、呼び捨て……!)
リセはさずけられた課題に戦慄したが、この荒療治から逃れたい一心で必死に声を絞り出す。
「様!」
「逆だろ。そっちは捨てるほう」
ジェイルは刃物さえ弾きそうな存在感のある手をリセの白い指先に絡めていく。
みるみるうちにリセの顔から血の気が引いた。
「や、やめ……」
「お前は昨日やめなかったな。ほら、早く」
「ご、ごめ、なさ」
「そう思うなら、名前呼んで」
「さ、ま」
「だから逆」
「ジ、ェ」
リセの言葉がぶつりと途切れる。
ジェイルは気が付くと同時に手を伸ばし、気を失って床に崩れ落ちかけるリセの身体を支えた。
室内に沈黙が落ちる。
「……悪い。やりすぎた」
腕にかかるリセの重みを受け止めたまま、ジェイルから深々と後悔の息が吐き出される。
*
リセがおそるおそる扉を開くと、先ほどジェイルを案内した客間が現れた。
(あれ、どうしたんだろう)
寝室から出てきたリセに気づいていないはずがないのに、ソファに腰掛けたジェイルは頭を落とし、うなだれたままでいる。
リセは恐るおそる声をかけた。
「ジェイル様、あの……」
ジェイルは顔を上げることもなく応える。
「大丈夫か」
「はい。気づいたら奥の寝室で寝かせてもらっていましたが、そこはきっとジェイル様用のベッドで……」
「俺はまだ使ってないから休んでもらっていた。もしそれでも嫌悪感があるのなら悪かった」
「いえ、そんな……。お気遣い、申し訳ないくらいです。ありがたく使わせていただいたので、元気になりました。寝具はすぐに取りかえますので、少しお待ち下さい」
「いい。それより少し休め。俺が嫌ならこの部屋から出て行けばいいし、リセがここにいるのなら俺は寝室に行くから」
いつもと違い視線すら向けてこないジェイルの横顔は、明らかに落胆している。
「どうしたのですか?」