5・暇らしい
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「つまりだ」
調度品の並べられた応接間に、貫禄のある声が響く。
リセの父に当たるオース伯は、小太りでどこか可愛らしい雰囲気の顔をリセとジェイルへ交互に向けながら渋く唸った。
「リセは溺れ谷を散歩していたところ、酔っぱらったジェイル殿が倒れていたのでお連れしたと。お前が言っているのはそういうことだな、リセ」
オース伯は苦い表情をしていたが、リセから見て父はとても優しく、長い間過ごしてきた安心感や自分にとって苦手な要素も薄いため、緊張せずに話せる数少ない相手でもある。
それでも、リセの表情はいつも通り動かなかった。
「そういうことなの、お父様」
「リセ、これでわかったと思うが、人に会わない時間帯だからといって夜な夜な館を抜け出して体を鍛えたり、精霊を探すのは本当に危険なのだよ。今回はたまたまジェイル殿だったが、もし悪漢どもと遭遇していたら……娘を心配して食事も喉を通らないワシの心労を想像しておくれ」
リセはふくよかな父が医者から「少しダイエットしましょうか」と小言をもらっているのを知っていたが、素直に頭を下げる。
「ごめんなさい。それで私、お父様の心の負担を軽くするためにいいことを思いついたの」
「ほお。なんだね」
「ジェイル様に私の護衛をしてもらおうと思って」
人見知りのリセは迫力のあるジェイルを直視する勇気が出ず、てのひらを向けて彼を示した。
隣に座るジェイルは侍女に用意してもらった貴人向けの衣装を着ていたが、座っているだけで余裕と風格がある。
先ほどから狡猾にも不敵にも見える迫力を放つ美しい若者を前に、オース伯からにじみ出る困惑が一層重苦しくなった。
もちろんオース伯も、愛娘が連れて来た国内随一と名高い美貌の魔術師を知っている。
数多の噂を知らないはずがない。
この数百年使い手が現れなかった古の魔術を学院時代に習得したことや、山菜取りのついでに一人で黄金竜を倒したこと、選ばれし者だけが手に取れる伝説の聖剣を知らずに引き抜いたが慌てて戻した話など、人間離れしたものがごろごろ転がっていた。
そんな美しくもたくましい魔術師の逸話は貴族にも庶民にも人気があるため、吟遊詩人たちが好んで使い、ジェイルは二十三歳にして誰もがその名を知る伝説の人となっている。
「しかしな。リセも知って通りジェイル殿は偉大なお方だ。それをお前の遊びにつき合わせるための護衛など……」
「だけどお父様。ジェイル様は、その……暇で」
「暇か」
「そう、ジェイル様はとても暇なの」
誰も表情を崩さなかったが、父の方からは戸惑いが、ジェイルの方からは笑いをこらえている気配がまざまざと伝わってきた。
「お父様、だから今なら館に住ませるだけで、無料でジェイル様が借り放題という特典を見逃すのはもったいないというか……」
「ジェイル殿がここにいることが人に知れれば、そうも言っていられないだろう」
「だからお父様、ジェイル様がいることは秘密にして欲しいの」
「しかしだ。ジェイル殿はこの一年ほど行方をくらませていたと、国の皆が知っている。それが一体どうして、突然リセの目の前に現れたのか、ワシにはどうもわからないな……」
面倒なことに巻き込まれるのではないかと、娘を心配する父の眼差しにリセは気づく。
しかしそれでも、リセはジェイルの身を守らねばという一心で言い募った。
「それはもちろん、ジェイル様には事情があって」
「事情?」
「その……その」
リセは自分を大切にしてくれる父にどうすれば納得してもらえるかと、ひたすら考え続ける。
「私、ジェイル様は私と同じだと思ったから」
「ジェイル殿が、リセと同じ?」